聖なる剣

 バートランドは魔女の家に住み、冒険者の仕事をして生活していくことになった。

 何日か後の昼過ぎ、大きな麻の袋を担いで帰る彼の姿があった。


「おーい!」

「ずいぶん大荷物なのね」


 エルシーは驚いて彼をを出迎えた。

 袋の中には、血と内臓を抜いて何個かに切り分けた肉と、角や爪などの素材が入っていた。

 早速ルビィが飛んできて鑑定を始める。


「この角と牙は結構な値段で売れますね。肉はこの辺りが美味しく食べられます。この辺は固いけど、じっくり煮込めばいけますよ」

「じゃ、肉は地下室まで持っていくよ。この素材はどこに置けばいい?」

「家の中には入れたくないわね。裏庭に倉庫があるから、空き箱に詰めるといいわ」


 裏庭へ向かうバートランドを感心したように見て、エルシーは言った。


「これなら十分ここでやっていけるわね」


「さぁ、どうでしょうか」


 ルビィは疑問を感じていた。




 それから二、三日も過ぎた後。


「ただいま」

「お帰りなさい……あら、怪我をしているわ」


 エルシーはバートランドに近づいて手をかざした。優しい光が傷を塞いでいく。


「ありがとう。今日はちょっと手こずったからな」

「おや、魔王を倒した勇者の発言とは思えませんね」


 テーブルの上の特等席でケーキを食べながら、ルビィが言った。


「あぁ、困ったことにね……」




 バートランドは近くの町で冒険者の仕事を始めたのだが、今はあまり仕事が無いという。


「聖女のおかげで平和になりましたからね」


 ルビィの言葉で、エルシーは聖女として活動していた時のことを思い出した。

 「聖女の盾」の五人と各地を巡って異変を解決し、災いの元凶を滅ぼした。


 お蔭で国中が平和になり、魔物討伐とうばつを主な仕事としていた冒険者の仕事が少なくなってしまった。


 盗賊対策は正規の兵士と騎士で間に合っている。

 そのため、冒険者を辞めて貴族や金持ちに雇われたり、転職したり、他の国に流れていく冒険者が多い。

 残った冒険者は、各地に散らばる迷宮に集中している。


「仕事が欲しかったら、ブラックウッドに行けばいいと言われたよ」


 バートランドは苦笑した。

 隣国ブラックウッドは、人間嫌いの前代魔王が討伐とうばつされたものの、まだ多くの魔物が国中におり、各地で争いが続いているという。


 偽勇者として葬り去られたと思われているバートランドが、今帰るのは危険だ。

 それでも帰りたいと思うのなら、まず旅費をかせがなくてはならない。

 しばらくこの辺りで金をかせぐしかないのだが……。


「当てはあるの?」

「あぁ、この前の仕事の報酬ほうしゅうが良かったから、資金はあるよ。いい仕事が残ってて助かった」

「それって、誰もできなかったから残ってたんじゃ……」

「でしょうね、きっと」


 ルビィの呟きにエルシーは賛同した。


 この間の魔物はベテラン冒険者でも一人で倒すのは難しい強敵だった。

 それをバートランドは安物の武器で倒し、賞金の分け前を宿代と治療費としてエルシーに渡していた。


「冒険者の宿の亭主に教わったんだ。この『死霊の森』で素材集めをするのがいいってね」


 「死霊の森」は、常に不死の魔物が徘徊はいかいする危険な場所であり、普通の人々は近づかないのだが、冒険者の間では良い「狩場」だと評判だ。

 森には他では見つからない珍しい植物や鉱物が豊富にあり、奥の方へ行くと、変わった魔物がおり、倒せば貴重な素材が手に入るという。


 ただし実体のない不死者や、普通の武器では傷つかない魔物と戦うために、特別な対策が必要である。

 不死者に強い僧侶や魔術師を仲間にするか、魔法の武器を持たなければならない。

 当然僧侶や魔術師は人気で、なかなかフリーの冒険者が見つからない。


「魔法の武器を探したけど、どこも扱ってないんだ。あっても、今は高くて買えないだろうな」


 バートランドが残念そうに言う。

 ルビィも難しい顔をする。


「前の異変で、金持ちがいい武器を買い占めましたからね」

「魔法の武器があればいいけど…………」


 エルシーは考えた。

 この魔女の家には、かつて宮廷に仕えた魔女が集めた魔法の道具がある。

 だが、現在は鍵と強力な魔法の封印を掛けられ、部屋の奥にしまわれていた。

 魔女には子孫がおらず、心がけの良くない者が無断で使用しないように、鍵は王宮に預けてある。

 封印された部屋の中には強力な魔法の武器や防具、道具類が収められていた。

 魔女の遺産を見つけて封印を解くのは魔術師レジナルドのイベントである。


(イベント無視しましたから、せっかくの倉庫も開けられないままですね)

(私が一緒に行けば、助けになれるかしら)

(冒険者になるつもりですか?)

(他にもすることがたくさんあるから、冒険者になるつもりはないけど…………)


 護身術は多少学んでいるものの、冒険者として活動するほどの自信はなかった。

 バートランドの実力を考えると、足を引っ張る恐れもある。

 第一、今は人前に顔を出せない状態である。


「仕方ないから、魔法の道具でも買うことにするよ」

「それって、お金がかかるんじゃない?」


 消耗品の魔法の道具なら素質の無い者でも扱えるが、毎回用意するとなると当然金がかかる。


「今は仲間に誘えるような冒険者もいないからね。誰か仲間を増やすか、魔法の武器を買えるまでは道具を使っていくしかない」

「効率悪そうね」

「今まで武器に頼り過ぎたからね。初心に戻って鍛え直すいい機会だよ」

「と言っても、『死霊の森』では、入り口の近くでも強い魔物が現れることがあります。普通の武器しか持たない戦士一人で行くようなところではありません。力押しが通用する相手ではないんです」

「そうよ。実体のない魔物とか、普通の武器では傷一つ付けられない魔物もいるし。森の奥には…‥あ」


 エルシーは大事なことを思い出し、小さな声をあげた。

 ルビィとバートランドが彼女に注目する。


「何ですか?」

「どうしたんだ?」

「そう、森の奥よ!聖剣が眠ってるのは!」


 エルシーの声にルビィが緑色の瞳を輝かせた。


「なるほど、聖剣なら使えます!」

「聖剣?グリーンフィールドの聖剣って、まさか」


 聖剣と聞いて、バートランドが身を乗り出す。

 エルシーはすみれ色の瞳に真っすぐに彼を見て、厳粛な表情で宣言した。


「聖騎士バージル・クロフォードの剣を取りに行くわ」




 クロフォード男爵家初代当主の夫人、ローズマリーはかつて女神に選ばれた姫巫女の末裔だった。

 彼女の一族は旧王朝滅亡後、聖剣を守って人里離れた土地に隠れ住んでいた。

 ローズマリーは一族の最後の一人であった。


 ある日、彼女の元に聖剣を求める若者が現れる。

 当時腕利きの冒険者であったバージル・クロフォードだ。


 その頃、かつて王国中を混乱に陥れた死霊術師の遺産―――不死者を操る強力な魔法の道具を手に入れた者によって、国中に不死の魔物が溢れ、災いが広がっていた。


 その魔道具は、聖女の力か聖剣でなければ壊せない。

 前に聖女が召喚されてから数十年、既に聖女は故人であり、次の聖女を呼ぶ準備は整っていなかった。


 ローズマリーはバージルを聖剣の元に導いた。

 彼は聖剣に認められ、その所有者となる。

 聖剣により国を救ったバージルは聖騎士の称号と男爵の位を与えられ、ローズマリーは彼の妻となった。


 バージルの死後、聖剣を扱える者がおらず、男爵家の所有としておくことを疑問視されたため、二代目男爵は聖剣を国王に献上した。国王は代々王家に伝えていくつもりであったが、教会も騎士団も聖剣の所有権を主張。争いを避けるため、国王は当時宮廷に仕えていた魔女に命じて聖剣を隠させた。


 彼女が隠し場所に選んだのが「死霊の森」である。

 不死者のはびこる不吉な場所と思われているが、その中央には聖なる力に満ちた遺跡があり、周辺地域の不死者を集めては浄化している。

 過去の聖女が、不死者を操る死霊術師から人々を守るために造ったものである。


 王の命を受けて魔女は、その遺跡の中に聖剣を封じた。

 その封印を解くことができるのは、聖女のみ。聖剣を手にする者を選ぶ権利も聖女にある。


 魔女は晩年宮廷を退いた後、「死霊の森」に移り住んだと伝えられる。

 後の世の聖女に聖剣を託すため、遺跡と聖剣を見守るためであったのか。




 聖なる剣は今も、「死霊の森」の奥に眠っている―――。

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