魔女と勇者

 翌日。


 すっかり傷のえた若者とテーブル越しに向かい合って、エルシーは彼の話を聞くことにした。

 黒い髪に濃い青い瞳、整った精悍せいかんな顔立ちはいくらか日に焼けていて、非常に感じが良かった。背も高く、王太子よりもがっしりして筋肉のついた体格をしていた。


「改めてお礼を言うよ。本当にありがとう」


 親しみの持てる笑顔を向ける彼は、ブラックウッド王国の騎士バートランドと名乗った。


「隣の国の勇者じゃないですか」

「えっ?貴方が?」


 ルビィの言葉に驚くエルシー。


 隣国ブラックウッドは、魔王の領域と隣あっていて、昔から人と魔族の争いが絶えないという。

 「勇者」と言えば、戦神の武器を手にし、魔王を討伐する力を持つ人間の中でも最強の戦士である。


 バートランドは困ったような表情を浮かべた。


「今は一介の騎士だよ。と言っても、使えるべき主君もいないけど」


(『黒い森の勇者』というゲームの主人公ですよ)


 ルビィが心の中でエルシーにだけ語る。


 正統派ロールプレイングゲームだが、登場する女性キャラが可愛くて人気があるゲームだ。

 「聖乙女2」と同じゲーム会社の作品である。

 その主人公がなぜこんな所に流れてきたのか―――。


「勇者からチート能力を取り上げてハーレム築いた男がいるんじゃないですか」


 ルビィの指摘にバートランドは苦笑した。


「隣は長い間戦神が封印されたままですからね。好き勝手に世界を荒らす奴が出ても不思議はありません」

「まぁ、色々あって勇者ではなくなったけど……」


 魔王を討伐したものの、勇者の武器と手柄を横取りされた上、勇者の称号を取り上げられて最前線に出され、危うく死にかけたと元勇者は語った。


 エルシーは同情を込めて言った。


「そういうことなら、帰ることもできないわね。貴方さえよければ、しばらくここで暮らしてみたらどうかしら」

「いいのか?助かるよ。生きて帰れないと思ってたから、あまり金も持ってないんだよな。もちろん、すぐに稼いで宿代ぐらいは出せるようにするよ」


 ルビィが意外そうにささやく。


(おっ?同居OKですか)

(いきなり放り出すわけにもいかないでしょう。貴女が言うような人なら、信頼できそうだし)


 元の世界から排除されたエルシーにとっては、他人事ではないのだ。

 あの時、ルビィが来てくれなかったら、どうなっていたか。修道院に入った後でも、揉め事が際限なく起こり続けたのではないか。悪役令嬢の群れを思い出してエルシーは幸運に感謝した。

 ……こうなったのは、運が悪いとも言えるが。


「いいでしょう。下心をもって私達の部屋に踏み込もうとする輩は地獄を見ることになりますからね」


 ルビィが脅すように言った。

 バートランドは笑った。


「信用してもらえるようにするよ」

「貴方こそ、私達を信用してもいいの?こんな所で暮らしているだけで、十分怪しいと思うけど」

「確かに、まともな人間が住む所ではありませんね」


 不死者が徘徊する窓の外を見て、ルビィが同意した。

 バートランドは当然のように言う。


「どんな事情があっても、助けてもらったことに変わりはないよ」

「あら、これでも私は有名な悪女かもしれないわよ」


 くすくすとエルシーは笑った。


 育ててもらった恩を忘れ、義姉の婚約者を奪った性悪女。未だに社交界では皆自分のことをそう思っているだろう。「聖女の盾」の皆でさえも。


 チェスターの忠告を聞くまでもなく、多くの人々が自分を憎んでいるに違いない。「異世界荒らし」ばかりか、アイリーンの取り巻きもエルシーへの復讐を企てていてもおかしくない。狂信的とのいえるシミオンのアイリーンへの愛情を思い出して、エルシーは嫌な気分になった。


 バートランドはエルシーを好意のこもった目で眺めていた。


「全然そうは見えないな。むしろ、聖女様かと思ったよ」

「貴方、騙されやすい方じゃない?」


 エルシーは微笑して尋ねた。


「うっ……。よく言われるけど…………」


 エルシーとルビィは笑った。

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