15・滅ぶことのない魔物
ゴードは大剣を一眼巨人の肩に目掛けて振り下ろした。
鉈を持つその腕の鋼の筋肉を断ち切り、肩ごと左腕を切り落とす。
GUAAAAA!
巨人が咆哮し、体液噴出する切り口を押さえる。
だがその切断面が盛り上がり、出血が止まった。
さらに触手が伸び、切り落とされた腕と接触すると、瞬時に接合する。
切断された腕が一周り巨大化しており、接合部は特に肉が大きく盛り上がっている。
いや、接合部が完全に治癒されたわけではなく、切り口が少しだけ残っていた。
その裂け目から骨の軋む音がなり、牙が生え、左腕の付け根にもう一つの口が出来上がった。
GOOOOOO!
一つ目の巨人は二つの口で同時に雄叫びを上げる。
「またかよ!!」
首を切り落としても、心臓を貫いても、急速に再生し完治してしまう。
そればかりか、攻撃を受けるたびに巨大化し、変形している。
戦闘当初はただの一つ目の巨人が、現在は、二つの首に右腕が二本、左腕には口がもう一つ出来上がり、体躯は四メートル以上に巨大化している。
KYUEEEEEE!
猿忍者が壁を跳躍し、動揺するゴードに一斉に飛び掛ってくる。
先ほど全て殺した、というより身体を破壊してやった筈なのだが、見る間に元の状態に戻り、何度破壊しても甦る。
タイミングを合わせてか、羽毛のない怪鳥も下降して来た。
「この!」
精霊の剣に光が宿る。
円を描いて振るったそれは、強力な竜巻を発生させ、火炎も混ぜた熱風に、怪鳥と猿忍者は弾き飛ばされ、消炭と化す。
だが負傷し、即死したとしか思えないそれらは、一呼吸の間に完全復活してしまう。
「なんなんだこいつらは!」
サリシュタールは魔術の弾丸を連続形成、圧縮して連撃。
命中した人蜘蛛の体内で圧縮された攻撃力が爆発し、体組織が四散する。
残った魔物は、統率者と思われる両手足首を接合した木乃伊のみ。
だが木乃伊の周囲には強力な不可視の防御結界が張られており、それを破るには生半可な方法では不可能だ。
一点に力を集中して、結界を突破する。木乃伊に向けて電磁誘導光線を集中して放つ。
結界の接点で放電現象特有の音と光が発生する。
強力な電力と高熱を持つそれは数秒で結界を貫き、木乃伊の体を蒸発させた。
突然後方に気配を感じ、振り返りざま杖を頭上に構えた。
黒い球体で体を削いでやったはずの三匹の鴉天狗が、同時に六角棍を振り落とした。
三つの衝撃がサリシュタールの細い腕に圧し掛かる。
鴉天狗は三匹とも何事もなかったように元の姿に戻っている。
杖を傾けて、かかる圧力を逸らすと鴉天狗が体制を崩した。
そのまま杖を地に突き立て、それを支柱にサリシュタールは跳躍して鴉天狗に連続蹴りを食らわせた。
足に込めた気弾が攻撃力を増加させ、爆発したように鴉天狗の肉片が弾け飛んだ。
着地と同時に地面から杖を引き抜き、一振りして扇状に発生させた衝撃波が鴉天狗を吹き飛ばす。
壁に叩きつけられた鴉天狗はその翼がへし折れ、体も半ば潰れている。
だがその身を起き上がらせると、その身が見る間に元通りに修復されていく。
蒸発させたはずの木乃伊の塵が、元の位置に集約されたかと思うと、元の姿に戻った。
KIIIII!
耳を塞ぎたくなる金切り声と同時に、夥しい数の人蜘蛛が出現した。
「また! どうして復活するのよ?!」
現在の状況は明らかに異常だ。
何度も倒しても、短時間で復活してしまう。
始めは木乃伊の能力によって別の場所から魔物を転移させているのだと考えていたのだが、違う。
空間転位などを行った様子はなく、魔物の体が再構成され復活するのだ。
だが無限に復活するなどありえない。
なにか理由があるはずだ。
不意に戦闘直前、周囲に張られた巨大な結界の存在を思い出した。
この結界は自分たちを閉じ込めるものではなく、魔物になんらかの効果を及ぼすためのものではないだろうか。
サリシュタールは跳躍し、飛翔した。時間を稼ぎ、
結界を解析し原因を突き止め、解除する。
だが余裕を確保しようとした行動が裏目に出た。
大地が盛り上がり、小高い山となり、頂点が崩れたそこから、褐色の虫が夥しく溢れ出た。
それは見る間に一メートル近くにまで巨大化し、羽を広げて飛んだ。
サリシュタールの嫌う黒いアクマが、彼女に目掛けて群がった。
サリシュタールは反射的に最大級の防御結界を張ったが、本能的に行動する黒いアクマがそれで離れてくれるわけがなく、盲目的に結界に密集してきた。
無数の節足が結界を引掻き、腹部の裏側の節が蠕動する様を眼前で目にすることになった。
黒いアクマを焼き尽くしてしまいたいが、攻撃に転じる時は結界を解除する必要がある。だが防壁がなくなれば、あの虫は容赦なく群がってくるだろう。
そうすれば脆弱な彼女の体は、黒いアクマに蹂躙され、一秒も立たずに引き裂かれる。
なにより、生理的嫌悪感が彼女から冷静さを失わせつつあった。
「アルディアス! ゴード! なんとかして!」
サリシュタールは珍しく助けを求めた。
アルディアスは黒い騎士の斬撃を回避し、転換して剣を横に振るう。
スナフコフは左籠手の小剣を剣の根元を狙って突き刺し威力を殺し、右手の剣で跳ね上げ、そのまま振り下ろした。
盾で防がれるが、空いた胴を狙って横薙ぎに剣筋を変化させる。
それをアルディアスは最前、撥ね上げられた剣を振り下ろし、叩きつけて防いだ。
そして即座に切り上げるが、黒い騎士は体を逸らして刃を避ける。
両者は再び間合いを取った。
「アルディアス! ゴード! なんとかして!」
サリシュタールの叫び声が耳に届いた。
上空で彼女が嫌う虫が密集している。
その声はまだ冷静さを失ってはおらず、恐慌状態に陥ったわけではないのだろうが、確かにあの状態では身動きが取れないだろう。
なにより嫌悪感が彼女の体を駆け巡っていることが容易に想像できる。
「ぬん!」
一瞬サリシュタールに気を取られた機を見逃さず、黒い騎士が剣を繰り出した。
盾で往なすが、続いて左籠手の刃を突いてくる。
それを右手の剣で逸らし、しかしさらに黒い剣が突きを繰り出してくる。
右手の剣と左籠手の小剣が交互に打ち込んでくる秒間十数発の連続攻撃に、アルディアスは防戦に追い込まれてしまった。
なにより、天使と蜥蜴人は戦闘に加わっていないのだ。
サリシュタールの救出に向かいたいが、正直こちらも余裕がない。
魔王殿を甘く見すぎていたかもしれない。
アルディアスは仄かに後悔の念がよぎる。
そして連続突きに耐え切れず、後方に弾き飛ばされ、壁に叩きつけられた。
追撃を予想し即座に立ち上がり、迎撃態勢を取るが、予想に反して黒い騎士はなにもしてこなかった。
スナフコフは上空を指差す。
サリシュタールを襲っていた虫が、地上からの熱風で吹き飛ばされた。
ゴードだ。
屋根の上で剣を掲げている姿が見える。
サリシュタールは虫が結界から離れたその機を逃さず、即座に攻撃に転じる。
彼女を中心に膨大な轟音と光が迸った。
魔術師の放った雷撃は彼女の言う黒いアクマを打ち据え、塵屑のように地上に落下する。
「第一戦は終わりだ」
告げて、スナフコフは剣を収めた。
「どういう意味だ?」
黒い騎士の意図が理解できず、アルディアスは聞き返した。
「気付いているだろうが、我々はここでは死なない。見ろ」
再び上空を指差したそこでは、褐色の虫が空中で次々と活動を再開している。
「魔王殿の中では、貴様らは死なないというのか」
「少し違う。だが細かい説明をするつもりはない。目的を達した今、説明する時間もない」
「目的?」
「時間稼ぎだ」
周囲の空間が不意に歪んだ。続いて大地が揺れる。
「これは!?」
アルディアスは戸惑い体勢を崩す。
黒い騎士の傍らに天使が舞い降りると、二人は空中に浮遊した。
蜥蜴人は怪鳥の足にしがみつき、鴉天狗がそれに付随して空の彼方へと消えた。
褐色の虫もサリシュタールへの攻撃を止め、土中に潜って消えた。
人の顔をした蜘蛛の群れの周囲に水面に生じるような波紋が発生し、それが収まったときには人蜘蛛も、木乃伊の姿も消えていた。
猿忍者は一眼巨人の体に張り付き、巨人は大きく咆哮したかと思うと、体が縮小し、見る見るうちに小さくなり、空中に浮遊する丸い肉の塊になり、猿忍者を巻き込んだ肉塊の縮小は止まらず、ついには豆粒ほどまでに小さくなり、最後にそれさえも消えてしまった。
戸惑う三人の光の戦士に黒い騎士は告げる。
「では次の戦いを楽しみにしている。この程度で死ぬなよ」
「まて!」
アルディアスの制止を無視して、黒い騎士と天使の姿が消えた。
同時に、地震がより強く揺れた。
「アルディアス! サリ! なんかやばいぞ!」
屋根の上のゴードが警戒を呼びかけるが、なにが起きつつあるのか分からないのでは対応ができない。
サリシュタールがすぐ側に飛来して、浮遊領域にアルディアスを取り込んだ。
重力が中和され体が宙に浮く。
続いてゴードも取り込み、三人は無重力状態になり、空を浮遊する。
これならば地震の影響はない。
「知ってると思うけど、他の人も一緒に浮遊させると、私の負担が大きくなるから、攻撃と防御、お願い」
サリシュタールが冷淡に告げた。
今起きている異常事態は、褐色の虫に比べれば感情を揺らがせるに値しないらしい。
現在問題なのは、時空の歪曲現象だ。
意図は分からないが、推移によっては直接的な影響を及ぼす恐れがある。
空間の歪みが拡大し、それが頂点に達したとき、歪曲は収斂した。
静寂が訪れる。結局心配していた影響は嘘のようになかった。
「……終わったのか?」
ゴードが呟いた。
その口調には、どこか拍子抜けした感がある。
もっと厳しい状況が訪れることを予想していたのだろう。
「……そうらしいが」
アルディアスも気が抜けたような声だ。
ただ唯一現状を正確に把握していたのは、サリシュタールだけだった。
「二人とも、下を見て」
促されるまま二人は下に視線を向けた。
そして我が目を疑った。
地面がなくなっていた。
石畳の舗装路が消滅し、光が底まで届いていないのか、闇に遮られ見えなかった。
それなのに建物だけが、その底のない遥か下から聳え立つように存在している。
「……これ、どういう事だ?」
ゴードの問いに二人は答えられなかった。
その紳士は落下しながら苛立ちと感服の混じる、矛盾が並存した声質で呟いた。
「やってくれたな」
シルクハットが飛ばされないように押さえつけながら、ステッキを回転させた。
半径1メートルに固有領域を形成確保。
内部時空制御における外部との差異により落下速度が減速する。
そして懐中時計の針を操作して、空中に表示を映し出す。
「だが、これからどうするつもりだ? 今の状態を続ければ、自殺行為も同然だぞ」
映写機が投影されるように周囲の建造物が下から上に流れていく景色の中で、紳士は緩慢に、底の見えない深淵の奈落へと落下し続けた。
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