第34話 今日の夕食はお寿司の上で
家に帰り玄関に入るとすぐ、母が飛んできた。私はわざとしかめっ面をした。
「ことちゃん、合格したのね。おめでとう!」
母には速攻でばれてしまった。
「なんでわかったの?」
「だって、顔が緩んでいるわよ」
しかめっ面をしたつもりだったが、やはり顔でばれてしまった。どうやっても今は顔がだらしなく緩んでしまう。
「みんなはどうだったの?」
「みんな受かったよ。美香ちゃんも」
「じゃあ俊介君も受かったのね、よかったわね」
「まあね」
母に聞かれて理由はわからないが、なんとなく恥ずかしくなってそっけなくいった。そんな私を母はにこにことみていたが、みんなに教えてあげなくっちゃあと言って急いでどこかへ行ってしまった。
私はといえばまだお昼にもなっていないが、緊張と安堵でおなかがすいた。手洗いとうがいをしてから、早速何かないかかとキッチンに向かった。いつも戸棚の中にお菓子があるので、早速戸棚の中をのぞいた。すると、どこからかいただいたであろうバームクーヘンがあったので、早速いただくことにした。一切れごとに包装されているので一つ箱から取り出した。ついでにティーパックも取り出す。
自分でカップにティーパックを入れてお湯を注ぐ。紅茶のいい香りがしてきた。バームクーヘンの包装を破くとぷーんと甘い香りがして食欲がわいた。ゆっくり味わって食べる。のんびりと食べていると、さっきまでの緊張がほぐれてくるのが自分でもわかった。そうしてやっと合格したことが改めて実感することができた。
「四月から青竹高校に行くのかぁ」
そう口に出すと、嬉しさがこみあげてきた。ぐふぐふと一人笑っていると、遠くから足音がばたばた聞こえてきた。
「ことちゃん、おめでとう!」
足音の主は、おばあちゃんと母だった。どうやら母がおばあちゃんを呼びに行ったらしい。おばあちゃんが私を見るなり声をかけてきた。
「ありがとう」
「よかったね。ことちゃん頑張っていたものね」
そういったおばあちゃんの目が潤んでいた。それを見た私もなんだか涙が出てきた。
「いやねえ、歳をとったら涙もろくなっちゃって。今日の夕食はお寿司をとりましょうよ」
「いいねえ。今日は特上?」
おばあちゃんの提案に私が母に聞くと、母がそれまで笑っていたが急に真顔になりいった。
「まあ今日は特別だから、上ね」
「やったあ~!」
私もまさか特上を取ってもらえるとは思っていなかったので、上と聞いて嬉しかった。今から夕食がとっても楽しみになったのだった。
「お父さんやおじいちゃんも今日は早く帰ってくるって」
私は、きっと私に甘い父の事だから何でも好きなものを買ってくれると予想して顔がにやけてきた。
「ことちゃん、いくら合格したからって高いものは買えませんからね」
「ちぇっ」
母の一言で、それまで出ていた涙がすっこんでしまった。それを見ておばあちゃんと母が笑っていた。お昼ご飯も近所のパン屋さんに母が買いにいってきたのか、ちょっとリッチなパンを食べることができてホクホクした。
夕食は、母の言うとおり父とおじいちゃんがいつもよりずいぶん早く仕事から帰ってきた。
「ことちゃん、おめでとう!ミラクルだね」
「おめでとう、よかったね!」
おじいちゃんは普通に喜んでくれたが、父は今日学校で聞いたような言葉をまず言ってきた。学校ではさすがに言い返さなかったが、家では違う。
「ミラクルじゃないよ、実力!」
自分でも奇跡だと思っているのだが、受かってしまえばこっちのものだと父に自慢してやった。
「そうだね、ことちゃんにしては頑張ってたよ」
その言葉に私以外のみんなから笑いが漏れた。今日はおばあちゃんの家の方で、みんなで食べることになっている。今目の前には、上のおいしそうなお寿司が並べられている。
「今日はお祝いにケーキも買ってきたよ」
そういって父が差し出したのは、有名なケーキ店のものだった。私が受け取って中を見ると、大きなホールケーキに『合格おめでとう』の文字が書かれていた。
「おいしそう~」
私の顔が緩みに緩んでいるのを見て満足そうな顔をした父が聞いてきた。
「みんな合格したんだって?」
「うん、美香ちゃんも受かったよ。一緒に通える。嬉しいなあ」
「おとなりの俊介君も合格したんだって?」
「うん」
父の問いに急にまた気恥ずかしくなってそっけなく答えた。
「よかったよね。俊介君受験の時も今日の合格発表の時にもうちに寄ってくれたのよ」
母が余分なことを言った。父をちらりと見ると、なんだかにやにやしていた。私はなんだかそれが悔しくて、先に一人お寿司を食べることにした。
「じゃあいただきます!」
父と母が顔を見合わせて笑っていたのは、私は知らなかった。
上のお寿司はおいしかった。ケーキもこれまたおいしかった。ホールなので、今日食べきれず明日もあると思うと、明日が楽しみだった。
ただ翌日の学校は、卒業式の練習だけになってなんだか急に寂しさがこみあげてきたのだった。
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