第26話 塾には知った顔ばかりです

 私は部活を失ってぽっかり空いた穴を、今度は勉強を頑張ることで埋めることにした。

 

 というのは建前で、本当は夏休みが始まってすぐの三者面談で、先生に最終志望校を聞かれて『青竹高校です』と言ったら先生の顔が能面のようになってしまったのだ。先生はすかさず第二希望を聞いてきて、家から二番目に近い高校の名前を言ったらすごくほっとされた。ここならいけると思われたのだろう。それにしても先生にあんな顔をさせてしまう私の成績は?と思ったら、勉強しない訳にはいかない。なぜなら単純な私は、周りにもう吹聴してしまっていたからだ。

 はじめに後輩たちに何気なく聞かれたときに、高校名を言った時の後輩たちのびっくりした顔と尊敬のまなざし。あれを見てしまった後には、もう引き返せなくなってしまった。高校名を言うたびに見せるみんなの顔、あれが忘れられなくなってしまったのだ。今なら思う。なんであんなことをしてしまったんだ!

 今では私の希望高校を知らない人のほうが少ないのかもしれない。穴があったら入りたいとはよく言ったものだ。できることなら春まで、穴の中で冬眠していたい。

 母にも三者面談の帰りに心構えをくどくど言われ、塾の先生からも言われ私は勉強に突き進むしかなくなってしまった。

 

 今日も塾の自習室で勉強をしている。ここは涼しくて、ちょっと油断すると瞼がくっつきそうになるのを踏ん張って頑張っているつもりだ。


 「ことちゃんもう来ていたんだね」


 不意に声をかけられて、知らぬ間にうとうとしていた私はびっくりして跳ね起きた。


 「うん、ここ涼しいしね。でも今寝ちゃってたよ」


 美香ちゃんは、私がはねこんまのように飛び起きたのを実際見ていたので苦笑を浮かべるだけだった。

 実は美香ちゃんも私と同じ高校を希望している。理由はいとこの翔也君も行っている学校だからだそうだ。ただし翔也君が卒業した後美香ちゃんは入学するので、一緒に学ぶことはないのだが、翔也君が使ったかもしれない机やいすに触れられるかもと思うと俄然勉強にやる気が出るらしい。まあ美香ちゃんは頭がいいので、今のままでいくと青竹高校は合格圏内だ。私が青竹高校を希望すると決めた時、一番喜んでくれたのは美香ちゃんだ。


 「ことちゃんと一緒に行けるなんて嬉しい!ことちゃんにも翔也君のたどった軌跡、わかったらまた教えてあげるね」


 美香ちゃんはわけのわからないことを私に言ってくれたが、私もそれを抜きにしても美香ちゃんと一緒の高校に行けるといいなと思っている。

 

 自習室で美香ちゃんが私の隣の机に座った時だ。


 「おはよう。二人とも早いね」


 岡本君も自習室にやってきた。実は岡本君もこの塾に入ったのだ。しかも自習室も私と同じぐらいよく来る。やはり家より勉強できる環境だし何より静かで涼しいからだろう。


 「おはよう~」


 そこへ俊介もやってきた。俊介も私たちがこの自習室に来ていると知ってから同じように毎回来るようになった。知らない間に夏休みは、ほぼ毎日私たちは四人顔を合わせることになっていた。最初こそ気に入らなかったのだが、私を除いた三人は頭が良いので、私はわからないところを聞くことができるというメリットに気が付いた。今では塾で出された問題でわからなかったところがあると、三人いるうちの誰か手の空いた人に聞くようにしている。さすが三人とも青竹高校が合格圏内だけの事はある。

 

 そうしているうちにいつの間にか夏休みが終わっていた。相変わらず勉強漬けの毎日が続いた。


 とうとう12月も終わりの大みそかになった。塾の冬期講習はさすがに元旦はお休みなので明日は久しぶりにゆっくりするかなと考えていると、美香ちゃんが塾の休み時間に聞いてきた。


 「ことちゃん、明日初詣行かない?」


 「初詣?いいね。どこに行く?」


 「風邪がうつらないように、かぐや神社にする?」


 「そうだね。そこが無難だね」


 私の言い方に美香ちゃんはくすりと笑った。やっぱり風邪も気になるし、人気のところはちょっと遠いし人出も多いだろう。正直自分のご先祖様が神様だというのは少し気になるが、自分のご先祖様だからこそ、かわいい子孫の願いを聞き届けてほしい。よし明日はたっぷりと拝んでやるかと心の中で考えていた時だ。


 「いいね、僕も混ぜてよ」


 「俺も」


 私と美香ちゃんが話していたのを聞いていたのか、後ろの席にいた岡本君と俊介も参戦してきた。


 「ただ初詣行くだけだよ」


 私はくるりと後ろを振り向き、いやそうな態度を隠そうともせず二人に言った。だが敵もさるもの、私のいやそうな態度を気にも留めず言ってきた。


 「じゃあさ、時間何時にする?」


 「10時でいいんじゃない?」


 早く起きたくないわたしがつい言ってしまうと、三人がすぐ乗ってきた。


 「そうだね、ちょうどいいね」


 「そうだな」


 「いいね」


 そうして四人で初詣に行くことに決まった。小さい神社なので、近所の人しか来ないのがいい。ただあの神社に正月早々またこの四人で行くのかと思ったら、ちょっとだけ不思議な気がした。あの神社は去年の夏休みに四人で夏祭りにいった神社だ。しかも岡本君に失恋したところなのだ。あのときならこの四人でまた行くなどとても考えられなかっただろう。

 本当に失恋を克服したことを実感した日となった。


 


 

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