出遅れてもトップになれますか?

陽炎

第1話 目が覚めて

「ジン……、ジン……!」



誰かの叫び声で目が覚めた。


そこには真っ白な空間が広がっていて、両端から男性二人と女性一人が此方を覗き込む様にして見ていた。



「こ…こは、……ど、こ……?」



気持ちの悪い声で、周りに問い掛ける。



「ここは病院だよ。ジンくん、君は六年間ずっとここで眠っていたんだ」


自分の質問には、戸惑いながらも男性が答えてくれた。


「そうですか」と言おうとすると、突然女性が泣きながら抱きついて来た。


「良かった、本当に良かった……!」


その言葉を聞いて、男性の方も泣き出してしまった。

どうやら光景が異様だと思っているのは自分だけらしい。



「…では、私はこれで失礼します。何かあったらそこのボタンを押して下さい」

「分かりました、今まで本当にありがとうございました」


女性を無視して男性二人が会話をしている。

話によると、白衣を着た男性はここから居なくなるらしい。


「いえいえ、それではまた」


白衣の男性は部屋のドアの前まで行くと、此方に向かって一礼して、姿を消した。



何がなんだかさっぱりわからない。

身体も思うように動かないし、声も変だ。


…僕の今までは、何だったんだ。



ーーそれからしばらくして。

女性はリンゴを買いに行くと言って足早に出て行った。

残ったのは自分と男性だけだ。

色々と聞きたい事もあるけど、今は喋りたくない。

あの声を、自分の声を聞きたくない。


「なぁ、ジン…、僕達の事、覚えているかい?」


自分の考えを読んでくれたのか、男性の方から話を振ってくれた。

その質問に、自分は首を横に振った。


「そうかい、そうだとしたら、さっきお母さんが抱き着いた時、とても怖かっただろう?悪い事をしたね。でも、悪気があった訳じゃないんだ。許してやってくれ」

「…ウ、ん」


なぜか声が先に出た。

首を振る、その前に。


「ありがとう。……じゃあ改めて自己紹介をさせてくれ。僕はラインハルト、極々普通の一般人さ。そしてジン、君のお父さんでもある」


そのお父さんの言葉を聞いて、ようやく現状を理解する事が出来た。



ここは病院。

視界に映り込んでいたのは、両親と医者。

皆んなが揃いも揃って泣いていたのは、恐らく自分が助かったからだ。


「ジン、君の事についても話しておこう。君は僕とお母さんの間に産まれた一人息子で、事故にあって入院する前はまだ六歳だった。当時は真っ黒なランドセルを買ってな、母さんと一緒にジンの帰りを待ったんだ。待ってる間はそれはもうそわそわしっぱなしでね。母さんなんか急に歌い始めたんだぞ。それで僕も負けられん!ってなってな。本当に楽しかったんだ。なのに…それなのに……」


お父さんの頬に涙が流れ落ちる。

でも、今の僕には慰めてあげることができない。

どうしようか悩んでいた…その時。


「ジン!リンゴ買って来たよー!」


病室にも関わらず大きな声でドアを開けたのは、僕のお母さんだ。

お母さんは凄い速さで僕の目の前までやってきた。


「今から剥いてあげるからね…って父さんなんでまた泣いてるの?」


お母さんは不思議そうに首を傾げた。

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