第50話おばあちゃんが変です

 5月も半ばになり、ずいぶん日が伸びた。5時をとっくに過ぎているにもかかわらず、まだあたりは随分と明るい。

 そんな金曜日いつものように部活から帰ると、おばあちゃんが庭にいた。ちょうど郵便配達の人が手紙をおばあちゃんに渡しているところだった

 

 「ありがとうございます」


 「いえ、お願いします」


 郵便配達の人は、ちょうど玄関にやって来た私にも会釈をして去っていった。


 「お帰り、ことちゃん」


 「ただいま」


 おばあちゃんは、おばあちゃんじゃあなかった。そこにはまだ20代に見えるきれいな女性が立っていた。ただ洋服には見覚えがある。おばあちゃんがいつも来ている洋服を着ていた。夕日を浴びたその女性は、まるでそのオレンジ色の夕日に溶けてしまうかのようなすごくはかなげな美人さんだった。

 私は初めておばあちゃんが変身している姿を見た。私のインパクトのある美人とは違い、今にも消えてしまいそうなはかなげな美人さんだ。

 私は黙って玄関に入った。おばあちゃんは、まだ庭を見ているらしい。


 「お帰り~」


 私が帰ってきたのに気が付いた母が、声をかけてきた。


 「ねえお母さん、おばあちゃんが変身している姿初めて見た」


 「そう?そうだった?」


 私が言った言葉に母が、なぜか変な顔をして答えた。ただその時にはそのことに何の疑問も感じなかった。


 ただおばあちゃんは、満月の全後3日間を過ぎても変身したままだった。次第に私はおばあちゃんの変身した姿を見るとイライラしてきた。どうして変身したままなのだろう。


 


 今日も夕方おばあちゃんは、変身した姿のまま庭に立っていた。


 郵便配達の人が郵便をうちに届けた後だろうか。ちょうど学校帰りの私とすれ違った。その時にわざわざバイクを止めて聞かれた。


 「最近見る方ですが、きれいな方ですね。親戚の方ですか?」


 その郵便配達の人は、まだ若かった。まさかいつも会っていたおばあちゃんだとは思ってもいないのだろう。少しはにかんだ様子で私に聞いてきた。


 「はい、親戚のお姉さんです。でもまたすぐに帰ると思いますけど」


 「そうなんですね」


 私の話を聞いた郵便配達の人は、ずいぶん残念そうな様子で去っていった。 


 

 「ことちゃん、お帰り」


 「ただいま」


 庭にたたずんでいたおばあちゃんが私を見て声をかけてきた。

 私は、ぶすっとした顔のままおばあちゃんの方も見ずに家に入っていった。その様子を寂しそうに見送るおばあちゃんがいた。 


 「お帰り~」


 「おばあちゃんいつまで変身したままなの?」


 私が挨拶もしないで母に聞くと、母は困ったような顔をしたが何も言わなかった。


 「変だよ。きっとみんなにおばあちゃんはどうしたの?て聞かれるよ。それに今日だって郵便配達の人に聞かれたんだよ。あの女性は親戚の方ですかって。おばあちゃん、しわのある顔よりやっぱり若い綺麗な顔のほうがいいいのかな。でもさ、歳はとるものなんだしさ、今さら若いほうがいいなんて気持ち悪い!」


 「ことちゃん、それはちょっと言いすぎよ!」


 めずらしく母が私に怒った。

 

 「本当の事じゃん!」


 私は、なんだか怒りがふつふつとわいてきて母に当たり散らして、どすどすと音を立てて自分の部屋に行った。鞄を乱暴に床に放り投げ、ソファにダイビングした。


 「もう!」


 自分でも言い過ぎたことはわかっているが、おばあちゃんがどうして変身したままでいるのか理解できない。私は、変身した姿が大嫌いだ。だからこそおばあちゃんの変身した姿も見たくないのかもしれない。

 ソファで寝たままでどれくらいいただろうか。さっきまで怒りに満ちていたのに、だんだん頭が冷えてきた。

 おじいちゃんはどう思っているのだろうか。確かおじいちゃんもおばあちゃんに変身してほしくないと思っているはずだ。じゃなければあんなに温室にお金をかけるはずがない。現にお父さんもお母さんに変身してほしくなさそうだ。

 今度おじいちゃんに聞いてみようと思い立ち、まず先ほど母に当たり散らしていたのを謝ろうとリビングに向かった。


 「お母さん、さっきは言い過ぎた...」


 母がキッチンで夕飯の準備をしているその後ろ姿に向かっていった。母は、私の声を聞いてこちらを向いた。私は、先ほどの幼稚な発言に少し恥ずかしかったので母の顔を見れなかった。


 「ことちゃん、きっとおばあちゃんにも何か考えがあるのよ。今はそっとしておいてあげましよう」


 母のやさしい声に私はやっと母の方を向くことが出来た。


 「わかった。でも今まで変身したとこなんて見たことなかったのに、なんで今さら変身なんてしたの?」


 たぶん私の心の奥にある、変身への嫌悪を母は感じたのだろう。


 「きっとおばあちゃんからなにか話してくれるかもしれないわ」


 「理由があるの?」


 母の奥歯の挟まったような物言いに私は、母はきっと何かを知っているのだと確信した。


 「ねえ、何?何なの?」


 母は先ほどもしていた困ったような顔をするだけで、何も答えてくれなかった。

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