第51話目撃しました
それからもおばあちゃんの変身はそのまま続いた。いつも夕方になると庭に立っている。私はおばあちゃんが何か言ってくるかと思って待っていたが、おばあちゃんは何も言ってくれなかった。そのことに私は、腹を立てていた。母にいくら聞いても教えてくれない。そのせいで余計私のいらいらはつのっていた。自分から聞けばよかったのにその時の私は、傲慢にもおばあちゃんから話すべきだと勝手に思っていた。
私は、いつの間にかおばあちゃんとは挨拶しかしなくなっていた。しかも私のブスッとした態度に、おばあちゃんは怒るわけでもなくただ黙って微笑んでいた。
学校から帰るときに郵便配達の人に会った。きっとまたおばあちゃんの変身した姿を言われるんだろうなと思った私は拍子抜けした。
「最近、おばあちゃん見ませんけどお元気ですか」
「はい。元気です」
さすがにいつも会ってるあの人がおばあちゃんですとは言えずに、歯切れ悪く言った時だ。
「そうですか、よかった。いつも郵便物を届けると、優しい笑顔でお礼を言ってくれるんです。それがうれしかったんですけど。最近お会いしなかったので」
よかった!と嬉しそうにそういって郵便配達の人はバイクを飛ばしていってしまった。私はおばあちゃんに言ってやりたかった。おばあちゃんの変身した姿じゃない本当の姿を待っている人がいることを。ただおばあちゃんに口をききたくなかった私はこの事を言えなかった。
いつの間にか季節は6月になっていた。まもなく梅雨が始まるのだろう。もうすぐ始まる梅雨に嬉しいのかどこかでかえるの鳴く声がした。
いつものように金曜日部活を終えた私は、美香ちゃんたちと別れ俊介と二人歩いていた。私は、今日も変身したおばあちゃんが庭に立っているのかと思うと憂鬱になった。自然に顔が険しくなっていたのだろう。
「公園に寄っていこうぜ」
俊介がいきなり私を前にも言ったことのある公園へと引っ張っていった。ふたりでブランコに座る。
「おいこと、どうしたんだ?」
横のブランコに乗っている俊介が、私の顔を見て言ってきた。たぶんその時の私は、般若のように恐ろしい顔をしていたのかもしれない。
「別に」
「別にって、そんな怖い顔してどうしたんだよ」
「おばあちゃんが変身してる」
俊介は、ああといって思い出したようだった。
「最近きれいな人が立ってるなと思っていたけど、あの人おばあちゃんだったのか。お母さんかと思ったよ。変身するとすごいんだな。年齢関係なく若返るんだ。それにしてもきれいだよな~」
俊介は、おばあちゃんの変身した姿を思い出したのか、ちょっとだらしない顔になっていた。
「なに?鼻の下だら~と伸ばしちゃって。いくらきれいでももうおばあさんなんだよ。郵便配達の人にも変身した姿見せちゃってさ。この前なんか、郵便配達の人が私に聞いてきたんだよ。あの人きれいな人ですね。親戚ですかって」
「何怒ってるんだよ。俺は客観的に言っただけだぜ」
俊介は、私のいかりを含んだ声にちょっとひるんだようだった。
「でもいつまでも変身したまんまなんだよ。いやになっちゃう」
「いいじゃん、別に。前こと言ってなかった?少しは変身したほうが、体にいいって」
「いったけど。それは若い時だけで、年取るとそれほど、変身しなくても大変じゃあなくなるんだよ」
「そんなもんなのか。じゃあなんで変身してるんだろうな」
俊介がぼそっと言ったので、私はそうだろうと俊介に鼻息も荒く言った。
「そうでしょう?変だよ。なんで変身してるのかお母さんも知ってる風なのに教えてくれないの。もちろんおばあちゃんは何も教えてくれないしさ」
「ふ~ん。じゃあ何か大人の事情があるのかもな」
俊介は、にやりと笑った。
「何よ、大人の事情って」
「お子様のことにはわかんないんじゃないの?」
「自分だってお子様のくせに。何か知ってるの?」
「もしかしたらだぜ。おじいちゃんが浮気したとかさ」
「なんで浮気したら、おばあちゃんが変身するのよ」
「そりゃあ、若い子と浮気したとしたら、自分も負けてられないと思うかもしれないだろう?」
「そうなの?」
私は、俊介の推理にもしかしたらと思った。確かに今更変身するのは変だ。そうなのか、そうだったのか。だから私には言えないのか、なるほどと私はひとり考えて顔がほころんだ。
「何笑ってるんだよ。例えばだぜ。うちも聞いたことあるけど、ことんちのおじいちゃんとおばあちゃん大恋愛だったんだろ?まさかそんなことしないと思うぜ」
自分で言っておきながら、私がにまにましだしたら俊介は慌てて、先ほどの推理を撤回してきた。
「そんなに嬉しがっていいのかよ。おじいちゃんが浮気していても」
「よくないよ。でもおじいちゃん、おばあちゃんにぞっこんだもん。たぶんおばあちゃんの勘違いだよ。だけどおばあちゃんもああ見えておじいちゃんの事、大好きだったんだな~」
私は、謎が解けた気分になって嬉しくなった。
「そういえば、おばあちゃんこの前まで具合よくないって言ってなかったか?」
「そうだ!そうだった!」
確か春先は具合があんまりよくなくてそのせいで、私の卒業式や入学式にも来れなかったんだった。ただ最近のおばあちゃんを見る限りあまり具合が悪いようには見えない。
「おばあちゃんもともと体が弱いから、季節の変わり目は体調を崩しやすいんだよ」
「そうなのか、よかったな」
「うん。理由もわかってよかった」
「おい。そんな理由かわかんないぜ。俺が勝手に思っただけだし」
「きっとそうだよ。しかたないなあ、おばあちゃんにはその変身した姿すごく綺麗って言ってあげよう。自信もつくしね」
「まあ、あの姿はきれいだよな。まさにはかなげ美人て感じでさ」
「俊介は、あういうのが好みだったんだ~」
「ちっ、違うよ!」
俊介はなぜか顔を赤らめて強く否定していた。
私は、そんな俊介を横目で見ながらもう違うことを考えていた。理由がわかったとたん家に帰るのがワクワクしてきた。私の中ではおばあちゃんの変身の原因は、俊介の推理に違いないと思い込んでいたのだから。
先ほどとは違い急に笑顔になった私を見て、俊介はやれやれという顔をしながらブランコから立ち上がった。
「帰ろうぜ」
「うん!」
私も勢いよくブランコから立ち上がった。先ほどまでまだ明るかったのに、いつの間にかあたり一面夕闇が迫っていた。
俊介と門のところで別れて、玄関に入ろうとした時だ。薄暗いなか、庭の隅にうずくまっている人がいた。
私はぎょっとして叫び声をあげそうになった。しかしよくみると、見覚えのある背中が目に入った。
おじいちゃんだ!私がおじいちゃんに声をかけようと近づいた時だった。
少し離れた場所からでもわかるぐらいおじいちゃんは、声を殺して泣いていた。
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