5. Dialogue

ㅤ二人を乗せた自家用車が発進すると、たちまち都市は過ぎ去る背景と化した。


「あんな灰色で穢れた街に住んでいたくなかった」


ㅤ両者ともに自分を語ることはなかった。それでも、ユークは話さずにはいられなかった。


「人間と吸血鬼が愛し、子どもを成した村があった。決して誰もそれを疎まず、二種族は協力し共生していたんだ。でもね、現代という光が、優しさのある闇を取り除き、それらを暴いた」


ㅤイレアがどんな表情をして、自分の話を聞いているのかわからない。


「街に逃げた吸血鬼のひとりだった僕は、街に慣れるために感情を、押し殺してきたんだ。どちらも共生できる道があるはずだと、思っていたのに」


ㅤそれを街の空気が否定し、いつしか自分自身までもが否定し始め、そして最後はあたかも初めからなかったかのように振舞った。

ㅤ今から三十年前ぐらいのくだらない話だ、と彼は話を締め括る。

ㅤ何も言わずに耳を傾けていたイレアは、窓からの景色を眺めていた。彼女の要求を聞き届け、ユークは車内の窓を少し開けてやった。

ㅤ街を離れたからか、澄んだ空気が、風が、ほどよく通り抜けていく。


「じゃあ、これは愛の逃避行ってことかしら」


ㅤ彼女なりの気遣いなのか、はたまた暗い話が苦手なのか。おそらく後者なのだろうが。それでもユークは、彼女に直接ではなくとも、感謝の念があった。燻っていた中、こうして街を離れることができたのだから。


「全く……そういうことでいいよ。だけど、これからは放浪することになるだろうね」


「泊まったり、出たりするってこと?」


ㅤそう、と告げると、彼女は困惑の表情をしつつも、それはそれでいっかみたいな顔をした。ユークは匿う身ではあるが、イレアが普段通りになっているのなら、それが好ましく感じた。


「決起会をしよう、決して楽な道のりではないから。ひとまず、海を見に行くんだ」


ㅤそれを聞いたイレアは、窓から入る風から漂う潮の匂いを確かに感じた。

ㅤしかし、その決起会が行われることは叶わなかった。




ㅤ開けた窓からはっきりと見えてきた海辺で、二人は車から降りた。海という季節では決してないものの、どこか爽やかな気分だった。

ㅤしかし、それはほんのつかの間のことだった。


ㅤ異変に気づくも、もう遅かった。

ㅤユークとイレアは、周囲に潜んでいた身軽なハンターたちに包囲されてしまった。

ㅤ一切の逃げ場はない。ここで吸血鬼として挑んだとしても、数の面やイレアがいることからこちら側に勝機もない。

ㅤその長であろう大男が、ハンターたちを制止する。生け捕りにしろという命だ。


ㅤ隙を見て攻撃を加えようにも、もはや何もかもが遅く、呆気なく二人は捕えられた。

ㅤなぜ殺さないと、苦渋を味わないがらも無様に尋ねるしかなかった。


「知らぬのか。人間と吸血鬼の種族闘争が始まったのだ。だから、貴様らは見せしめだ」


ㅤその言葉が最後、二人が白日の下に戻ることはなかった。

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