求婚悲喜劇

 再び公爵家のお茶会。

 空は澄んでまぶしいほどの日差しが降り注ぐ。


「やぁ、今日も薔薇ばらの花に負けないくらい愛らしく美しいね。着ているものが酷くて残念だけど」


 エルシーは複雑な気持ちで、重苦しい深緑のドレスのすそを持ち上げて淑女しゅくじょの礼をする。


「……ありがとうございます。今日のブライアン様は髪のつやが一段と見事ですわ」

「あぁ、新しい美容法を試してみたんだ。君もやってみるかい?」


 周囲に輝きを振りまくように、栗色の髪をかき上げ、ブライアンは微笑んだ。

 指先まで計算し尽されたかのような、完璧に美しい仕草。

 鏡の前でどの角度が一番見栄えが良いか、研究しているに違いないとエルシーは思った。


 うっとりと彼を見つめる貴婦人や令嬢達がいるが、やはり誰も話しかけて来ない。




 白いベンチに並んで腰かけたところで、エルシーは切り出した。


「お姉様とはいつご結婚なさるおつもりですか?」


 ブライアンは顔を曇らせた。


「それがさ……帰国した時に、ジェイムズ様に式の日を決めようと言ったのに、時期が悪いって言われてね」


 細かい事情は忘れたが、あれこれ理由をつけて式の延期を承諾しょうだくさせられたことを、ブライアンは語った。


「そろそろ結婚してもいい頃だと思うんだけどなぁ」


 ブライアンは残念そうに青い空を見上げた。

 ブライアンは22、アイリーンは18になるのだから、結婚してもおかしくない年であった。


 エルシーは考えた。

 公爵のブライアンへの対応は冷ややかだ。彼が娘の婚約者を嫌っているのは明らかだった。

 二人を結婚させる気があるとは思えなかった。


「ブライアン様は、婚約者なのですから、直接お姉様にご結婚の意思をお伝えすればよいのではないでしょうか」


 公爵はアイリーンには甘い。彼女が強く希望すれば、結婚に同意するのではないか。

 ブライアンは、顔を明るく輝かせた。


「そうだね!僕達二人でお願いすれば、きっと結婚できる!ありがとう、我が妹よ!」


 そう言うと、気の早いブライアンはアイリーンの方へ駆け出して行った。




 少し間を置いて、ブライアンがとぼとぼと戻ってきた。


「駄目だったのですか?」



『アイリーン、結婚しよう!』

『もう婚約してますわよ』


 あきれ顔のアイリーンの一言。



「言われてみればそうだなーって納得してしまったよ。アイリーンは頭いいなぁ」


 感心したように呟くブライアンに、エルシーは溜息ためいきいた。


「そこで納得してどうするのですか。お姉様と結婚したいのでしょう?もっとお気持ちを込めて言ってみてください」

「わかった!」


 ブライアンは再びアイリーンに走り寄った。




 しばらくして、またブライアンが戻ってきた。


「どうでしたか?」

「うん、たっぷり気持ちを込めて言ったんだけど……」




『この心は風にそよぐ花のごとく揺れ、うるわしの君の頬は雪を思わせる……』

『詩としては、あまり出来が良くありませんわね』




添削てんさくしてもらって来たよ」

「……何をお伝えしたいのか、よくわかりませんけど」


 婉曲えんきょくにも程がある表現に、エルシーは眩暈めまいを感じた。


「お姉様とのご結婚のお話でしょう。具体的にお式はいつにするか、ご相談してはどうでしょうか」

「よし!今度こそ……」


 ブライアンが走っていく。




 そして、悄然しょうぜんと戻ってきた。


「父に無断で決めるわけにはいかないって」

「…………」


 振り出しに戻ってしまった。エルシーも、これ以上どうすればいいのかわからなかった。

 ぐったりとベンチにもたれかかるブライアンの横で、エルシーも途方に暮れた。

 ふと、思いついて聞いてみる。


「ブライアン様は、お姉様にご自分のお気持ちをお伝えしていらっしゃるのですか?」

「いつも言ってるよ。嬉しそうな顔は見せてくれないけどね」


 アイリーンは、素直じゃないからなぁ。

 その一言に、優しさと包み込むような思いやりが溢れていて、エルシーは思わず感動を覚えた。


 二人は幼馴染だという。

 長い付き合いだから、相手のことをよく理解していて、その欠点も許容している。


 やはり、アイリーンはブライアンと結婚するのが一番ではないのだろうか。

 しかし、彼女は結婚を望んでいるのか?ブライアンのことをどう思っているのか?

 ブライアンの気持ちはアイリーンには伝わっていないようだ。アイリーンは少々……いや、かなり鈍感な質ではないだろうか。


「私、お姉様とお話ししてみるわ」


 エルシーは決然と言った。


「ですからブライアン様、お話しする機会を……」

「おーい、アイリーン!エルシーが話があるってさ!」


 ブライアンの大声に大勢の人が振り返り、エルシーは恥ずかしさで真っ赤になった。


(あぁ、いきなりそんな大声で言わなくても……)


 アイリーンを大事に思う人々が、ブライアンを遠ざけるのも仕方ない気がした。

 取り巻きの令嬢は、大きく眉をり上げた。


「まぁ、アイリーン様とお話ししたいですって。貴女のためのお時間など、アイリーン様には無くてよ」

「大勢の前で、はしたない振る舞いをなさいますこと。平民上がりの男爵家の方は違いますわね」

「さぁ、アイリーン様。ここは騒々しい。あちらへ行きましょう」


 取り巻きの貴公子が、アイリーンを導こうとする。


「貴方達の意見は聞いていません」


 冬の空気のようなりんとした声が響いた。

 アイリーンは、エルシーの前に進み出て言った。


「あちらでお話ししましょう。どなたもわたくし達の邪魔をするのは許しません」


 さっとドレスのすそひるがえし、さっさと庭園の奥へ通じる小道へ歩き出す。

 取り巻きは驚きの表情で道を開けた。

 エルシーは内心驚きつつもできるだけ優雅に足を速めてアイリーンを追った。

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