14・白い騎士と黒い騎士

 アルディアスは魔将軍スナフコフ・ガーランドの上段切りを、盾で受け止めると同時に、腹部を狙って剣を突いた。

 しかしスナフコフは体の捻りで、剣先をかわし、その勢いを利用して、左籠手に仕込んである小剣で、アルディアスの剣を斬撃に等しい威力で払うが、その手から剣が落とされることはなく、一旦距離を取る。

 その色は白黒と対照的だが、両者全身に甲冑を纏い、右手に剣を携えている。

 唯一の違いは、アルディアスは盾を左小手に装着し、スナフコフは左籠手に小振りの剣が装備されていることだ。

 それがどのような力量の差や攻防の変化となって現れるのか、現段階では不明だが。

 一呼吸の休息は終わり、両者は再び激突した。

 瞬時に間合いを詰め、アルディアスは左上段から剣を振り下ろすが、黒い騎士は難無く小剣で受け止めた。

 しかしすさまじい衝撃が右手に襲い、足裏が大地に減り込む。

 スナフコフが剣を繰り出し、白い騎士は左手の盾で受け止める。

 盾に一筋の不可視の刃が走り、鎧の左肩に衝撃を与え、さらに延長線上にある後方の壁に斬撃に似た亀裂が生じた。

 しかし白い騎士の盾も鎧も傷一つ付けられていない。

 アルディアスは剣先で足払いを狙うが、黒い騎士は大地に剣を突き立てて。

 剣と剣の激突音と共に、剣風で砂埃が舞い上がる。

 反撃に左籠手の刃が右脇の鎧の隙間を狙ってきたが、盾でそれを受け止めた。

 しかし衝撃を受け止めきれずアルディアスの体が弾かれた。

 だがその勢いを利用して回転し、剣で横薙ぎにする。

 その攻撃を二本の剣を交差させて防御したが、今度はスナフコフのほうが受け止めきれず、体が吹き飛んだ。

 十メートル先の壁に激突し、石材で構築されているそれに体が減り込んだ。

 そして一呼吸遅れて壁が崩れ、スナフコフは瓦礫に埋もれる。

 アルディアス・アルブレット・グレイダーが国王から授かった、白銀の武具に正式名称はなく、光の戦士の武具、もしくは三種の神器とだけ称されている。

 その能力は極めて単純であり、特殊能力が付加されていない一般の武具と基本に変化はない。

 それは攻撃力を増加させ、防御力を高め、身体能力を支持する。

 しかしその能力は桁外れに大きい。

 剣の一振りは風圧で砂埃を舞い上がらせ、切っ先の速度は時に音速を超えて衝撃波を走らせる。

 盾はあらゆる攻撃を受け止め、剣や大槌は勿論、大砲の弾さえも防ぐ。

 鎧の防御力は勿論並みの鎧と比較にならず、しかもその動きを制限することなく、さらに装着者の身体能力を倍化させる。

 装備した者は岩を軽々と持ち上げ、走る速度は競馬よりも速く、三階建ての建造物を跳躍することも可能だ。

 だが三つの武具を使用するには、第一の条件を満たしていなければならず、それが使用者数の少ない最大の理由だ。

 すなわち光の戦士の力を有していること。

 ゴードの持つ精霊の剣は光の戦士の力を自然現象に変換しているのであれば、アルディアスの三つの武具はいわば基本能力の増加に変換しているといえる。

 アルディアスの背後に天使が舞い降りた。

 白装束の女性の顔からは、攻撃の意思や殺意は微塵も感じられなかったが、針金細工のような羽を広げ、細い両手を掲げた瞬間、アルディアスの体に凄まじい重圧がかかった。

「ぬう!」

 自分の体重が数倍になり、その重さを支えるのが困難になる。抵抗して立ち続けるアルディアスの足裏が地面に減り込み、やがて耐え切れなくなりついに膝を落とす。

 さらに両手を地に付け四つん這いになった。

 神と、忠義を捧げた君主以外の前で、平伏す体勢を取るとは、アルディアスは矜持が弄られる思いだった。

 屈辱に怒りが湧き上がり、それは雄叫びとなって迸る。

「ぬぅおおおおお!!」

 重力の束縛を撥ね返し立ち上がったアルディアスは、渾身の力を込めて、剣を天使に向けて振るった。

 切っ先が音速を突破し、衝撃波が天使を打ち据えた。

 天使は吹き飛び、しかし空中で停止して、体勢を直立させると、何事もなかったかのような表情で、再度手を掲げた。

 同時に屋根の上で待機していた蜥蜴人が弓矢をアルディアスに向ける。

 攻撃を予想したアルディアスは身構える。

「待て!」

 しかし思わぬ声が攻撃を遮った。

 瓦礫に埋もれた黒い騎士が立ち上がった。

 埃でも払い落とすかのような仕草で瓦礫を除去するその様子に、叩きつけられたことによるダメージは見られない。

「待て、ゼフォル・ヴァ・グリウス。手を出すな」

 天使は表情を変えなかったが、黒い騎士の言葉に従ったのか、手を軽く振ると、蜥蜴人は弓矢を収めた。

「さて、白い騎士よ。もう一勝負、始めよう」

 剣を構える彼のその声には、強者と戦うことへの喜びが隠し切れないでいた。

「一つ聞くが……」

 アルディアスは疑問を切り出した。

 特に知る必要はないが、黒い騎士が一対一の対等な勝負を望んでいることに敬意を感じ、自分も戦う相手を見極めたくなったのかもしれない。

「なぜ魔物に魂を売り渡した」

 黒い騎士の頭部は甲冑に覆われて窺い知ることはできない。

 しかし微かに動揺に似た感情の動きを感じた。

「……なぜ分かった?」

「魔物どもの頭の中身は人のそれとは違うが、おまえは人間的すぎる。なぜそんな精神を持っているのか、その理由は二つしかないだろう。意図的に人間の真似をしているか、元々人間だったかだ」

 魂と引き換えに魔物に願いを叶える者は消して少なくない。

 しかし願望が成就された途端、魂を剥奪され魔物と化す。

 大抵は思考能力が人間のものとは別になってしまうが、希に強靭な精神力によって自分の意思を留めておく者がいるという。

 目の前にいる黒い騎士もそうなのだろう。

「それで、人でありながら人間を裏切った者の、その理由を知ってどうする」

「気になっただけだ。それだけの精神力を有しながら、魔物どもが口にする上辺だけの誘いに乗ったというのが、どうにも解せん」

 黒い騎士は少しの逡巡の後、答えた。

「強さを求めるのに、人である必要はない」

「なるほど」

 アルディアスは理解した。

 この黒い騎士の魔物との契約内容とは、強くなることなのだ。

 魔物はその願望に着目して意図的に人としての意思を残したのかもしれない。

 魔物の為に戦う尖兵として。

 だが彼はそれに屈辱や矜持を傷つけられたとは思わないだろう。

 ただ強くなることのみに心を砕いている彼は、戦いの場は臨む所なのだ。

 アルディアスは惜気の念が生じた。

 強さを魔物に求めずにいたならば、良い戦士となっただろう。

 全て手遅れだが。

 魔物に魂を売り渡した者は、魂を剥奪され、魔物と化す。

 二度と人間に戻ることはない。

 アルディアスはもはや言は不要と、剣を構えた。

 スナフコフも呼応するように構えを取る。

 そして、人として強さを極めた者と、魔物と化して強さを手に入れた者の決闘が始まった。



 初老の紳士は探知した波動に向かって走っていた。

 波動発生地点との距離は現在3キロメートル。

 周辺に空間転移と推測される波動を多数検出。

 同時に魔物を無数に探知。

 現在正確な数は不能。

 空間転移で直接現場へ移動したかったが、魔物出現の前後に魔王殿全域に特殊領域が形成されてしまい、空間歪曲などの操作が不能になった。

 自分の行動を制限させ、戦闘に介入するのを防ごうとしているのだろう。

 だがこれだけで終わるとは思えない。

 特異領域の形成によって転移を妨害しても、直接接触してしまえば問題ない。

 戦闘地域に別の領域が形成されていることから、異なるなにかを発生させる意図があるのは明確だ。

 それがなにかは推測しかできないが、その前に彼らと合流しなければならない。

 光の戦士。

 三百年前、確か人間たちはそう呼んでいた。

 勇者とも。

 三百年前に残留してくれた二人の仕事が達成され、継承者が現れたのは嬉しいが、このままではせっかくの戦力も消されてしまいかねない。

 戦闘を始めているようだが、魔物の数が全く減少していない。

 状況から推測するに、彼らは自分たちの力の本質を理解していない。

 力の使い方を間違えているのだ。

 今、彼らが使っている力は、むしろ副産物的な現象だ。

 魔王殿の外ならそれも有効だっただろうが、魔王殿内部に発生させることが可能な、この特殊領域の形成内では無意味だ。

 早く彼らの元へ辿り着き、力の正しい使用法を伝授しなければならない。

 正直一人だけで戦い、使命を果たせるか、大いに疑問だ。

 前回自分を含めて五人で戦った結果が今の状況だ。

 出来る限り戦力を確保したい。

 息が切れ、体の筋肉が痺れ始めた。

「ええい、思うように動かん体だ」

 この世界に無理なく実在するために存在形態を人間に変換しているが、それゆえの不自由さが恨めしい。

 だからといって本来の姿をとれば、世界の法則との折り合いが取れず、消滅しかねないが。

 紳士は逸る気持ちを抑えて走り続けた。

 距離は後1キロメートル

 特殊領域形成場の外輪が見えた。

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