29・言い争い
「なんで助けない! そんなに急いで先に進むのが大事なのかよ!」
ゴードはテーブルに拳を打ち付けて怒鳴った。
特注の高強度のテーブルは、周囲の者たちには信じられないことに、半ば割れた。
アルディアスはしかし淡々と答える。
酒場に集まった村の代表数人に聞かせるように。
「そうだ。それに彼らに我々の助力は必要ない筈だ」
王女探索の旅を始めて二週間後、途中立ち寄った村で住人に魔物退治を依頼された。
最近付近に魔物が出没し、家畜になどの被害が出ていた。
そして先日、遂に村人の一人が惨殺され、村中総出の魔物狩りを決定した。
そこに偶然、噂に名高い勇者一行が立ち寄ったのだ。
その三人は普段なら依頼を受け入れただろうが、今回は少し事情が違った。
イグラート王国から書記官の一人が彼らに命令書を届けられていたのだ。
内容は国境の砦を襲撃している魔物一群の討伐。
周辺の村々にも被害を与えているという。事後確認の為に、書類を届けた書記官も一緒に同行することになっている。
そして、村の依頼を受けて魔物を倒すべきだと主張するゴードと、国王の勅命を優先するアルディアスが対立した。
性格的に合わなかったのか、一緒に旅を開始してからというもの、些細な諍いを毎日のように繰り返していたのだが、ついにそれが頂点に達したらしい。
「いいか、村人の話を聞けば、魔物はたった一匹。しかも犬顔の怪物、ただの雑魚だ。我々が手を貸すまでもなく、村の力だけで倒せる相手だ。しかし我々が向かう砦では違う。魔人と、最低でも三十匹以上の魔物が、組織的に行動している。こいつらを殲滅するのにどれだけの戦力が必要だと思っている!」
村の周辺に潜んでいる魔物一匹狩り出すのに、上手くいっても丸一日、長ければ三日は必要とするかもしれない。
村人だけでも倒せるのならば彼らに任せて、貴重で大切な時間を無駄に労することはない、というのがアルディアスの主張だ。
「確かにそのとおりだ。だがな、その雑魚相手にだって普通の人間には脅威なんだよ! 俺たちが手を貸さなくても倒せるだろうが、その場合、何人かは死ぬんだ! だが、俺たちがやれば誰も死なない!」
「それは向こうでも同じだ! 我々の到着が遅れれば遅れるほど死者が増える! 被害が拡大する! 貴重な時間を浪費する余裕などない!」
「じゃあ目の前で人が死ぬのを見捨てろってのか?!」
「では砦で死ぬかも知れない者たちを見捨てろというのか!?」
「砦の連中はあんたと同じ騎士や戦士なんだろ。闘いの専門だ。だが、この村の連中は闘うことなんかほとんど知らない普通の人間なんだぞ」
「魔物が相手では、騎士や戦士だとしても大した違いはない」
ゴードの主張は、この村の魔物狩りに手を貸せば誰も死なずにすむという単純なものだが、アルディアスの言う通り、目的地の事情も切迫している。
魔物に対して人間は無力とはいえないまでも、微力だ。
闘いの専門が集まっていたとしても、この村と戦力はさして変わらないだろう。
ゴードは結局感情で動いており、倫理的ではあるが、論理的とは言えない。
アルディアスは理知理性で動いており、論理的ではあるが、倫理的とは言えない。
二人の意見は双方に一理あり、どちらの言い分も道理に適っているのだが、相反するため選択は困難。
「……ジレンマね」
サリシュタールは二人の口論を冷めた気分で眺めていた。
せっかくのフルーツカクテルも美味しくない。
村の要職に就いている数人の村人が、事の成り行きを一喜一憂で見守っている。
村人、延いては自分たちの生死に関わる問題だ、聖騎士の主張も理解できないわけではないが、だからといって村から死傷者を出すような事態に賛成できない。
結局、沈黙のままゴードの主張が通ることを願っているだけだ。
こういう雰囲気は好きになれない。
人が喧嘩する様子を楽しむ人格の保有者もいるが、サリシュタールには理解し難い人間だ。
そして自分たちの問題を、人任せにしてしまう村人もだ。
そして自分が意見を述べても、二人はお互いの主張を譲らないだろう。
それは今までに散々経験済みだ。
そもそも二人の仲違いの原因は、互いの出生の違いと、同じ光の戦士であるということから来ている。
本人たちに自覚はないだろうが、彼女から見れば瞭然たるものだ。
自分が巻き込まれないのは、女だからだろう。
もしこの旅が女二人で男一人の構図だったら、私が彼らのようなつまらない争いをしていたのだろうかとも思ったが、それは有り得ないと考え直した。
二人は国という組織機関に所属しているかどうかということに、変な拘りを持っているのだ。
ゴードは国家という存在に疑問を抱き、それから自由であろうとする。
アルディアスは国家に忠誠を誓い、絶対的なまでに服従している。
自分は状況によってそれを利用するかしないかという程度の認識だ。
「あ、あの、よろしいでしょうか」
後方で控えていた書記官が口を挟む。
国王から命令書を持ってきた人物。
アルディアスとは既知らしく、短いあいさつを交わすと要件に入り、命令書を渡したのだった。
そして命令書の内容は、ここから二日ほど離れた砦が魔物に襲撃され、孤立無援の籠城状態になっているため、一旦魔王殿へ向かう旅を中断し、援軍に向かってほしいとのこと。
サリシュタールは自分が書記官に声をかけられたように感じて振り返ったが、意外にも口論する二人に対してだった。
ひ弱な顔つきに細い体で、二人の剣幕に割って入る度胸などないと思っていたが。
「なにか?」
「あの、この村の事情もわかりますし、二手に分かれるのはどうでしょうか?」
サリシュタールが危惧していたことを横から発言された。
もし討論が進めば、三つ目の選択肢がいずれ出るだろうと予想はしていたが、しかしその場合、二人の性格や現状の人間関係からすれば、二度と手を組むことはないだろう。
じつはサリシュタールはマリアンヌさえ救出できるのであれば、この村の事情も、国王の指示に従うのも、彼女にはさして重要ではなかった。
しかし二人の戦闘能力を知った今では、片方でも失うのは惜しい。
彼女の心情を洞察できるわけがないゴードは、安易に全面的に賛成する。
その様子は嬉しそうでもあった。
「そりゃ良い。アルディアス、あんたはその男と一緒に先に行ってろよ。俺はここに残って村を助ける」
「わかった、そうしよう」
アルディアスも静かに、だが苛立ちを隠しきれないように不機嫌な顔で同意した。
そして二人はサリシュタールに顔を向けた。
口論が始まってから一度も発言していない魔術師に。
「サリシュタール、あんたはどうするんだ? 村を助けるよな?」
「できれば一緒に来て欲しいのだが。魔物の勢力が情報にあるとおりなら一人だけでは些か苦戦を強いられる」
彼らの言葉がもし求愛の言葉なら、三角関係を楽しんだかもしれないが、黒髪の美貌の魔術師は退屈そうに告げた。
「二人とも、先に行ってて。これを飲み終わる頃には決めるから」
しかしフルーツカクテルの入っていたグラスは、全て飲み干して空だ。
しかし誰かがそれを指摘する前に、バーテンが同じ物を注いだ。
サリシュタールは初老のバーテンに好意を持った。
良い店だ。
客の要望を読み取り応えてくれる。
二人は彼女にそれ以上何も言わなかった。
必要以上の無駄な言葉は彼女の機嫌を損ねる気がした。
そうしてゴードは村人と魔物狩りに、アルディアスは書記官と道程を急いだ。
静かになった酒場で、サリシュタールは呟いた。
「人生は選択肢の連続ね」
一本道の人生など存在しない。
恐ろしく数多くの選択を経て、今の自分があり、そしてこれからの自分が成立する。
成功も失敗も、勝利も敗北も、生と死も。
おそらく二人の光の戦士はもう二度と会うことはないだろう。
そして自分の選択が、王女の命運を分けると言っても過言ではない。
なんとか二人とも戦力に入れておきたかったのだが。
事の成り行きを、村の住人であるにもかかわらず人事のように沈黙して眺めていた初老のバーテンが、サリシュタールに訊ねた。
「それで、あんたはどっちを選ぶんだい? 生真面目な騎士か、人情味溢れる狩人か」
「そうね、こんなのはどうかしら」
サリシュタールは懐から一枚の硬貨を取り出した。
表は騎士を抽象化した模様、裏は弓矢を単純化した模様が描かれている。
「表が出れば聖騎士君に、裏が出れば狩人君に」
人生の選択を運任せに決めるのも良いかもしれない。
彼女は硬貨を弾いた。
サリシュタールは叫んだ。
「精神世界が侵食している! ここにいるのは危険よ! 壁を破壊して!」
目の前で繰り広げられていた、一連の出来事を三人はしばらく茫然として見ていたが、サリシュタールの声で残りの二人は正気に返った。
ゴードは即座に精霊の剣を振い、光の衝撃が窓のある壁を破壊した。
現われたのは、窓から見えていた景色とは全く違い、下と上に建造物が無限に屹立している、魔王殿の景色だった。
サリシュタールは重力中和領域を展開、二人を入れて飛翔する。
負担が激増するが、そんなことを言っている状況でもない。
あのまま精神世界が侵食し続けていれば、現実の肉体と精神体が逆転する可能性がある。
急速に離れていく酒場を見ながら、どこか呆然とゴードは呟く。
「あれは、俺たちの記憶が再現されていたのか?」
ゴードの問いにサリシュタールは頷く。
「ええ、私たちの記憶が現実化したもの。恐ろしく危険な現象よ。
普通、精神は肉体に守られて直接損傷を与えることは難しいの。拷問を加えたり、言葉で影響を及ぼすことはできても、それは結局肉体を通して精神に介入しようとする方法に過ぎない。
でも今のは違う。私たちの精神体が現実に具現化した。つまり物理的な方法で直接精神に損傷を与えることが可能になった。もし、さっきの私たちに負傷させたりしたら、私たちの精神に重大な心的外傷が付けられたでしょうね。
そう、あれは一部だけど、私たちの心そのものなの。これから気をつけて。もし私たちと同じ姿のなにかを見ても、下手に攻撃しないで。それが私たちの精神体だった場合、最悪死ぬかもしれない」
それにしても、ここまで精神世界を混入させるとは、どういう意図があるのだろうか。
自滅を狙って行ったというには偶然性に頼りすぎている方法だ。
空間の連続のことも考えれば、やはり制御できていないと考えるのが自然だろうか。
「あれが、あの時の我々の姿か」
遠く離れていく記憶の酒場に目をやりながら、アルディアスは忸怩たる思いで呟いた。
自分はなんと馬鹿げた執着をしていたのだろうか。
客観的に見て始めて、サリシュタールがなぜ冷淡に対応したのか良く理解できる。
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