2・勇者たちの到着
暗雲立ち込める空の下に、その威容を見せる廃墟の如き都市を三人は見下ろした。
大陸の最北に位置するその都市は、遥か長い年月誰も訪れず、ただ存在だけが伝承されてきた。
人々はその都市を畏怖の念を込め、その主の称号を冠せられた名を呼ぶ。
魔王殿。
魔王ゲオルギウスの居城。
「やっと到着したな」
褐色の肌をした青年が感慨深そうに告げた。
それは仲間にではなく、自分自身への確認だったのかもしれない。
一見細い体付きは、無駄な肉のない敏捷で優秀な狩人特有の体躯のそれだ。
巨大で無骨な剣を背負い、腰には逆に過度に装飾された片刃の小剣を履いている。
その黒い瞳は鋭く、魔都を見捉えて離さず、しかし臆することも気負うこともない、大らかさがあるのは、自分への自信と余裕の表れか。
風の山脈の狩人、ゴード。
光の戦士の剣に選ばれた勇者。
「ああ、ようやくだ」
ゴードの言葉に答えたのは、金色の瞳と髪をした、全身を白銀の鎧で覆った男だ。
背丈は高く筋骨隆々とし、静かだが微塵の隙も油断のないその気迫は、猛者という言葉が自然と思い浮かぶ。
全身を防護する鎧に、腰には剣を佩き、左腕には小型の盾が鎧に直接装着されている。
伝説の勇者の一人が使用していた、王国の騎士の中の騎士に与えられるという三種の武具。
イグラード王国最高の騎士、アルディアス・アルブレット・グレイダー。
光の戦士の血脈に誕生した聖騎士。
「さあ、行きましょう。ここでいつまでも眺めていても仕方がないわ」
先に進むことを促したのは妖艶な美女だった。
腰まで真直ぐに伸びる漆黒の髪に、瞳は深遠の紅。
雪のような白い肌を影のような僧衣が包み、手には奇妙な形状の木製の杖を携えている。
それは半ばこの世成らざる者の様で、誘いを受ければ彼岸へ連れて行かれそうである。
その朱唇と細い手から紡ぐのは、百の魔術。
世界最強の魔術師、サリシュタール。
光の戦士の技と術の修得者にして継承者。
三人はお互いに目で確認し合うと、山脈の斜面を下り始めた。
かつて世界は未曾有の危機に陥った。
遥か異界の彼方、地獄から到来した異形の生物の襲来。
魔物の侵略である。
魔王ゲオルギウスが地獄とこの世界を繋げ、夥しい数の魔物を召喚した。
そして地獄で亡者に業罰を与える魔物は、この世に地獄をもたらした。
田畑は焼き尽くされ、家畜は食い尽くされ、無辜の民は惨殺される。
その光景は正しく地獄絵図に他ならず、地獄に住む異形の生命体に、人間はなす術もなく蹂躙されていった。
魔物は人間の交渉に応じず、人間の戦力は通用せず、数多の町村が殲滅され、幾つかの国が滅亡し、世界人口は急激に減少した。
誰もが魔物の圧倒的勝利と人類の絶滅を予感した時、神の奇跡が来訪した。
五人の光の戦士の降臨である。
どこからともなく現れた彼らは、魔物に対抗できる力を持っていた。
その力は魔物を圧倒し、たった五人に総数数万とも数十万とも言われる魔物の軍勢が打ち破られた。
それを機に戦況は人類側の優勢に傾き、そして魔物を魔王殿にまで退けたのである。
魔王殿。
魔物が最初に出現した都市であり、一夜で占領された、廃墟の魔都。
そして魔物の統括者、地獄とこの世を繋げた男、魔王ゲオルギウスの居城。
魔物の最後の砦を制圧すれば、人類は魔物に勝利する。
しかし陸路は大山脈に隔てられ、海路は氷山と嵐に阻まれ、その場所に到達するには多大な困難を伴い、大軍を伴っての進軍は不可能だった。
そこで五人の光の戦士のみが魔王殿に向かうことになった。
人類の全ての希望を託された彼らは、数多の困難と試練を乗り越え、魔王殿に到着した。
そして魔王との闘いに勝利を収めたと伝えられる。
その後、彼らは世界各地に光の戦士の武具を残し、いつかまた魔王の脅威が訪れた時、新たなる光の戦士がそれを受け取りに来るだろうと言い残し、姿を消した。
これは今ではお伽噺として語り継がれる夢物語。
だが、それから三百年が経過した今、お伽噺の存在である魔王の脅威が再び始まった。
再来した魔王は、地獄をこの世に齎さんと、猛威を振るい始めた。
各国 街村はその対策、対応に追われるが、魔物の前に人間の力はあまりにも微力だった。
魔物の被害は増加し、その脅威は拡大する一方だった。
誰もが伝説の暗黒期の再来を予感した。
しかし同時に予言が成就され、光の戦士もまた再来したのである。
風の山脈の大岩に突き立つ聖剣を引き抜いたゴード。
武勲を認められ国王から、剣、盾、鎧の三種の神器を授かったアルディアス。
光の戦士の技、魔術を習得したサリシュタール。
彼らの活躍で魔物の被害は抑えられ、それと共に彼らの名声は高まっていった。
魔物はかつての脅威には成らなかった。
人類は希望を失わず、魔物に抗した。
だがイグラード王国で変化が起こる。
イグラード国王の娘、マリアンヌ王女が魔物の手によって拉致されたのだ。
イグラード国王は三人を招聘しマリアンヌ王女の救出を嘆願した。
王という立場を考察すれば、部下である騎士や、支配している民に願い出るなどという行為は、主従関係の崩壊を意味し、けして行ってはいけないことだった。
しかし王女救出が戦況に影響なく、むしろ個人的な理由によるところが大きいからなのか、国王は勅命を下すことはなく、懇命したのだ。
その願いを受け三人の光の戦士は王女救出の旅に出た。
それは同時に彼らの決着でもあった。
王女を助け出すには、ある難関の突破が前提となっているのだから。
魔王ゲオルギウスを倒すこと。
今までの旅の記憶が彼らの胸に去来する。
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