31・再集結


 唐突に、アルディアスの頭上から激烈な熱光線が降り注ぎ、二体の魔物を瞬時に焼き尽くした。

「なに?!」

 アルディアスがそれを理解する間もなく、門から書記官の苦悶の声がして、閂が外された。

「なにやってんだ、このバカ!」

 門を開いたのはゴードだった。

 上空にはサリシュタールが浮遊して魔物に攻撃している。

「おまえたち、どうしてここに?」

 質問に答えず、ゴードはアルディアスを肩に担ぐと、正門を抜けて閂を改めてかける。

 今度は魔物が閉じ込められた。

 だがすぐに城壁を上がるか、城門を突破して来るだろう。

「なんか舌が回ってないんじゃないか?」

「毒を盛られた」

 端的に告げると、ゴードはサリシュタールを呼び、自分は城壁に上がって、迫り来る魔物に応戦する。

 サリシュタールが魔術による解毒を始めた。

「おまえたちどうしてここに来たんだ? 向こうのほうは?」

 サリシュタールは後方を指差した。

 裏切り者の書記官を、数人の兵士が縛り上げている。

「本物の国王からの使いよ。それであの男の持ってきた書類が全部嘘だってわかったの。二日間も森の中を探索したのに、全部無駄だったんだから。ほら、治ったわよ」

 体の感覚が軽くなった。

 これならもう問題なく戦える。

「サリ、アルディアス、まだか!? こっちは疲れてるんだ! 早くしろ!」

 塀の上で、防壁を乗り越えようとする魔物と戦いながら、ゴードが叫ぶ。

 そしてアルディアスはふと気がついた。

「おまえたち強行軍で来たのか?」

 アルディアスはこの砦まで急いで来たのだ。

 それに追い付くとすれば、それを上回る速度でなければならない。

 よく見てみれば、裏切り者を捕らえている兵士たちも憔悴しきった顔で、おそらく途中で脱落した者もいるだろう。

「他にあんたに追い付く方法なんてないでしょう。ほら、もう平気なんだったら、戦ってくれない」

 平然を装っているが、サリシュタールの目の下にも酷い隈ができている。

 睡眠を取っていないのだ。

 それはゴードも同じはずだ。

 なにより自分を嫌っていたはずのゴードは、自分を救いに来たのだ。

 数日前に言った言葉どおりに。

 目の前で人が死ぬのを見捨てろってのか。

 そしてアルディアスも見捨てなかった。

 アルディアスはサリシュタールに力強く頷いた。



 五体の魔物が空中を飛翔してゴードへ向かって襲撃する。

 表面が赤茶色の光沢を放つ人型の魔物は、表面の皮膚が全て硬質化し、動くために必要な節が形成されていた。

 眼が異様に大きく、口と鼻が一体化し一本の鋭い針のようになっていた。

 それは全体として蝉を連想した。

 猛速度で翅を羽ばたかせ、それに劣らぬ速度で移動し、腕を振り上げ、その先端にあるのは三本の鉤爪。

 攻撃法が突撃なのではないかと錯覚するほどの速度で、蝉人は城壁に立つゴードに腕を振り回す。

「うお!」

 紙一重で一匹目を回避したゴードは、続いて迫る二匹目に激突する寸前、前方に屈み、同時に大剣を真上へ掲げた。

 蝉人の飛翔の勢いは止まらず、自ら大剣の刃へ突っ込んでいく形となり、不自然なほど容易く左右真っ二つに切断された。

 さら迫る三匹目を、ゴードは真横に回転しながら回避し、その勢いで大剣を真横に振るい四匹目の頭部へ。

「おぉら!」

 蝉人の顔面に刃が滑らかに入り込み、そのまま抵抗感なく大剣を振り切り、二匹目の蝉人は上下に分断された。

 二体の蝉人が四つに増えて、大地へ落下していった。

「サリシュタール! そっちに三匹行ったぞ!」



 空中に浮遊するサリシュタールに三匹の蝉人が迫る。

 彼女は大きく旋回して、蝉人の直線攻撃を避ける戦法をとる。

 蝉人は追撃して、同じく旋回する。

 サリシュタールは蝉人へ向けて魔力の弾丸を連続して放つ。

 だが蝉人は軌道を変化させ回避。

 攻撃を行ったことによって速度が落ちたサリシュタールへ、蝉人が迫る。

 彼女は後退しながら、前方に光の糸で紡いだ半径十数メートルの蜘蛛の巣状の網を形成。

 蝉人は飛行の勢いを止めることができず、そのまま光の網に捕縛される、かと思いきや、そのまま光の網を通過した。

 それは見る者を一瞬怪訝とさせるものだった。

 あるいは蝉人も同じことを考えたかもしれない。

 だがそれも束の間。

 蝉人は空中で細切れに崩れ始め、地面にその体をばらまき、原型をとどめることさえなかった。



 牛頭の魔物が大きく嘶き、砦の門を巨大な鉄槌で粉砕すると、正面にいるアルディアスをにらんだ。

 蝉人がかくも簡単に倒されたことに怒りを感じたのかもしれない。

 二メートルを超える巨体の牛頭の魔物。

 その姿は怪物以外何物でもないはずなのだが、アルディアスは冷淡にそれを見ることができた。

 ほとんどの魔物の姿は、あまりにも奇怪で異形であるため、寧ろ牛という比較的身近な動物の頭をしている程度では、普通の生き物のように思えてしまう。

 牛頭は雄叫びを上げると、アルディアスへ向かって角を突き出して突進する。

 アルディアスは避けるでなく、迫りくる牛頭の魔物を盾で真正面に受け止めた。

 一対二本の角が、聖騎士の盾に激突する。

 その威力は砦の防壁も粉砕することなど容易いほど。

 人間一人ならば、容易く数十メートル先まで弾き飛ばすことができるだろう。

 だがアルディアスは、足が大地の土にめり込むが、一歩たりとも下がることなく、牛頭の突進を止めた。

 牛頭に人間らしい表情が出せたのならば驚愕を表したかも知れない。

 あるいはその暇もなかったかもしれない。

 次の瞬間アルディアスは剣を下から上に振り上げ、牛頭の首を切断し、続いて上から下へ振り下ろし、胴体を切断した。

 赤黒い体液が切断面から吹き出した。



 砦にはまだ三十を超える魔物が残存していた。

 だが、三人の光の戦士が集えば、その力は三倍ではなく、三十倍に跳ね上がる。

 砦にいた魔物を殲滅するのは時間の問題だった。

 時間の問題ですらなかった。

 ゴードの精霊の剣が放つ灼熱の炎が無数の魔物を焼き尽くし、サリシュタールの魔術の弾丸が無数の魔物を粉砕し、アルディアスの剣の刃が無数の魔物を切り刻むのに、三分もかからなかった。

 そしてこの砦にいた牛頭の魔人の脳から王女の居場所を割り出すのに成功した。

 いくつかの幸運が重なっての出来事だったが、この一件で彼らに絆が生まれた。

 ゴードは成り行き任せに動くのを止め、少しだけだが長期的な視野を考慮に入れて行動するようになった。

 アルディアスは盲目的に王国からの命令や光の戦士の使命に従うのを止め、少しだけだが物事を柔軟に考えるようになった。

 サリシュタールといえば、特に変化は見られなかったが、それはただ彼女が自分を変える必要性を感じなかったからだ。

 しかし三人の絆は次第に強固に成っていき、そして魔王殿に到着する頃には、彼らの絆は何者にも絶つことのできない強靭なものに成った。

 半月程しか経っていないのに、とても懐かしく感じる。



 魔王殿の建造物間を延々と上昇し続けるが、一向に屋根が見えない。サリシュタールは疲労を覚えて、建物の窓を割って中に入った。空間の迷路で彷徨う危険性もあるが、しかしあのままではいつか力尽きる。

 寝室の床に座り込んで、彼女は嘆願した。

「ちょっと、休ませて。もう、疲れた」

 二人は首肯して、自分たちも休息をとることにした。

 だが、警戒は怠らなかったが。

「サリ、あの硬貨は結局裏が出たのか?」

 アルディアスは尋ねた。

 硬貨のことは、先の記憶が具現化したものを見て始めて知ったことだった。

 ゴードと一緒に行動している結果を見れば、裏が出た違いないのだが、しかし砦に来た時の彼女の様子とはどことなく違和感がある。

 ゴードが反論した。

「いや、表だろ? 二日だけ手伝っても魔物が発見できなかったら、アルディアスの所へ向かうって言ってたぞ」

 サリシュタールは、魔物狩りの結果がどうであれ二日後には予定地に向かうと、確かに告げた。

 それが彼女の妥協案だと、ゴードは納得したのだ。

 しかしサリシュタールは二人の質問に、よくわからない答えを返した。

「人生にはね、思いもよらないことが起きるものなの」

 二人は当然、意味がわからなかった。



「あ!」

 指で跳ね上げた硬貨は、受け止めようとした手の平から漏れてテーブルの上に落ちた。

 そして硬貨は縦に転がり、そしてゴードが拳骨を叩きつけてできた罅の場所にちょうど挟まった。

 表でも、裏でもない。縦だった。

 呆気に取られている彼女に、初老のバーテンは口の端を上げて見せた。

 なんともいえない奇妙な表情は、笑顔のつもりだったのか、今でもよくわからない。

 だが、彼女は決めた。

 アルディアスとゴード。

 二人とも連れて行くと。

 どんな手段を用いても、二人を再び合流させる。

 それがどれだけ苦労を伴うか覚悟した上で。

 結局、自分の力は必要なかったのだが。

 まあ、そういうものだ。

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