3. Oracle
ㅤかつてのユークは、人間であった。
ㅤ朝焼けを見るたびに、彼はその時のことを思い出すのだ。
ㅤ寝静まった町にて、一家が吸血鬼に襲われたことが事の始まりだった。
ㅤ食事として自分の家族が選ばれたのか、吸血鬼の狙いなど考えても無駄なのかもしれない。しかし、そのようにとめどなく思考を続けねば、もはや彼は体を動かすことさえできそうになかった。
ㅤまず母が自宅内で襲われ始め、凄惨に血が溢れていった。
ㅤその次に逃げる妹の背中を一突きで串刺しにされ、ユークはだらんと垂れた妹の手足を、ただ見つめていることしかできなかった。
ㅤ目前の吸血鬼はゆっくりとこちらを振り返り、その動きに少し遅れて髪の擦れる音が聞こえる。そうして吸血鬼と目が合った。
ㅤ最後は自分の番だと悟ったユークは、もう抵抗や逃亡も頭になく、ただここで死ぬのだとその場から動けずにいた。
ㅤしかし、彼が目を瞑る寸前、騒ぎを聞きつけたのであろう町の人によって、家宅内に炎がもたらされたのだ。
ㅤかなりの量の炎が投げ込まれたのだろう、それはまだ生きている自分すら炎と煙によって意識が朦朧とさせるものだった。
ㅤ激しさを増した爆炎が自分と吸血鬼へと向かう。
ㅤ自分は死んだのだと思った。
ㅤだが目を開けると、思いもよらないことに、自身と家族を襲った張本人である吸血鬼が中腰で彼の盾となっていたのだった。
ㅤ長い髪から燃え盛る彼女の表情は、苦痛に満ちていた。しかし、どこか安らかな表情に移り変わる。
──どうして
ㅤそう思わずにはいられなかった。
──どうしてお前が、僕を助ける?
ㅤ彼女は何か言葉を発したのかもしれない。けれどもそれは炎の轟音にかき消された。
ㅤ彼女は最後の力を振り絞り、自分の腕を切り裂いた。そうして流れ出した血を、彼に浴びせた。
ㅤ後にそれは、高位な吸血鬼が人間を吸血鬼に変える術であることを彼は知った。
ㅤ行け、と吸血鬼の声を聞いたユークは、朦朧とする意識と激痛が走る体にむち打ち、その場を後にした。
ㅤ橙の光が群青に混ざる朝焼けの空であった。
ㅤ以後、ユークは吸血鬼となり、不死の命を手にした。
ㅤその命を使って、彼自身もまた人を殺めてきた。
ㅤそれでもなお、朝焼けを見ると、納得も咀嚼もできない彼女の行動が思い起こされる。そのたびに、彼はその理由を、聞き逃した言葉を、知りたいと思うのであった。
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