書き換えられた世界

 ぽたぽたと音がする。

 自分の涙と気づいた時、エルシーの心は現在に戻っていた。


「……これは、やはりあいつの仕業ですね。『ヒロイン』のエルシーに対抗するため、『悪役令嬢』をアイリーンに設定して、世界を改変してヒロインを追い出し、乗っ取りに成功した」

「…………」


 さまさざな感情が、心の中に うずを巻く。

 しばらく後、落ち着きを取り戻してから、エルシーは尋ねた。


「 公爵家を追い出されたのも、『異世界荒らし』の仕業なの?」

「そうです。原作とはかなり違った世界になっていますね」


 原作……少女漫画『 淑女しゅくじょの願い事』。

 異世界荒らしは、目を付けた世界を悪役令嬢の世界に変えるため、設定を改変するという。


「まず、貴女は 男爵令嬢になっていますが、原作では 伯爵令嬢です。お母さんの再婚相手も義理の兄も別人です」


 原作で母が再婚した相手は、エインズワース 公爵ではなく、ダンヴァーズ 侯爵。不器用だが親切な人である。

 アイリーンの他にも義理の兄がいた。実の妹にもエルシーにも優しい人だった。


「アイリーンの母親が別の人と結婚したことになっていますね」

「本当はあまり身分の差は無かったのね」


 身分差で辛い思いをしたことを思い出し、エルシーは 憤慨ふんがいした。

 ヒロインのエルシーに対し、アイリーンを悪役令嬢に見立てたため、その身分に大きな差が生じた。

 「悪役令嬢物」では、ヒロインと悪役令嬢に格差をつけるため、ヒロインが貧しい下級貴族か平民、悪役令嬢が裕福な大貴族の令嬢に設定されていることが多い。

 原作のクロフォード 伯爵家は、金持ちではなかったが貧乏でもなかった。

 経済的にも苦しくなっていたのだ。


「ダンヴァーズ 侯爵家の人達も、エルシーを嫌ってはいませんでした。馴染むのに多少時間はかかりましたが、辛く当たると言うことはなかったのです」


 メイドにも仲の良い子がいた。もちろん、彼女は 公爵家にはいなかったので、出会うことも無かった。

 また、庭園で出会ったセアラという 男爵令嬢は、その後親友になっていた。原作では彼女が外国へ行くことも無かった。


「そんなことまで……」


 仲の良い人達と知らないうちに引き離されていたことを知り、エルシーは衝撃を受けた。


「そして、アイリーンとブライアンは、原作では婚約していません」

「え!?」


 彼らが 幼馴染おさななじみなのは同じだった。しかし、原作では子供の時に婚約させるという話は出たものの、両家の間で争いが起こり破談。二人は疎遠になっていた。アイリーンは密かにブライアンが気になっていたが、彼の前では冷たく 振舞ふるまって本心を隠していた。

 ブライアンは最初エルシーに関心を持つが、アイリーンの想いに気付いたエルシーは、アイリーンとブライアンを和解させる。

 その後、家同士の争いを乗り越えて、二人は婚約する。


「ブライアンも、原作ではあんなに馬鹿じゃなかったんですが。むしろアイリーンよりも賢かったくらいですよ」

「酷い事を……」


 ブライアンが周囲の人々から馬鹿にされ、エルシーも彼の扱いに苦労したことを思い出して怒りがこみ上げる。


「『異世界荒らし』の決めた『悪役令嬢』と婚約した男が馬鹿になる事例が多発していますからね」


 ルビィは 溜息ためいきを吐いた。


「なぜそんなことをするのかしら」


 ブライアンが賢いままなら、アイリーンとも似合いの夫婦になれるだろう。

 エルシーは「異世界荒らし」のやり方に疑問を持った。

 ルビィは辛辣しんらつな口調で言った。


「貴女の相手よりも身分が低いのが気に入らなかったのでしょう。シミオンという電波な人ですが」


 彼を思い出してエルシーは顔をしかめた。


「彼が原作での貴女の恋人です」

「……え?」


 はっきりと嫌悪感を現すエルシー。


「もちろん、原作ではまともな人ですよ。明らかに洗脳されていたじゃないですか」

「怖いくらいにね」

「後、他にも貴女に気のある人がいましたが……」


 ルビィがあげた男達は、全員アイリーンの取り巻きになっていた。


「皆洗脳されてますね」

「……確かにお姉様を神聖視しすぎて怖かったけど……」


 原作とのあまりの違いにエルシーはふつふつと怒りが いてきた。


「何故、こんなに変わってるの」

「設定書き換えは奴の得意技ですから」


 原作のアイリーンは、最初のうちは冷淡でとっつきにくい印象を与えたが、はっきりと敵対するような関係にはなっていない。周囲の人々が対立を あおったりはしていないのだ。

 悪役令嬢物テンプレで周囲がアイリーンを溺愛し、ヒロインであるエルシーを嫌って孤立するように仕向けた。それが、原作とは大違いの物語世界である。


「仲のいい相手を奪って敵を孤立させるのはざまぁ系作品ではお約束です。逆ハー 詐欺さぎの原因もきっと『異世界荒らし』ですね」


 この世界の神ではない「異世界荒らし」には、人の感情まで書き換えることはできない。そのため、エルシーへの好意が高くならないように抑えつけていたのだろう。

 エルシーが追放されたので抑えるのを止め、その力を他へ向けることにした。


 抑圧されていた反動で、エルシーが「乙女ゲーム」のヒロインとなった時に、異常に攻略対象の好感度が上がりやすくなったのに違いない。

 そして、ゲーム終了後エルシーから主役の座を奪い、好感度を初期化する。

 ……あるいは、エルシーが前の聖女と別人だということに気付いたのかもしれない。


「迷惑な話だわ」


 世界の法則さえも書き換えるような強大な敵。

 このような 荒業あらわざを使う敵に対し、どう立ち向かうか。


「どうしたら勝てるのかしら」

「では、『異世界荒らしに』勝つ手段を教えましょう!」


 ルビィは胸を張り、エルシーは彼女に注目した。

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