第57話竹の花
それからいつも通りの日常が始まった。私にとってとても大切なおじいちゃん、おばあちゃんが亡くなったというのに、太陽は普通に東から昇って西へ沈んでいく。世界もまるで今までと全く変わりなく過ぎている。それが当たり前だというのに、私はそんなことにさえ悲しくなってしまう自分がいた。
金曜日いつものように部活を終えて、みんなが待っている図書室に言った。部活でも私が祖父母を亡くしたことは伝わっており、みんながお悔やみの言葉を言ってくれた。
私の分までみんなが頑張っておいしいクッキーを作ってくれて、きれいに包装して持たせてくれた。
図書室で皆に配ってから、帰った。いつものように俊介と岡本君は、クッキーをつまんでいる。まるで今までと全く変わらない。
「いつもと一緒だね」
私がぽつりと言った。その言葉を拾った美香ちゃんが言った。
「そうだよ。ことちゃんが悲しんでたら、きっとおばあちゃんも悲しむよ」
「そうだぞ」
「そうだね」
俊介と岡本君も言ってきた。
「私ね、高校合格した後ことちゃんのおばあちゃんに偶然会ったんだよ」
私が美香ちゃんを見ると、美香ちゃんは顔が少しゆがんでいた。
「私にね高校合格おめでとうって言ってくれて、これからもことちゃんの事よろしくねって何回も言われたの。それにね、ことちゃんの合格の事すごく喜んでいた」
美香ちゃんの目には涙がうっすらと滲んでいた。私もきっと泣いているのだろう。美香ちゃんの顔がやけに滲んで見えずらい。
「そうか、ありがとう」
私はそれだけ美香ちゃんに言った。
それから家の前で俊介と別れた。そういえば今まではおばあちゃんよく庭に立っていたことを思い出した。
私はおばあちゃんが立っていたと思われる場所に立った。目の前には、あじさいがいつの間にか小さな花をつけていた。
あじさいの花を見て思い出したことがあった。昔私が変身して幼稚園を休んでいた時だ。
祖母が確かこの庭に私の手を引いて連れてきてくれた。
「ことちゃん、このお花見て。綺麗でしょ。ねえこのお花同じお花なのに、こっちのお花とこっちのお花色が違うでしょ?」
「ほんとだ」
二つ並んだあじさいは、一つはピンク色、もう一つは紫がかった青色だった。
「同じお花でも色がこんなに違うのよ。ことちゃんの変身も、みんなと違うけど中身まで違うわけじゃないのよ」
「ふうん」
私は、わかったようなよくわからないような気持ちで聞いていた気がする。ただその時あじさいの花に気持ちが救われた気がした。
おばあちゃんこのお花見ていたのかなあ。そのあじさいはよく手入れされていた。たぶん私がいないときおばあちゃんがいつも手入れしていてくれたのだろう。庭を見れば、いつも季節ごとにいろんなお花が咲いている。
私が幼稚園を休まなくてはいけなかった時には、よくおばあちゃんはここに私を連れてきて、その時々に咲いているお花を見せてくれたっけ。どうして忘れていたんだろう。いつの間にか忘れてしまっていた。
私はひとしきり庭を見て回った後、温室に入っていった。そしてびっくりした。竹という竹に小さな白い花が付いている。そしてとても淡いいい香りを放っているのだ。
私は、急いで家に入った。
「お帰り~」
「お母さん、ちょっと来て」
「何?」
私は、母を急いで連れて温室に向かった。
「まあ~」
母も竹の花と淡いいい香りに驚いている。
「そういえば、この香り昔嗅いだことがあったわ」
母は、その香りをかぎながら、昔を思い出すかのように遠い目をした。
「嗅いだことあるの?」
「そう、思い出したわ。そう、あれは私のおばあちゃんが亡くなった時だったのね」
母は、懐かしそうなそれでいて切なそうな顔をしていた。
「竹も悲しんでいるのかなあ」
「そうかもしれないわね」
私は竹の花の一つをつまんだ。それは小さな小さな白い花で、顔を近づけるとその小ささに似合わずとても香りが強い。
「ねえことちゃん、お母さん思うのよ」
「何を?」
「おばあちゃんの後すぐにおじいちゃん亡くなったでしょ。娘から見てもあの二人本当に仲が良かったの。きっとおばあちゃんが死んでしまったら、おじいちゃん悲しくてたまらなかったと思うわ。そんなおじいちゃんのことを考えたら、おばあちゃんきっと死んでも死にきれないと思うのよ。だからきっとよかったのね」
「そうかもね。お母さんもそう?」
「きっとそう思うかもね」
「ふうん」
「きっとことちゃんもこの先そう思える人がきっとできるわ。そうしたらお母さんやおばあちゃんの気持ちがわかるかもね」
それから母は、おばあちゃんの話をしてくれた。おばあちゃんは幼い時から体が弱くて、結婚した時には子供には恵まれないかもといわれたこと。そしてお母さんができた時には、周囲の反対を押しのけてまでお母さんを生んだこと。しばらく起き上がれないほどだったのにかかわらず、お母さんの世話をしたくて頑張って元気になったこと。お母さんが私を生んだ時、とても元気に生まれた私を見て本当に喜んだこと。
「ことちゃんは、生まれた時から元気に泣く子だったのよ。おばあちゃんその泣き声にまで喜んでいたわ」
母は、そう話して泣き笑いをしながら竹の花をいつまでも見ていた。私も。
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