第二章 聖女様は逃亡中
森の生活
かつての魔女の家……今は聖女の隠れ家。
ナナミはせっせと
「楽しそうですね~」
ルビィが言う。
ナナミは楽し気な表情で鼻歌を歌いながら、布に針を通す。
「そうよ。これからは、いつでも好きな服を着られるわ」
今持っているのは、白い布に穴を開け、適当に巻きつけた様な長い服。
数枚の着替えもあったが、皆同じようなデザインのシンプルな白い服。
ゲームの中でも、主人公の着る服は、最後までずっとこれだけであった。
「せっかく好きな服を着られるようになったんだもの、精一杯楽しむわ」
慣れた手つきで布を扱うナナミをルビィは感心したように眺めている。
「上手いですね」
「そう?なぜかできる気がして、やってみたら簡単だったわ。どこかで
ナナミは自分でも不思議に思うほど、巧みに服を仕上げていった。
お針子でもしていたのだろうかとナナミは疑問に思った。生まれてから聖女になるまでの記憶は完全に消えている。
不安に思うこともあるが、今は「聖女ナナミ」として生きていくしかない。
「私の服も作ってくださいよ~」
「えぇ、こんなのを作ってみたんだけど」
木でできた小さな杖。その先端には、星の飾りがついていた。
杖を振ると、シャラシャラ音を立てて光る星が流れ出す。
「面白~い!」
ルビィは杖を振って遊んでいる。
「家の中にあったものを使ってみたの。見た目だけで特に効果はないけど」
しばらく後。
ナナミは
遊び疲れたルビィは、テーブルの上に座り込んでクッキーを
ナナミが席に着くと、ルビィがお菓子のかけらを飲み込んで、口を開いた。
「落ち着いたところで、『逆ハー詐欺』について考えてみましょう」
「私には、どうしてそんなことが起きたのかわからないけど……。何か心当たりはあるの?」
ルビィは人形用の小さなカップから一口紅茶を飲むと、真剣な顔で語り始めた。
「彼らの好感度ですが」
ルビィには、攻略対象の好感度を感知する能力がある。その力で、ゲーム攻略を支援してきた。
「ゲームを始めた途端、短期間で全員好感度最高になったんですよ。びっくりですね!」
「皆が好意的だったのは、そのせい?」
「でしょうね。何が原因でそんなに爆上げされたのやら」
(ナナミの過去に原因があるかもしれませんが)
密かにルビィは考えた。
聖女の力と引き換えに、ナナミの記憶は失われている。
できるなら、このまま思い出さない方がいいのだが……。
ルビィはショートケーキの山と格闘している。ナナミは小さく切り分けてやった。
「別に逆ハー状態でも、ゲームクリアには支障が無いので放っておきましたけどね。ラノベにありがちな、超イージーモード・最初から逆ハーってやつでしょうか」
「お誘いを断るのが大変だったわ」
ナナミはあの忙しい日々を思い出して溜息を吐いた。
逆ハー状態であっても、相手は王太子一人と決めていたので、苦労の元にしかならなかったような気がする。
ルビィは頷いて、話を続けた。
「でも、今は全員の好感度が、ナナミがゲームを始める前に戻っています」
「……全員?」
「はい。個人イベントについては、王太子以外発生していません」
「それは……」
「前の聖女が消えた時の状態ですね」
「ということは……」
「戻ってきたのかもしれませんね。前の聖女が」
ナナミは思い出した。自分の前に聖女になった少女がいたが、彼女が姿を消したので、自分が新しい聖女として、彼女の仕事を引き継ぐことになったということを。
「だとすれば、好感度がリセットされたのも納得できます」
「恋だと勘違いしていた、というわけではないの?」
「確かに好感度は最高値になっていました。いきなり恋愛感情が消えたら、本人も戸惑います」
原因がわからないままでは、落ち着かない。
それで、「納得できる理由」を探したのではないか。
「感情の変化が先で、理由は後付け。よくあることです」
「……だとしても」
ナナミは
淡い光が浮かび上がって辺りを照らす。
「聖女の力は消えてないわね」
「ナナミは聖女のままです。でも、この世界の『主人公』は既に別人に変わっているのではないでしょうか」
「……!」
乙女ゲームが舞台でも、主人公がヒロインではない世界。
「『悪役令嬢物』はそういう世界ですね」
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