第55話おじいちゃんとの別れ

 私と俊介は、先ほどまでの幻想的な様子に言葉も出ずにただ立ちすくしていた。


 「ことちゃん、俊介君」

 

 私たちを呼ぶ声がした。私たちが二人同時に声のする方を見ると、おじいちゃんが少し離れた先からこちらを見ていた。


 「おじいちゃん!」


 私はおじいちゃんのほうに駆け寄っていった。おじいちゃんの顔は月明かりに照らされていて、目が赤くなっているのが月明かりの元でもかろうじて見えた。


 「ことちゃん、来たんだね」


 「うん、ごめんね」


 「いいや、謝ることなんてないんだよ」


 「だってお母さんたちには、行っちゃあいけないって言われていたの。だけどどうしてもお別れを言いたくて」 

 「そうか。きっとふみさんも喜んでくれているよ。ありがとうって」


 「私、最後におばあちゃんの声聞こえた気がする」


 「そうか、よかったね。おじいちゃんはもうちょっとここにいるから、ことちゃんたちはおかえり。気を付けて」


 おじいちゃんは、私と俊介を見てそう言った。


 「すみませんでした。じゃあこと帰るぞ」


 「あ、うん。おじいちゃんも気を付けて」


 「俊介君、ことちゃんを連れてきてくれてありがとう。これからもことちゃんを頼むね」


 おじいちゃんは、俊介にそういって笑顔で手を振ってくれた。

 俊介はもう一度おじいちゃんにお辞儀をして、私たちは山を下りていった。途中私が振り向くと、おじいちゃんはまだ手を振ってくれていて私も大きく振り返した。


 柵の扉まで来た時に、俊介が鍵をかけながら聞いてきた。


 「こと、大丈夫か?」


 「うん、へいき。あんまり不思議な光景見たからか、悲しいなんて気持ちどこかにいっちゃった。でも全部なくなっちゃうんだね。おばあちゃんが入っていた箱ごと消えちゃった。おばあちゃん骨まで残らなかったよ」


 俊介は、うなずきながらしばらく考えていた。


 「でもさ、すべて消えてしまった方がいいのかも知れないぜ」


 「えっ、なんでよ」


 私の不満そうな声を聞いて、俊介は諭すように言った。


 「今の科学じゃあ、細胞ひとつでいろんなことがわかるし出来るんだぜ。ことたちの事を考えたらそんなもの残らないほうがいい。だって生きている人ならまだ人権とか言って認められるけど、死んだ人ならって考えるやからも出てくるだろう?」


 「そうだね。確かにそうだ」


 私はおばあちゃんの亡骸が、切り刻まれていろいろな研究所に送られるのは見たくない。そう考えると、やはりすべて消えてしまった方がいいのかもしれない。


 「もしかしたら、あの現象を見た人がかぐや姫伝説を作ったのかもな」


 「まるで月に昇っていくようだったもんね」

 

 私たちは、あの幻想的な光景をふたりで語りながら家に帰っていった。


 「じゃあな、こと」


 「俊介ありがとう」


 私と俊介は、家の前で別れた。私は玄関にそおっと入ったつもりだった。


 「おかえり、ことちゃん!」


 玄関の明かりが急について、父と母が仁王立ちで立っていた。私はその母の低い声に、一瞬おもわず踵を返して逃げ出したくなったが我慢した。


 「ただいま」


 「早く上がってきなさい」


 母の少しとがった声に肩をすくめながら、部屋に入った。


 「どうだった?」


 父が優しい声で聞いてきた。先ほどの母の恐ろしい声を聞いた後だったので、すごくほっとしたのだが、父の顔を見るとやはり怖い顔をしていた。


 「うん、幻想的だった」


 私が正直に思ったことを話すと、父と母は顔を見合わせた。


 「おじいちゃんは?」


 母が聞いてきた。


 「おじいちゃんはまだあそこにいるっていうから、私たちだけ降りてきた」


 「俊介君が一緒にいってくれたのね。おじいちゃんの様子どうだった?」


 「悲しそうだけど、優しい顔をしていたよ」


 そうなのだ。おじいちゃんは悲しそうな顔をしながらも、穏やかな顔をしていた。あんな不思議な光景を見たせいだろうか。それともおばあちゃんがおじいちゃんを癒してくれたんだろうか。

 ふと、あの金色の人型のようなものを思い出した。あと母は、わかっていたようだった。俊介といったことを。


 「そう、よかったわ」


 母は、私の感想を聞いて安心したようだった。


 「じゃあ、もう寝なさい。体冷えたでしょ。シャワー浴びて来たら。体が温まるわよ」


 私はもう怒っていない父と母にほっとしながら、急いでシャワーを浴びて寝たのだった。


 昨日遅くまで起きていたので、翌日は昼近くなって起きた。キッチンにいくと、朝食がテーブルに用意されていたが、母の姿は見えなかった。

 私がのんびりと朝食を食べていると、母が慌ててやってきた。


 「おじいちゃんが亡くなったわ」


 「えっ、昨日は元気だったよ」


 「後でね」


 そういって母は、離れにまた飛んで行ってしまった。私は、途端に食欲がなくなってしまった。私も急いで離れに向かった。


 離れの座敷におじいちゃんが寝ていた。おばあちゃんの時と同様に少し微笑んでいて、まるで眠っているかのようだった。


 「おじいちゃん!」


 私がそばにいっておじいちゃんの顔に触れると、冷たい感触が手に伝わった。


 「わあぁぁぁ___」


 私が泣きだすと、母がそばに来て私の肩を抱き寄せてくれた。


 「お”母”さ”ん”、どうして?昨日は元気だったよ」


 私は泣きながらそう叫ぶと、母の私に回した腕が強くなった。母も泣いているようで、嗚咽が聞こえてきた。


 私は、おばあちゃんとおじいちゃんをいっぺんに失った。



 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る