第40話温室での作業です
俊介にばれたその日は、ずっと母に滾々と説教された。
「温室に行ってくる!」
今日は朝ご飯を食べるとすぐ温室へ逃げた。
「今日は、外出しちゃあだめよ!」
後ろから母の声がした。
今日も太陽がさんさんと輝いているおかげで、温室もぽかぽかしている。さっそく下草を刈った。竹だけのことはあって、ほっておくとどんどん生えてくる。でもそのままにしてしまうと、密集しすぎて煎じる竹の葉がきれいに青くならないとのことで、時々間引きのようにしなくてはいけない。下草を刈ると、この竹独特な匂いがした。普通の竹とはちょっと違う生薬のような匂いがするのだ。煎じた竹の葉茶はちょっと苦いのだが、この竹の葉自身の匂いは結構好きだ。
「いいねえ、この匂い!」
今も刈った竹の葉を集めて、手のひらでモミモミしてくんくん匂いを嗅いでいた時だ。
「おい!何やってんだ!」
温室の入り口から声がした。私がくんくんしたままそちらを見ると、俊介が突っ立っていた。変な顔をしている。私は仕方なく匂いを嗅ぐのをやめた。
「なんか用?」
「今何やってたんだ?」
俊介は、私が手にしてモミモミしてくしゃっとなった竹の葉を凝視している。
「匂いかいでたの。いい匂いだよ」
私が俊介のほうに手を差し出すと、俊介はそばに来て竹の葉の匂いを嗅いだ。
「ねっ!いい匂いでしょ?」
「これっていい匂いか?」
俊介は、顔をちょっとしかめて首を傾げた。
「えっ?」
「これってさ、なんだか薬臭くないか?」
「まあね、薬だもん。でも生薬って感じ!この独特の匂いがいいんだよ」
私が力説してやったにも関わらず、俊介の顔は微妙だった。
「で、何?なんか用なんでしょ」
「ああ、教科書販売いつにする?まだ変身解けてないんだな」
「だってまだ今日満月だもん。明日まで続くんだよ」
「へえ、そんなもんか」
「この前説明したじゃん!」
「まあ聞いてたけど、やっぱ話だけなのとこの目で見るのとじゃあ大違いだな」
「いいよね~。他人事だからね~」
私は、俊介の言葉にカチンときて、思いっきり嫌味を言ってやった。しかし当の俊介は全く気にするそぶりも見せず目の前に生えている竹を珍しそうに眺めている。
「これってさ、普通に生えている竹より葉っぱ少しでかいんだな。それに色も青々してるし色も濃いよな」
そうなのだ。ここに生えている竹は、普通に生えている竹より葉の色がずいぶん青いし葉っぱも大きい。
「大きいほうが、煎じて飲むのが楽だしね」
俊介は私が言った言葉にふっと笑った。
「琴らしいな」
「何よ、琴らしいって。まあどうでもいいけど。ねえ、もしかして手伝ってくれる?もし手伝ってくれるなら、俊介は雑草とってよ。だいぶあったかくなってきたから雑草すごいんだよ」
「わかった!任せろ!」
私は竹の葉の間引きを、俊介は雑草をとることにした。一時間ぐらいやっただろうか、ふたりでやっただけあってほぼ仕事は終わった。
「俊介、ありがとう!やっぱりひとりよりはかどるね~」
「そうだろう?見てくれよ、これだけ草取ったぜ」
俊介はそういって、雑草が山と入った袋を掲げて見せた。
「すごいねえ。ありがとう!」
「おう!」
「今何か飲み物持ってくるよ。待ってて。そこにあるタオル使っていいからね」
私は温室の隅にある手洗い場と椅子を指さした。
「わかった。おい、琴!着替えて来いよ。ずいぶん汗かいてるぞ」
「そう?」
俊介の指摘で確かにずいぶん汗をかいている自分に気が付いた。髪はアップにしてまとめているが、首がずいぶん汗ばんでいる。私がうなじの汗を持っていたハンカチで拭いていると、ふと視線を感じた。見れば、俊介が私をじっーと見ていた。
「うん?」
私が何かと見やれば、俊介は急に顔をそらした。そらすとき俊介の真っ赤になった顔が目に入った。
「もしかして私に見惚れちゃった?」
私が冗談めかしてそういった時だ。
「早く、着替えて来いよ!風邪ひくぞ!」
「わかったよ。俊介はいいの?汗かいてない?」
「ない、ない。それより早く行って来いよ」
俊介は顔を背けたまませかすので、私は着替えと飲み物を取りに家に戻ってくることにした。家に戻って手を洗っていると、母が私が戻っているのに気が付いた。
「さっき俊介君が来たけど、温室にいった?」
「うん、今来てる。雑草抜くの手伝ってくれた。汗かいたからちょっと着替えてくる!ねえお母さん、俊介に飲み物持ってくるって言った」
「そうなの?じゃあ用意しておいてあげるわよ」
「よろしく」
私は飲み物の用意を頼んで、着替えることにした。着ていた洋服を脱ぐと、洋服は汗でずいぶん湿っていた。急いで着替えてキッチンへ行く。母がアイスティーとクッキーを用意してくれていた。私はそれらをのせたお盆を持って再び温室へ急いだ。このクッキーは私のお気に入りだ。
「おまたせ~」
「おおう!」
俊介は着ていた洋服を一枚脱いでいた。薄い長そで一枚になっていた。
「寒くない?」
「ああ。ここあったかいから、もう乾いちゃったしな」
「これ、飲んで。あとクッキーもあるよ」
「ありがとう」
私は、温室に置いてあるテーブルにお盆を置いた。俊介の前にアイスティーを置いてクッキーもすすめた。私は、お目当てのクッキーをひとつとって口に入れた。口の中でバターの香りが広がる。よく味わってから飲み物も飲んだ。
「このクッキーおいしいよ。この前おじいちゃんが買ってきてくれたんだけど、食べ過ぎはだめだって隠されちゃったの。どこに置いてあったんだろう?」
私は、もう一つクッキーを口に運んでその味わいを口の中で満喫した。
「どれ、そんなにおいしいのか?」
俊介は私があまりにおいしそうに食べるのを見て、自分も一つ取って口に入れた。
「どう?おいしいでしょ?」
「まあな」
俊介は私ほどの感動がなかったらしく、私が期待していた返事ではなかった。
「おいしいのに~」
クッキーはお皿にあと3枚残っている。私がクッキーを凝視しているのを見た俊介がいった。
「俺の分食べていいよ。俺もういいから」
「でも~。あと2枚は俊介の分だよ」
「穴が開くほど見てるじゃないか。いいよ。食べろよ」
「そう?」
私は一応遠慮しながらも先に手が出ていた。仕事を頑張った後のクッキーは格別おいしい。俊介は私がクッキーを味わいながら食べている横で、教科書販売の日の事を話し始めた。
「おい、こと聞いてるか!」
私はといえばあまりにおいしいクッキーを食べるのに夢中で、俊介が言ったことを適当に相づちを打っていた。それがばれたらしく俊介が、私をにらんだ。
「聞いてる、聞いてる。教科書販売の事でしょ。何日だっけ?」
「明後日にしようって言ったぞ、俺」
私は俊介の怒りを買ってしまい、クッキーを食べ終わった後、俊介に何度も日にちを復唱させられたのだった。
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