裁く令嬢、赦す令嬢

菜々美ななみは後ろにいてくれ」


 王太子アルフレッドがかばうように菜々美の前に立ちはだかる。


「まぁ、お熱いこと。捨てた女の前でよくやりますわね」


 からかうように言って、ヴィクトリーヌはエルシーを振りかえった。


「貴女、あの浮気男に復讐ふくしゅうしたいとは思いませんの?」


 王太子が表情を曇らせた。

 エルシーはきっぱりと言う。


「その気持ちはもう忘れました。今はもっと大切な人がいますから」

「そうぉ?新しい男を捕まえたって、捨てられた恨みは消えないものでしょう?痛い目にわせるまで、心の底から幸せにはなれないのではなくて?」


 ヴィクトリーヌの挑発に、エルシーは涼しい顔で答えた。


「それは本気で恋をしていないからよ。新しい恋をして、幸せになれたら昔の恋を忘れられるわ」

「当てつけで条件のいい男を捕まえたって恨みは消えませんよ」


 ルビィが諭すように言った。


「王太子殿下は、真摯しんしに罪をつぐなおうとしてくださいます。ご自分の非でないのにかかわらず。終わった恋を清算するのは勇気がいることだと思います。人を傷つけて、恨まれる恐れもありますから。それでも、殿下は正しい行動をなさいました。自分のためだけではなく、私のことまで考えて……。そのような方ですから、私もお慕いしていたのです。そのことを、私は誇りに思います」


 エルシーの毅然きぜんとした言葉に、アルフレッドは感謝に満ちた表情を見せた。


「ありがとう、エルシー」


 菜々美がアルフレッドの隣に立って、ヴィクトリーヌをにらみつけた。


「大体あんたが、あたしを消して、皆の気持ちを踏みにじったのが悪いんじゃないか!!」

「おーほほほ!ヒロイン気取りの馬鹿な女に身の程を思い知らせて差し上げようとしただけですわ!逆ハーも聖女もみすぼらしいヒロインなんかには似合いませんとも!完璧超人な悪役令嬢にこそ相応しいのですわ!」


 菜々美は不思議そうに問いかける。


「『悪役』が聖女になれるっておかしくない?」

「あら、悪役令嬢が罪の無い善人なのは常識でしてよ!」

「……?」


 エルシーは内心首を傾げた。


 悪役の定義に性格の良さは関係ない。

 善人であっても、忠誠心や脅迫きょうはくなどによって仕方なく悪事に加担する例もあれば、「人のため」の行動が大きな災いをもたらすだけということもある。


 その逆に、いくら人格に問題があろうと、悪い事をしなければ悪役ではない。

 悪役の定義とは、「悪い事をしているかどうか」という点のみで判断される。


 ……そのはずであるが……。


(何も悪い事をしてないのに、「悪役」と呼ぶのは失礼ではないかしら)


 心に大きな疑問が生じたが、今はそれどころではなかった。




 パーシヴァルはこっそりレジナルドに尋ねた。


「例の魔方陣はまだ使えないのですか?それがあれば、今の段階でも封印はできます」

「あれはまだ制作中ですよって。しっかし、こいつは予想以上にやばい奴やで。こうしているだけで、とんでもない威圧感を感じますさかい」


 レジナルドが額に汗を浮かべて深刻な声で語る。

 セドリックも青い瞳をうれいに曇らせて言った。


「それは私でも感じるよ。全く、厄介な敵を持ったものだね」

「関係ない。守るべき者を守るまで」


 チェスターは闘志のこもった緑の瞳でヴィクトリーヌを見据みすえ、そのすきうかがっていた。


「何を言おうと、お前が全ての元凶であることはわかっている。菜々美だけではなく、エルシー嬢もまた、我々の大事な聖女だ。危害を加えようとする者は、誰であろうと容赦ようしゃはしない!」


 王太子が威厳をもって告げる。

 『聖女の盾』の他の四人も、周囲の騎士達もエルシーを守るように取り囲む。

 ヴィクトリーヌが嘲笑あざわらうように言う。


「まぁ、ずいぶん大事にされてますこと。もう何の力もないというのに。『魅了』のスキルでも使っていますの?」

「『聖女の盾』の皆に『魅了』は効きませんよ。使うのがヒロインであってもです。そんなズルは許しません。ゲームが成立しませんからね」


 ルビィがすかさず言う。ヴィクトリーヌは金色の眉をひそめた。


「ふん、女神でもない虫けらの分際で偉そうだこと。二度とあたくしの邪魔ができないように、ヒロイン共々次元の狭間はざまに飛ばしてあげますわ!」


 ヴィクトリーヌの金色の瞳が光り、長い爪がエルシーの足元を指さす。

 そこに真黒な空間が現れた。


「えっ!?」

「わっ!?」


 黒い空間はもやとなってエルシーとルビィにまとわりつき、彼女達をこの場から消し去った。

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