氷の淑女
小鳥が
このような時でなければ、大いに辺りの景色を楽しむところだが、エルシーはアイリーンに対し、どのように切り出したものか悩んでいた。
アイリーンは
身にまとった深い青のドレスは、品良く古風な趣があり、アイリーンに女王のごとき威厳を与えていた。
自分のドレスを見下ろして、エルシーは気遅れを感じた。
仲の良いわけではない義姉。そんな彼女をいつまでも待たせるわけにはいかず、エルシーは慎重に切り出した。
「お姉様は、ブライアン様とのご結婚を望んでおられるのですか?」
「婚約者ですから、その時が来れば結婚しますわ」
アイリーンは素っ気なく答えた。
エルシーが聞きたいのは、そのようなことではなかった。
「お父様が反対なさっているのではないですか?」
「貴女が心配することではありません。第一、貴女にとってはどうでもよいことではなくて?」
「そんなことはありません。お姉様が早くブライアン様とご結婚されればよいと思います」
アイリーンは探るような目でエルシーを見た。
「何故貴女がそんなことを気にしますの?本当は、貴女がブライアンと結婚したいのではないかしら?」
「お姉様!私は一度だって、そんなことを思った事はありません。ブライアン様だって同じですわ。あの方はお姉様と結婚したいと思っていらっしゃいます!」
あまりのことに、エルシーは強く否定した。
「ブライアン様のお気持ちがわからないのですか?ブライアン様はいつも、お姉様のことを大事になさっているではありませんか」
アイリーンは顔を
「それは、わたくしが婚約者だからでしょう。あの方は、義務感で結婚するおつもりなのですわ」
「お姉様は、ブライアン様と結婚できなくなっても良いのですか?」
アイリーンはすっと立ち上がった。
「エルシー。貴族の娘は、自分のために結婚するのではありません。行けと言われたら、どこにでも行かなくてはならないわ」
「お父様が反対するから、
「そのようなことをして何になりますの?もう、この話はお終いです」
アイリーンは堂々とした足取りで小道を去っていった。
エルシーは、ぼんやりと花を眺めながら、アイリーンの真意について考えた。
(私が話しても無駄みたいだわ。やはり、ブライアン様がお姉様とよくお話をするべきではないかしら)
そう思ったが、先程のブライアンとの会話を思い出して絶望する。
(……それが駄目だったから、私が話すと言ったのよね。でも、結局はお姉様とブライアン様の問題なのだし……)
がさがさと茂みが揺れ、エルシーは身構えた。現れたのは、藍色の髪の青年。シミオンだった。
「……そこで、何をしていらっしゃいますの?お姉様が邪魔してはいけないと
エルシーの
「アイリーン様のお怒りは覚悟の上です。あの方の身に何事かが起きては取り返しがつきません」
愛情というよりは、狂信といった方がよい態度にエルシーは寒気を感じた。
「わたくしがお姉様に危害を加えるとでも思ったのですか?」
「今まで何をしてきたと思っている?嫌がらせをしたといつも嘘の証言をしてきたではないですか」
「……
この人は何を言ってるのか?エルシーは恐怖を感じ始めた。早く会話を切り上げたい。
だが、シミオンは道を
「知らないふりをするつもりですか?物を壊されたと言ったり、わざと池に飛び込んで突き落とされたと言い張ったり……」
「いくら今日のドレスが気に入らないからって、そんなことはしません!」
それはともかく、本気で何のことだが全くわからない。
エルシーはますます混乱する。
「王妃の座を狙って、王太子殿下を
「王太子殿下には一度もお会いしたことはございませんけど。それに、殿下に婚約者がおられないのはご存じないのですか?」
王太子アルフレッドは「聖女の盾」候補である。
聖女を守る使命を果たすため、婚約者を持たないでいることは、この国の貴族なら誰でも知っている。
(外国の方だから知らないのかしら?いつの間にかブライアン様が王太子殿下にすり替わってるし……)
「卒業パーティーで、アイリーン様を断罪しようとしても無駄だ!必ず阻止してみせる!断罪されるのは、貴女と王太子だ!」
黒い美しい瞳を狂気に染め、それだけ言い残すとシミオンは歩み去っていった。
「…………」
エルシーは
(卒業パーティー?誰が何を卒業するの?)
(お姉様を断罪?池に落ちたぐらいのことで?相手の方が罰を受けそうだけど。大体誰も池に落ちてないじゃないの)
(私はともかく、何故王太子殿下が?
わからないことだらけだった。
(もうこれ以上、あの人と関りたくないわ)
うんざりした気持ちでエルシーは立ち上がると、
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