勇者と魔女 ※バートランド視点

 暗闇の中へ意識が沈んでいく。


 今まで何度もこんなことがあった。

 でも、いつも仲間がいた。助けてくれる人がいた。

 今は敵さえもいなくなって、たった一人。


 今度こそ自分は死んでいくのだろう。




 沈みかけた意識がふいに引き戻される。

 温かく、優しい光が全身を包み込むのを感じた。


 ゆっくりとまぶたを開くと、暗い木立を背景に、白い服を着た人影が目に映った。


 祈るように目を閉じ、白い手を差し伸べる少女。

 淡い桃色の髪は豊かに波打ち、白いドレスを覆っている。

 見たことのない、美しい少女だった。


「君は……?」

「私は……」


 問いかける彼に、少女は一瞬ためらう様子を見せ、愛くるしい微笑みを浮かべる。


「『死霊の森の魔女』よ」

「魔女……?」


 魔女というより、聖女のようだと彼は思った。優しい顔立ちに白い衣装をまとった姿はこの上なく神聖なものに見える。

 そうして、また意識が薄れていく。

 かつて勇者と呼ばれた若者は、安らかな眠りに落ちた。




 目を覚ました時は、また見知らぬ部屋の中にいた。

 清潔な居心地のいい部屋だ。花瓶には新鮮な花が活けてあり、部屋の隅に壊れた鎧とわずかな所持品がまとめられていた。


 バートランドはベッドから起き上がった。傷はすっかりえていた。

 あの少女は、強力ないやしの力を持っているようだ。


 窓の外をのぞくと、暗い森の中をうごめく不死の怪物の姿が見える。

 人が好んで住む場所とは思えないが、先程の少女はここに住んでいるのだろうか?


 扉が開いて、例の少女が入ってきた。

 普通の町娘が着るようなこざっぱりとした上衣と長いスカートを身に着け、腕にタオルと衣服を抱えている。

 少女は晴れやかな笑顔で話しかけた。


「目が覚めたのね。気分はどう?」

「あぁ、もうすっかり良くなったよ。さっきは本当にありがとう。君がここまで運んでくれたのか?」

「そうですよ~。重いってふらふらしながらね」


 長い赤い髪、緑の瞳の羽が生えた小さな妖精が、彼女の後から部屋に入ってきた。


「起こしてくれても良かったのに」

「よく眠ってたから、起こすのは悪いと思って……。疲れていたのでしょう?ほとんど一日眠っていたのよ」


 既に翌日になっていたようだ。

 改めて彼女に感謝する。


「着替えを持ってきたから、お風呂に入ってきてね」


 少女に風呂場の場所を教わり、体を洗った後、用意された服に着替えた。




 風呂から出ると、美味しそうな食事が用意してあった。

 バートランドは急に空腹を覚え、しばらく食事に専念することにした。戦場に出てから今まで何も食べていない。


 食後、一息ついたところで自分の素性を明かす。

 ……騙されやすい質であることは見抜かれてしまったが、バートランドには彼女達が自分を騙そうとしているとは思えなかった。今の自分に味方したところで、何の得にもならないだろう。




 屈託なく笑うエルシーはとても魔女には思えない。

 物腰は優雅で、上品な仕草は貴族の令嬢のようだ。

 しかし、貴族の娘なら自分で料理などはしない。

 没落貴族の娘だろうか?


 詮索せんさくするつもりは無いが、気になるのは確かだ。

 ここは、彼女のような少女が住むような場所には思えない。

 助けてもらった恩もあるし、何か困っていることがあるなら力になりたい。


 水汲みと薪割りを引き受けようとしたが、斧や水桶が勝手に動いて仕事をしてくれている。

 だから「魔女の家」なのだろうか。


 とりあえず、近くの町で冒険者の仕事を探してみよう。

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