奇妙な取り巻きと一日だけの友

「今のはアイリーン嬢の婚約者、ブライアン殿ですね」


 非難するような口調で語り掛けてきたのは、義姉の取り巻き貴公子の一人だった。

 外国の貴族だという、シミオン・ラティマー子爵。くせのない藍色の髪に、黒い瞳の繊細せんさい美貌びぼうの若者だ。


「そうですけど」

「姉の婚約者を独り占めして、何とも思わないのですか?」


 エルシーは真っすぐに子爵の黒い瞳を見上げて言った。

 その瞳は美しいが、奇妙なほど生気が無かった。


「えぇ。何も悪いことはしておりませんもの。貴方方こそ、ブライアン様のお立場を考えて、お姉様のそばから追い払うような真似はお止めくださいませ」


 シミオンの黒い目に軽蔑けいべつするような光がひらめいた。


「あのような愚か者、アイリーン様には相応しくありません」

「貴方なら良いと仰るの?」

「私は、そこまで望んでおりません。あの方のそばにいられるだけで幸福です。アイリーン様には、もっと素晴らしい相手がいるはずです」


 淡々と迷う様子も見せずに言い切るシミオン。

 エルシーは見事な忠誠心だと感心した。


「顔だけが取り柄のつまらぬ男など、アイリーン様のそばにいる資格はありません」

「あの方はお姉様の婚約者ですのよ。それに、顔だけではありません。親切な方です。姉のことも大切に思ってらっしゃいますわ」

「なるほど、顔にだまされる貴女は、彼と同じ種類の人間だというわけですね。それとも、それがいつもの貴女の手口ですか」

「…………どういうわけですの」

「知らない者はいませんよ。いつも貴女がどのようにして、哀れな男達をたぶらかしてきたか」

「……え?」


 予想外の話にエルシーは戸惑った。

 シミオンは冷淡な表情で、言葉を続ける。


「いつも見目好い男達を引き連れて、彼らにちやほやされて良い気になっているではありませんか」

「???」


(私の事を言ってるの?私には誰も親しい殿方はいないのに)


 エルシーはますますわからなくなった。


「そのような邪気の無い顔に、馬鹿な男はだまされるのでしょう。貴女の周りにいる愚か者達のように」

「えっ!?」


 エルシーは思わず周囲を見回した。が、やはり誰もいない。

 シミオンは一体何を言っているのだろう?


「婚約者のいる男ばかりを侍らせて、どれほど人を悲しませるおつもりか。いつも男に囲まれている貴女を見て、心ある方々は眉をひそめておられます」


 エルシーは寒気を感じてきた。

 最初から表情に乏しく、人間らしさを感じさせない人だと思っていたが、何かに取りかれたようにエルシーを糾弾きゅうだんするシミオンには気味の悪さを感じる。


 彼には、自分には見えない謎の集団が見えているのだろうか。

 そういえば、この庭園に幽霊が出るという噂が…………。


 いや、そんな訳はない。第一、今は昼間ではないか。

 きっと彼の目がおかしいに違いない。それとも、異常があるのは精神の方か。

 訳あって祖国を離れたと聞いた。このことが原因だろうか?


 この時、ブライアンが飲み物を持ってやってきた。


「やぁ、エルシーもちゃんと水分を取るといいよ。最近日差しが強くなってきたし、このお茶は美容にもいいからね」

「お気遣いありがとうございます」


 ブライアンからお茶を受け取り、口に含むと、香草の爽やかな香りが、気分をすっきりさせてくれた。


「あれ、シミオン君。アイリーンのことはもういいのかい?それなら僕が彼女の所に行ってもいいよね!じゃ、エルシー、また今度!」

「はい、色々ありがとうございました」


 急ぎ足で立ち去るブライアン。

 シミオンはブライアンを胡散臭うさんくさげに見ていたが、立ち去ろうとしなかった。


「貴方はお姉様の所へ行かなくていいのですか?」


 気まずい沈黙を振り払うようにエルシーは尋ねた。


「あまりまとわりついても迷惑でしょうから。ここで貴女を監視していた方が良さそうです」


 敵意を含んだ視線にエルシーはうんざりした。


(できるだけ関わりたくないのだけれど)


 それでも、会うたびにシミオンは「監視」と称して纏わりつき、エルシーを閉口させた。




 白地にほんのりと薔薇ばら色がにじむ、淡いピンクの薔薇ばらを見つけたエルシーは、もっと近くで見ようと小さな小道に入った。

 昔、家の庭で育てていた薔薇ばらによく似ている気がしたのだ。この庭園の花の方が、ずっと手入れも良く大きく育っているのだが、その色合いが同じだった。


「あっ」

「あら、ごめんあそばせ」


 茂みの影に入った所で、道の向こう側から歩いてきた令嬢と鉢合わせになり、エルシーは謝罪した。


 黒い巻き毛の小柄な少女。年はエルシーと同じくらいか。大きく見開いた瞳は生き生きとした新緑のような鮮やかな緑だった。


「いいえ。ぼんやりしていましたから。素晴らしいお庭ですわね?」


 にっこりと微笑む少女から、純粋な好意が感じられた。エルシーは嬉しくなった。


「えぇ。当家自慢の庭ですわ。今年は特に花の出来が良いのですって」

「まぁ、貴女は公爵家の方ですの?」

「えぇ……。わたくしはただの連れ子ですけど」


 エルシーは不安気に声を落とした。彼女もまた、自分を嫌うだろうか?


「あら、そういうことなら堅苦しくする必要はないわ。私も田舎から出てきた男爵家の娘ですもの」

「そうなの?嬉しいわ、仲良くしてくださるかしら?」


 弾む声で願うエルシーに、少女は残念そうな表情を見せた。


「そうしたいけど……。私、もうすぐ外国へ行くの」

「まぁ……」


 エルシーはがっかりした。ようやく友達になれそうな少女を見つけたというのに。

 だが、庭を案内しているうちに、二人はすっかり親しくなった。


 彼女の名はセアラ。地方の男爵家の令嬢で、先日初めて王都に来たばかりだ。

 都に住む両親の友人や親戚に別れの挨拶をするためである。


 セアラの婚約者が急に外国へ行くことになり、一生帰国できなくなる恐れがあるので、セアラも結婚して一緒に行くことになったのである。


「もし、帰ることができたら、また会ってくれる?」

「もちろんよ!幸せをいのるわ」

「大丈夫よ。彼はとてもいい人なの。貴女を結婚式に呼べないのが残念だわ」


 笑顔を残して、王都での初めての友人は去っていった。

 エルシーは寂しさを感じながら、屋敷へと向かった。

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