第58話未来は
その週末朝からひとりで、温室の世話をしていると10時ごろ俊介がやってきた。
「なんか匂うな」
「今、竹の花が咲いているんだよ」
俊介は、温室に入ってくるなり鼻をひくひくさせている。私が竹の花を指さすと、俊介は花をまじまじと見た。
「竹の花って確か珍しかったんだよな。へえ~、こんな花だったのか」
竹の花はまだ咲いている。咲き初めのころに比べると、ずいぶん薄くなったように感じるのだが、初めて嗅ぐとやはり匂うのかもしれない。
「おばあちゃんが死んでから急に咲いたんだよ。このお花」
「へえ~。きっと竹もおばあちゃんを惜しんでるんだな」
「そうだね~」
俊介はそういうと、私の横で雑草を抜く作業を手伝ってくれた。ふたりなので、お昼前には終わってしまった。
「ありがとう。冷たい飲み物持ってくる」
「悪いな。汗かいてるぞ。着替えて来いよ」
「俊介ってお父さんみたいなこと言うね」
「悪かったな。でも風邪ひいたらまずいだろ」
私が俊介の言葉に笑いながら言うと、俊介は眉を少し上げていってきた。私は笑いながら、家に飲み物を取りに行った。
ちょうど母は、キッチンにいた。お昼の支度をしたようだ。
「お母さん、俊介が温室の手伝いをしてくれた。冷たい飲み物、なんかある?」
「ちょっと待ってて。今用意するわ。ちょうどよかった。今おそうめん用意したの。俊介君の分も持って行って」
「わかった。汗かいたから先に着替えてくる」
私はそういうと、洗面所で顔や手を洗ってから、急いで着替えに部屋にいった。着替えてキッチンに行くと、おそうめんと冷たい麦茶が用意されていた。
「お母さん、ありがとう」
「俊介君にありがとうって言っておいてね」
「はあい」
私はお盆を持って温室に戻った。俊介も温室の手洗い場で顔や手を洗ったらしくさっぱりしていた。
「これ、よかったら食べてって」
「うわぁ~おいしそうだな」
私たちは温室のテーブルでさっそくいただくことにした。ひと汗かいた後のおそうめんはおいしかった。
食べ終わり、麦茶を飲んで一息ついているときだった。
「もう大丈夫か」
「うん。だいぶ落ち着いた」
俊介は、やはり心配してくれていたらしい。
「おじいちゃんのお別れ会は、会社主催でやるんだって」
「そうか」
お葬式は身内だけでやったので、納骨し終わったら、お別れ会をやるのだそうだ。父が言っていた。その時には私も少し顔を出すことになっている。
「じゃあ俺、一段落したらお墓参りに行かせてもらおうかな」
「うん。おじいちゃんもおばあちゃんも喜ぶよ」
「なあこと?」
「うん?」
私が俊介の顔を見ると、俊介の顔が真顔だった。
「あのな...」
私が俊介の次の言葉を待っていると、俊介は不意に視線をそらせた。
「何?」
「いや。やっぱり何でもない」
「何よ? なんか話あるんじゃなかったの?」
「忘れた」
「忘れた?」
「忘れた」
私が聞いても俊介は忘れたといってそれ以上何も言わなかった。それから今度ある定期テストの話になり私もすっかり忘れてしまった。
それから瞬く間に日は過ぎていった。おじいちゃんの納骨も終わり、会社主催でのお別れ会も終わった。
気が付けば梅雨が明け、夏になろうとしていた。
やっと夏休みに入った。今私は、俊介とふたりおじいちゃんとおばあちゃんが眠るお墓にきている。お墓は、うちの屋敷の裏の裏山へと続くところに立っている。先祖代々のお墓だ。
私も用意してきたが、俊介もきれいなお花を用意してきてくれた。
私が、お墓の花入れをきれいにしている間に、俊介は持ってきた雑巾でお墓を丁寧に拭いてくれていた。それからふたりでお墓の周りを少し掃除した。
掃除が終わると、私は自分が持ってきた温室で育てている竹と俊介が持ってきてくれたお花を花入れにお供えした。
「なんで竹なんだ?」
「竹はねおばあちゃん用。おじいちゃんもおばあちゃんが好きなものなら喜びそうだから。まあほんとはね、私が丹精込めて育てている竹を見てもらいたかったから」
俊介は、私がお供えした竹を不思議そうに見た。私が言ったことを聞いてなるほどと納得していた。俊介は、お墓に来る途中も私が持っている竹をみていた気がする。それからふたりでお参りした。
私がお参りが終わって俊介を見ると、俊介はすでに終わっているかと思いきやまだお参りしていた。私は俊介が終わるのを待っていたが、終わるとすぐ俊介を冷やかした。
「俊介、前にかぐや神社に初詣に行ったとき私に言わなかった? お祈りながすぎって」
「そうだったか? 今日は、ことのご先祖様に報告することがあったんだ。いやお願いかな」
「お願い?」
「ああ」
俊介は私をじっと見た。私は俊介のまなざしに透視感を覚えた。確かおなじ顔を温室でもしていた気がする。そうだ、あのとき何か言おうとしていたんだ。
私が何?と聞こうとした時だった。俊介が、私の顔を見ながら言った。
「こと、将来なんか考えてる?」
「将来? ああ、ちょっとだけね」
私が言葉を濁した。俊介はそれでも空気を読んでくれず繰り返し聞いてきた。
「何考えてんの?」
私は、夏休み前に返された答案用紙を思い出していた。あの答案用紙を思い出す限り、今俊介に将来の事を言うのは少し恥ずかしい。なぜならあまりに悪かったからだ。いやみんなが出来すぎるのだ。答案用紙が返されて、母に見せるときにも同じ言葉を言った。みんなが出来すぎるんだよ。母は呆れていたが。
「俊介は何?」
私は、自分は答えず俊介に反対に聞いてみることにした。
「俺? 俺はさ、こととずっといたい」
「イタイ? いたい?」
意味がわからず俊介の言葉を繰り返すと、俊介は真っ赤になった。
「俺は! ことと将来もずっと一緒にいたい。こと好きだ!」
「えっ? えっ___!?」
私は、はじめ俊介の行ったことがわからなかった。ただ意味がわかったとたんびっくりして、心臓がひっくり返りそうになった。
(俊介が、私を好き? 好き? でもあれ?)
私は、考えたことが言葉になって出てていた。
「俊介、前に好きな人がいるって言ってなかった?」
そうなのだ。前に私が変身しているとき、確か俊介はそのようなことを言っていたはずだ。
「それは、ことお前の事だよ!」
俊介は半ば叫ぶように言った。顔がこれ以上ないほど顔が真赤になっている。
「えっ? そうだったの?」
俊介の言葉を聞いて私も顔が火照ってきた。もう俊介の顔を見ていられなくて下を向いた。
「なあ、ことはどうなんだ?」
私が柄にもなくもじもじしていると、俊介は私の様子を笑うこともなくじっと私を見ている。
「私も好きかも...」
私もつい言ってしまった。私も俊介の事が好きなことを今はっきりと自覚した。
「やったぁ!」
俊介は飛び跳ねるように喜んでいる。私は単純に喜んでいる俊介を見て、嬉しくなった。今なら俊介に将来の夢を言える気がした。
「ねえ俊介、さっき私に聞いたでしょ? 将来の事。私ね、自分がこの世界に持ってきた葉っぱの事を研究したい。今はまだ夢のまた夢だけど」
「そうか、応援するよ。一緒に頑張ろうぜ」
「うん」
俊介は手を出してきた。私も素直に手を差し出す。俊介の大きな手が力強く私の手を握ってきた。
私たちはふたり手をつなぎながら、家に戻ることにした。
もしかしたら明日にはまた明日の夢が出来るかもしれないけれど、私は俊介と夢に向かって歩んでいけたらいいなと思った。
「俊介、これからもよろしくね!」
「おお!」
おわり
明日は明日の夢がある にいるず @niruzu
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