第56話父の言葉の意味
それから一気にあわただしくなった。おじいちゃんは普通の葬儀で行われた。といっても家族だけの密葬だったが。
火葬場では、白木の棺に入れられたおじいちゃんと並んで、同じ白木の空の棺が置かれ焼かれた。
おじいちゃんが焼かれるのを待つ間、私たち家族は、火葬場の隣にある式場の控室で昼食をとっていた。
「お母さん、二つのうちの一つはおばあちゃんのだよね」
「そうよ」
空の棺には前もっておばあちゃんが好きだったお洋服をいくつか入れてあげた。後一冊の本も。昔おじいちゃんが研究者だったころに出した本だ。
さすがに誰が聞いてるかわからないこの場では、あまり話せなかった。食べ終わったころ、焼きあがったと報告があり、私たちは骨を拾いに向かった。お母さんは、骨をお父さんとつまみながらまた涙を流していて、あまりに手が震えて骨が拾えなくなってしまった。途中から私とお父さんですべての骨を拾い上げた。
おばあちゃんの骨はないので、不審に思うはずが火葬場の人も誰もそのことには触れなかった。その日は朝から空一面真っ青で太陽がさんさんと輝いていたが、骨壺を持って家に帰るときには、もう日が西に傾き始めていた。
あらかじめ祭壇がしつらえられていて、そこにおじいちゃんの遺影とおばあちゃんの遺影が飾られていた。
その下に骨壺が一つだけぽつんと置かれた。
「ねえ、お母さん。どうしておじいちゃんこんなに早く死んじゃったの?」
私は隣でぼーと二人の遺影を眺めている母に聞いた。
「昔からかぐや姫が死ぬと、その伴侶の魂も持っていくといわれているのよ。だからかぐや姫が死ぬと、そのあとを追ってすぐ伴侶も亡くなっていたらしいわ」
「そうなんだ」
私はあの裏山での金色の人型を思い出した。もしかしたらあの時にもう半分おじいちゃんの魂は、一緒に月に昇って行ってしまっていたのかもしれない。
「お父さん、もうお母さんが亡くなるのがわかっていたのね。部屋もすべてきれいにしてあったわ。必要なものもきちんと私たちにわかるように、メモまで残していて」
母は、そういうとまた目頭を押さえた。私も部屋を見渡すと確かに整然としている。ついこの間まで生活感が漂っていたのに、今では殺風景な感じがする。
「お父さんは?」
「ちょっと会社にいったわ」
「そうだよね。おじいちゃん会長さんだったもんね」
「そうね」
「私、前にお父さんが言ったこと、今日はじめてわかった」
「何が?」
「前に私が言ったこと覚えている?お嬢様なのにお嬢様らしくないって。うちは普通の家だって。そしたらお父さん言ったよね。ことちゃんたちが、ごく普通に暮らしていけるようにお金を使ってるんだって」
「ああ、確かに言ったわね」
「今日実感した」
「そう~」
「うん、だってからの棺を焼いたから骨が出ないのに、火葬場の人誰も何も言わなかった。それにおばあちゃんやおじいちゃん死んだのに、どこからか死亡診断書出てるでしょ?お医者さんに診てもらっていないのに。おばあちゃんなんか遺体も亡くなっちゃったもんね。きっと多くの人がかかわっているんだろうね」
「そんな事、よくことちゃん知ってるわね」
母は、感心して私を見た。なぜ私がそんなことに詳しいのか。それは漫画のおかげだ。私の好きな社会派漫画にそういう描写がいろいろあった。今日ほど漫画を読んでいてよかったと思ったことはない。おかげで、いろいろ知れたのだから。
「ことちゃん、どう?」
「うん。今はまだ実感がない」
「そうよね。実はお母さんもないわ。あまりにばたばたしすぎて」
「私ね、金曜日の夕方庭の隅で泣いているおじいちゃんを見たの。こらえていても声が聞こえてきた」
「そうなの。おじいちゃんおばあちゃんには笑顔しか見せていなかったものね」
「おばあちゃんが変身したままになった時、どんなにつらかっただろうね。ひどい孫だね私。おばあちゃんにあんなひどい態度とってたし」
「そんなことないわよ。おばあちゃんが、ことちゃんに黙っていてくれって言ったんだから」
私は急に涙が出てきた。どんどん涙があふれてきて止まらない。母は、また私の肩を抱きしめてくれた。ただお母さんも震えていたので、きっと泣いているのだろう。その日私たちは、泣いて泣いて泣きまくった。
昨日一日学校を休んで、今日は学校へ行くことにした。母はもう一日休めばといってくれたのだが、おばあちゃんも喜んでいてくれた高校だ。一日も休みたくなかった。
「おはよう」
玄関を出ると、俊介が待っていてくれた。今日は朝部活を休んだらしい。
「おはよう」
私が言うと、俊介はじっと私を見た。
「おじいちゃんまで。大変だったな」
「うん、ありがとう」
密葬とはいえお通夜のように夜、俊介たち家族や会社の方々、美香ちゃんや岡本君が弔問に来てくれた。美香ちゃんたちには俊介が言ってくれたのだろう。
あの時には、しっかりとお礼が言えなかったので、今言うことにした。
「俊介、本当にありがとう。あの裏山でのことも」
「いや」
さすがの俊介も言葉が出ないようだった。まだ私たちは、若い分人の死というものに慣れていない。私も俊介も戸惑うのは当たり前だ。
学校へ行くと美香ちゃんもすぐにやってきた。
「ことちゃん大変だったね」
「うん、お通夜に来てくれてありがとう」
美香ちゃんは私の手を握ってきた。何も言わなかったけれど、その手の温かさが伝わってきたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます