28・彷徨う三人
三人の光の戦士は広大な建造物内を探索し続けた。
内部の様子は支離滅裂で、一貫性や共通性というものが全くなかった。
窓のない回廊には光がなく、美貌の魔術師の杖から発する光がなければ、闇に遮られて何も見えなかっただろう。
三人は進み続け、いくつか並んでいる扉の一つを適当に選択して開けてみれば、そこは美術展示場の跡地だった。
壁にはやはり窓はなく、壁柄は剥げ落ち、大きな亀裂が入っている。
絵画の類も疎らにしか掛けられておらず、残されている物も手入れとは無縁に埃を被っている。硝子の陳列台も同じで、中にはなにもない。
陳列されている絵画は、前衛芸術といえば聞こえはいいが、怪奇色の強い不気味な絵だった。
色褪せているのか、元々このような配色だったのかわからない、形容し難い色彩をしている。
ゴードは視線を陳列台に向けると、中に一つだけ鍵が入っていた。
「……なんで鍵が?」
疑念を呟きながら、周囲を見渡して鍵を必要とする何かを探した。
入り口とは別にもう一つ扉があり、そこの鍵かと思って差し込んでみると、期待通りだった。
しかし扉を開ければ物置小屋だった。
鶴嘴やスコップが立て掛けられ、木箱には食べられるのかどうか怪しい保存食料が、乱雑に置かれている。
次に通じる扉の類はなく、外に通じる窓もない。
「行き止まりね。戻りましょう」
サリシュタールはここにはなにもないと断じて、通路に戻ろうとドアを開けると、なぜかトイレに繋がっていた。
この扉は確かに回廊から入った扉だった。それに扉は、入ってきたものと、物置もものの二つしかないのだ。間違えようがない。
トイレは見るからに不潔で、今にも悪臭が漂ってきそうだった。
明かりがサリシュタールの杖だけだったので、薄暗くて詳細はわからずにすんだが、汚物がそのまま堆積しているようにも見える。
ともあれ、目にするだけで不快になる衛生状態のトイレのドアを、サリシュタールは閉めて視界から排除する。
「……ここに閉じ込められたことになるわね」
サリシュタールはどこか冷淡に事実を指摘する。
精神の平安のために見なかったことにしたらしい。
脱出不可能の状態なのかもしれないが、壁を破壊すればいいことだ。
三人の力ならば一人でも簡単に可能だ。
しかし時空が正常に連続せず、また些細なことで変化するのであるならば、強引な突破は危険な事態を引き起こすかもしれない。
どうしたものか思案して、サリシュタールはすぐに扉を開閉すれば良いのだと気付いた。
空間の連続の変化を期待していたが、しかし変わらずそこはトイレだった。
そしてサリシュタールは即座にドアを閉めた。
「……不衛生な場所ほど、掃除はこまめにしないといけないと思うのよ」
至極当然なことこそ、人生の指針であり、教訓であり、真実だ。
今の状況で説明する必要は全くないのだが、二人はそのことについて指摘するのは止めて置いた。
衛生という概念についていささか無頓着な傾向にある男二人にとっても、あの扉の向こうの光景は、心の安らぎを乱してくれるものだったので。
しかし閉じ込められている状態なのは確かで、三人は今度こそ困却したが、とにかく物置小屋を手当たり次第に調べてみることにした。
もっとも調べるべき個所や物は多くなく、ならば見えない場所を調べようと、壁に接する陳列棚などを全部退かすことにする。
ふと、アルディアスは大きな柱型の古時計の背後の壁に亀裂が入っているのに気がつき、古時計を退かして見ると、下へ向かう階段があった。
「おい、見てみろ」
三人は長く続く、闇に遮られた階段をしばらく見つめていたが、しかし他に道はないと階段を下り始めた。
しかし一向に辿り着く気配がなく、もしかすると無限に続いているのではないかと危惧し始めた頃、ようやく終わりに到達した。
扉を開ければ、そこは事務所のような場所で、事務机と椅子が並べられ、筆記用具と書類が散乱している。
ここも窓がない。
アルディアスはこの室内の景色は、騎士団の事務所に似ている気がしたが、しかし事務を執り行う場所というのは基本的に似たようなものだろうと、あまり深く考えなかった。
階段とつながる扉のすぐ右隣に、もう一つ扉があるのをゴードは見つけた。
室内を特に調べずに、まずそこを開ける。
教会だった。
均等に椅子が並べられ、正面には祭壇がある。
そして別の扉が、開けた扉のすぐ隣にあり、それは階段から事務所に入った扉と同じ位置だった。
奇妙に思って開けてみれば、そこはやはり事務所だった。
教会側もやはり教会として見える。
だが最初に教会に入った左側の扉から事務所にも戻って、その扉の向こう側を改めて見てみれば、長い階段だった。
同じ位置にある扉は、教会から入れば教会に繋がり、階段から入れば階段が見える。
教会と事務所を連結しているのがもう一つの扉。
まるでサーカスのマジックハウスのようだが、これは本当に種も仕掛けもない。
「あー? どういう事だ?」
ゴードの困り果てたような声に、サリシュタールが冷淡に対処法を述べる。
「深く考えないほうが良いわよ。時空が正常に連続してないんだから。
正常な法則を期待するほうが無駄」
一度閉めた扉が異なる場所につながっていたこともあったのだ。
開けたまま異なる場所につながっていたとしても不思議ではない。
改めて周囲を調べれば、教会の奥の祭壇の脇に扉があったのでそこへ向かう。
それ以降も、雑貨屋、寝室、化学実験室、廊下、空き部屋など、とにかく関連性や秩序というものがなく、さながら子供が遊びで作った実物大の模型のように支離滅裂だった。
「この様子を見ると、たぶん正確に制御できてないのかもしれないわね」
この状況が、魔物にとってどんな利益があるのかわからない。
しかしあまりにも滅茶苦茶で、それは魔物が意図した状態とは大きく逸脱しているのではないかと考えるほうが自然かもしれない。
元々、時空と精神を制御するのは大変な困難を伴う。
魔物が失敗したとしても、別に奇抜な考えではないだろう。
「しかし、奴らが失敗したからといって、それが私たちに有利といえるのか?」
アルディアスの疑問ももっともだ。
魔物の思惑通りにならなかっただけで、こちらの救出作戦が進んでいるとは言い難い。
王女の所在地も、魔王の居場所も不明。
それどころか、今自分たちの現在地さえ把握できていない。
しばらくして、建造物の端に到達したのか、窓のある部屋に出た。
曇り空だからなのか、あるいはそびえたつ建築物の影だからなのか、サリシュタールの杖の光より薄暗いが、それでも部屋全体を照らしている。
「おい、ここ」
部屋を見渡したゴードの呟きは少なからず驚愕を含んでいた。
指摘されるまでもなく、二人もその意味を理解する。
酒場だ。
さして広くない酒場だが、荒くれどもの喧嘩で破壊される可能性を想定して、特注で作られた頑丈なテーブルと、武器にされるのを考慮した脆い安物の椅子が並んでいる。
カウンターにはグラスが置かれ、酒棚には瓶が陳列されている。
窓の外は霧が立ち込めているが、向かいの建物の、下手な字で書かれた看板を掲げた安宿があった。
ごく平凡な酒場の景色だ。
魔王殿の中であることを考慮に入れても、今まで散々異質なものを見てきたのだ、今更驚くに値しない。
しかしアルディアスも唸らずにはいられなかった。
「これは、いったい?」
この景色を彼らは良く覚えている。
三人が一時離散した場所だ。
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