第八章 魔王と転移者

荒野の町

 乾いた砂が風に舞う。

 荒涼とした、岩と土が広がる大地。葉も花も無い枯れた木がところどころにぽつんと立っている。


「ここは……?」


 目を覚ました薄桃色の髪の少女は、ゆっくりと起き上がると、見慣れない景色を不思議そうに眺めた。

 紺色のマントと薔薇色の帯を締めた白い衣。身に着けた物以外は何も持っていない。


「ブラックウッド王国の辺境、魔族の領域に近い所ですね」


 ルビィは思案顔で辺りを眺めている。


「魔物のたぐいはいないですね。人もいませんが」


 エルシーは立ち上がると、周りを見回した。

 殺風景な岩と砂の景色が広がっているだけ。

 今まで城の中で守られていたのが、急に無人の荒野に放り出されたのだ。心の中に不安が広がってゆく。


「ここからどこへ行けばいいかしら。荷物も置いてきてしまったし……」

「とりあえず、近くの町を目指しましょうか。町の方向ならだいたいわかります。そこでお守りを売って旅の資金にするんです」


 エルシーは、聖女時代に作った護身用のお守りをいくつか身に着けていた。

 いずれも強力な道具である。一つ売るだけでも十分な金が手に入るだろう。

 バートランドからもらったミスリルの腕輪は勿論もちろん手放すはない。青白い光が、エルシーの気持ちを落ち着かせた。


「で、その後はどうします?」


 ルビィは頭を振って砂を払い落とし、答えを待った。


 これから取るべき道は二つ。

 一つは、できるだけ早くグリーンフィールドへ帰ること。

 もう一つは…………。


「バートさんを探しに行くわ」


 エルシーはきっぱりと言った。


「そう言うと思いました」


 ルビィはよくわかっているという態度でうなづいた。


(次元の狭間で、あの人の姿が見えたわ)


 どこかの山の中で修行にはげんでいる姿。

 まだ修行は終わらないのだろうか。

 とにかく、会って色々話したい。顔を見たい。


「行きましょう」

「はい、町はこっちですよ」


 華やかな色彩は去り、色褪いろあせた景色が残る。

 彼女達は知らなかったが、この場所こそは、かつて魔王軍の最前線であった場所。


 勇者バートランドが姿を消した場所であった。




 荒野の中に、小さな町があった。

 夜が明けたばかりで、ちらほら外を歩く人の影が見える。

 エルシーは密かにルビィに尋ねた。


(古道具屋はどこかしら)

(あそこに冒険者っぽい人がいます。聞いてみたらどうですか?)


 腰に剣を差し、革製の鎧を身に着けた冒険者姿の若い男が所在なさげに立っていた。


「すみません、古道具屋へはどう行けばいいですか?」


 男はエルシーを見て驚いたように目を見はると、気取ったようにポーズを付けて言った。


「古道具屋なら、あの角を曲がってすぐ見えるよ。君、あの店に用かい?僕が案内してあげるよ」

「すぐ近くですから、大丈夫です」

「遠慮しないで……ぐえっ!?」


 背後から男の頭に杖が振り下ろされる。

 ローブに身を包んだ魔法使いらしい少女が憤慨ふんがいした顔付きで男をにらんでいた。


「何やってるの、あんたは!可愛い子がいるとすぐこれなんだから!」

「いや~、道を知らないみたいだから、古道具屋まで案内しようとしてさ……」

「たった今、依頼を受けて店を出たところじゃないの!早く行かないと、他の冒険者に先を越されるでしょ!」


 少女は男を引きずって町の外へ歩いて行った。


「運命の出会いがー……」

「すみませんね、いつもあんな調子なので」


 金属鎧姿の男が謝りつつ、二人の後を追う。

 ルビィが愉快そうに言った。


「パーティーに問題児がいると大変ですね~」


 二人は笑いながら、店を目指して歩き出した。

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