13・狩人と魔術師の戦闘

 猿忍者の口内にゴードの大剣が突き刺さり、牙を折り、肉を裂き、頭蓋を貫く。

 そして大剣の先で垂れ下がった猿忍者を、釣りの獲物のように大きく振り投げた。

 猿忍者は弧を描いて屋根の上の蜥蜴人と激突した。

 猿忍者と蜥蜴人は一緒に屋根から転落し、頭部から地面に叩きつけられた二匹は、頭蓋骨と脊髄先端が砕ける音が鳴る。

 褐色の蟲がゴードに群がって来るが、上段に構えた大剣に朧な光が宿り、それは振り下ろしたと同時に無数の白刃となって扇状に走る。

 光の刃の軌跡にいた魔物の体は、音もなく通過した部分が滑らかに分離した。

 切断面は鮮やか過ぎて、体液が噴出しなかった。

 しかし強靭な魔物の生命力は、スライス状にされてもなお顕在で、内臓が蠢いている様が見て取れ、肢や翅や触覚の活動は衰えない。

「さすがにゴキブリは死に難いな」

 大剣が再び光を宿し、横薙ぎに振るったそれは、灼熱の火炎を熾し、数十メートル先まで瞬時に焼き尽くす。

 蛋白質とキチン質の燃焼する独特の臭いが周囲に充満し、家庭内で嫌われる虫の形状をした魔物はほぼ全滅した。

 GUoOOOO!

 しかしその業火をものともせず一つ目の巨人は雄叫びを上げて立ち上がり、死骸を踏み潰し蹴散らして、ゴードへ突進する。

 ゴードは大剣を地に軽く突き刺した。

 同時に一眼巨人の周囲の地面が槍と化して突出し、巨人の体を貫いて突進を止めた。

 U……UGO……

 だが一つ眼の巨人は体躯を無数の槍で貫かれながらもまだ生きており、己の体に食い込んだ物体を不思議そうに触っている。

「アレもゴキブリ並みだな」

 ゴードが呆れたように呟いた。

 もっとも動けない今なら止めを刺すのは簡単だが。

 しかしそれを妨害するように、空から怪鳥が数羽下降して襲撃する。

 巨大な羽毛のない怪鳥は、異様に発達した鉤爪でゴードを引き裂こうと攻撃する。

 大剣を振り回して牽制しつつ、ゴードは鉤爪を避け、精霊の剣が三度の光を宿した。

「おォオおラァ!」

 一つ大きく円を描くように振ると、不意に周囲の大気の流動が劇的に変化した。

 風が砂埃を巻き起こし、強風となって空へ舞い上がり、怪鳥の飛翔をも阻害する竜巻となる。

 周囲の炎を消し飛ばし、死骸を吹き飛ばし、羽毛のない怪鳥を弾き飛ばす。

 風が収まり、竜巻の中心に佇むゴードの赤い髪が落ち着く。

 風の山脈に伝わる聖剣、精霊の剣。

 刃渡り百五十センチメートル、幅三十センチメートルの、鋼鉄製の重量兵器。

 だがその剣の持ち主であるゴードだけは、光の戦士の力の関係なのか、持つだけさえ多大な筋力を要するその重量を全く感じずに、小枝のように軽々と扱える。

 しかし実際の重量が消失しているわけではなく、攻撃力はそれと共に倍増する。

 しかし精霊の剣の真価はその重量による破壊力ではない。

 それは、風を刃に変え、炎を熾し、水を逆流させ、大地を震撼させる、持ち主の意のままに、自然現象を引き起こし操る力だ。

 邪魔がいなくなったところで改めて巨人に止めを刺そうとして、ゴードは我が目を疑った。

 GOAAAAA!!

 一眼巨人は体を力任せに捻り、腕を槍柱に叩きつけ、自分を拘束する大地の楔を粉砕した。

 体に突き刺さっているそれを引き抜き、体内に残留している異物は、強靭な再生力によって体外に排出され、一呼吸の間に風穴に等しい傷口は塞がり完治してしまっていた。

 さらに一眼巨人の体躯が震え、肉が蠢き、骨格が歪に軋む音が鳴り、一回り巨大化する。

「なんて奴だ」

 呻くゴードの表情は、寧ろ楽しそうだった。



 サリシュタールの頭上から人の顔をした蜘蛛の足が振り下ろされた。

 しかし彼女は余裕を持って跳躍して避ける。

 そして空中で魔術の弾丸を形成。

 散弾型の魔弾を数十発連続して撃つ。

 夥しい人蜘蛛の群れは、外骨格を貫かれ、飛散し、内臓を撒き散らした。

 着地した時には、半分近くが微塵の肉片と化し、中央で鎮座している両手足を接合した奇妙な木乃伊に、前方で盾となっている人蜘蛛はいなくなっていた。

 邪魔な蜘蛛を駆除したところで、巨大な魔弾を形成。

 杖から放つと同時に十数発に分離した魔術の弾丸は、狙いを違えず木乃伊に向かったが、命中する直前で、弾けて消滅した。

 なんらかの防御結界を張ったのだろう。

 木乃伊の後方に残存している人の顔をした蜘蛛が、木乃伊の脇を通って、サリシュタールに殺到する。

 美女に熱愛する烏合の衆のようなそれに、サリシュタールは愛想を蒔きもせず身をかわし、再び跳躍した。

 魔術で重力を中和し、建物の屋根の上に着地したサリシュタールに、蜥蜴人が一斉に矢を向けたが、彼女は恋矢文が放たれる前に素気無く拒否する。

「邪魔よ」

 同時に彼女を中心に雷撃が乱舞し、高電圧で神経を麻痺させられた十数体の蜥蜴人が屋根から転落する。

 彼女はさらに跳躍し、重力を無視して、空へ飛翔した。

 三匹の鴉天狗が六角棍を背後三方向から同時に彼女へと振り下ろすが、体に届く直前、不可視の防壁に弾かれた。

 サリシュタールは杖に念を集中させると、先端に巨大な光の球を形成する。

 光球へさらに念を送り続け、やがてそれは輝きを失い、深遠の闇の如き無色の黒と変化する。

 鴉天狗が再び攻撃を繰り出してきた。

 彼女は闇の球でそれを受け止めるが、六角棍は弾かれるということはなく、接触部分が抉り取ったように消滅した。

 そのまま杖を振り、鴉天狗の上半身を闇色の球に巻き込み、球体が通過した後は、その体が消失していた。

 鴉天狗は飛ぶ力と意思を失い落下する。

 その力に慄いたのか、二匹の鴉天狗が距離を取ったが、闇色の球は彼女の手を離れ、高速度で追尾する。

 鴉天狗は即座に防壁を展開、攻撃に備えた。

 だが黒い球は結界をも穿ち、次の瞬間には一匹の胴体を消し、続いてもう一匹の下半身を消し去った。

 そして黒い球体は、鴉天狗の残骸と共に地上に落下し、地上に触れる寸前で浮遊した。

 一呼吸の間の後、人蜘蛛に攻撃を開始する。

 それはなんの目的もなく、ただ暴れ回っているように見えて、精確かつ緻密に高速度で魔物を一体一体確実に消去していく。

 結界でも、なんであろうとも、接触するものをなんの抵抗もなく食い尽くしていくそれは、深遠の宇宙の彼方に存在するブラックホールに似ていた。

 魔術。

 光の戦士が伝えた奇跡の技。

 百の魔術を習得した彼女は、あらゆる物理現象を、光の戦士の武具を介せずに、自らの意のままに操ることができる。

 その力は、単純な大さに関しては他の二人に劣るものの、錬度と精密さにかけては比類ない。

 人蜘蛛が一通り消えたところで黒い球体は上空に移動し、木乃伊に向かって一直線上に落下した。

 今度は生半可な防壁結界は無意味だ。

 木乃伊が黒い穴に消え去るのをサリシュタールは確信した。

 KIIIIIII!

 しかし木乃伊が金切り声を上げた瞬間、闇色の球体が爆散した。

 膨大な力が奔流し、空間を軋ませ、一瞬後には収斂する。

 巨大なクレーターを作り、周囲の建造物を巻き込んだそれは、しかし両手足を接合した奇妙な木乃伊に、なんの損傷も与えていなかった。

 木乃伊の乗る蜘蛛がほんの少し、怯んだだけで、クレーターの中心は小高い丘のようになっており、そこで悠然としている。

 そして木乃伊が再び金切り声を上げた。

 KYUEEEEE!

 雷光と伴う轟音が木乃伊を中心に発生し、収まった時には、人蜘蛛の群れが再び出現していた。

「……うわ」

 地上の魔物の群れを見下ろすサリシュタールは、さすがに呻いた。頬に一滴の汗が流れる。

 しかし彼女の動揺はすぐに消えた。

「さすがに、そう簡単にはやられてくれないか」

 嘆息すると、サリシュタールは力を抜き、蜘蛛の群れに向かって急降下を始めた。

 黒い僧衣が風に煽られて舞った。

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