次元の狭間で

 夜空から星を消し去ったような真っ暗な空間。

 時折、雲のような物質が流れ、得体の知れない漂流物ひょうりゅうぶつただよう。


「ここは?」


 エルシーは不安げに辺りを見回した。


「次元の狭間はざまです。他の世界から排除された魂が迷い込む所ですね」

「元の世界に帰れるの?」

「私達だけでは無理でしょう。何か呼びかけが無いと……。ここにいる間は年も取らず、のどかわいたり空腹になったりということも無いので、慌てる必要はないですが、することがなくて退屈ですね」

「…………」


 足元に地面の感触が無い。宙に浮いているような奇妙な感覚だった。

 近くにいたはずの人々が見えない。ただルビィだけが、近くにいた。


「向こうに声を届けることはできないの?」

「聖女の力があれば別ですが、今は疲れるだけですよ。もう少し待ってください。何とか連絡が取れないか試してみます」


 暑さも寒さも感じないはずなのに、エルシーは寒気を感じて縮こまった。

 何もできないのがもどかしかった。




 どれほど時間が経ったのか、突然、ルビィが声を上げた。


「あっ、見えますよ、そこです!」


 真っ黒な空間におぼろげに浮かび上がる映像。

 目をらしてみると、そこは先程のバルコニーだった。


「彼女をどこにやった!」

「結界が何の役にも立たないとは……!」


 王太子らがヴィクトリーヌに詰め寄る。


「おほほほ!見つかりっこないですわ!これでヒロインは貴女一人!覚悟はよろしくて!?」

「ふざけんな、ドリル妖怪!!」


 菜々美ななみが叫んだかと思うと、轟音ごうおんが響き、映像が波打つように揺らいだ。


「聖女の力が……!」

「こっちですよ、聞こえますか、菜々美!」

「えっ?」


 ふっと映像がかき消すように消えた。


「二人共、そこにいたの!?今呼び出すから……邪魔すんなー!!!」


 再び轟音ごうおんが響く。


「大丈夫なの!?」

「私達よりそっちが大事だよ、いい?今、一番会いたい人のことを考えて」

「えっ?」


 バートランドの顔が脳裏に浮かびドキリとするエルシー。


「そうそう、会いたいって強く念じるの。…………」


 音が曇り、聞こえにくくなった。

 風の音が耳を打つ。

 ごうごうとうなる音の合間に、小さな声がいくつも聞こえてきたが、やがてそれも風の音に飲み込まれていく。

 黒い空間に、いくつもの映像が現れては消える。


 雪の降り積もる母の墓。

 白い雪に埋もれた故郷の屋敷。

 無人の聖堂で一人祈りをささげる銀髪の淑女しゅくじょ

 山に囲まれた野原で、黙々と剣を振る黒髪の若者。


 エルシーは声を上げたが、風の音に紛れて何も聞こえない。

 若者が振り返った。深い青の瞳が空に向けられる。

 一瞬目が合ったかのように見えたが、すぐに映像は消え、黒い空間だけが残る。


「彼を想って、会いたいと念じて……」


 耳元に聞こえたのは、いつもそばにいる小妖精の声。


「お願い……!」


 ミスリルの腕輪を握って、エルシーは必死に祈る。

 うなりを上げる風の音は徐々に大きくなり、彼女の意識もその中へと飲み込まれていった。

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