第二部
4歳11月~12月 JBCクラシック、チャンピオンズカップ
※第二部開幕。ここからココロノダイチが正式に主役となります。
—————GⅠは甘くない。
五ヶ月かけて五回もGⅠレースを走っても、ぼくはそのまっとう極まる結論にたどりつく事はできなかった。
ほんの一年半前まで、未勝利戦などと言う最低クラスのレースを走っていたぼく。二頭の名馬との出会いにより、変わる事ができたつもりでいた。
ヒガシノゲンブと言う、とてつもないポテンシャルと個性を秘めた存在。
ワンダープログラムと言う、自分に厳しくする事を目的として生きていた存在。
前者はダービーや菊花賞はおろか凱旋門賞まで勝って日本の歴史に残る存在になり、後者は自分ではめた枷をぶち壊してこの前天皇賞馬になった。
そしてぼくは重賞を勝ち、こうしてGⅠレースに臨む事ができた。
JBCクラシック。地方競馬の祭典だ。ぼくが出たのは二〇〇〇mのクラシックだけど、スプリントも牝馬限定のディスタフもある。中央競馬所属のダート馬もこのレースを目標として来る。
自分なりに必死に走った結果は、〇.四秒差の三着。何とも言えない結果だ。中途半端すぎて振り返る言葉すら思いつかない。勝った前走と同じようにゲートを出て、同じように中団に構え、同じように抜け出した。
だが、前に行った馬二頭に押し切られてしまった。
中央競馬と地方競馬の馬場の違いがどうとか、ペースがどうとか、そんなのはわからない。GⅢとGⅠの違いなのかもしれないし、単純にレベルの違いなのかもしれない。逃げた馬がそのまんま勝ってしまういわゆる行った行ったになっちゃったのが原因かもしれない。
と言う風に敗因ならばいくらでもあるはずだが、その敗因を全て潰したところでぼくは勝てるのだろうか。ぼくはワンダープログラムと言う存在をずっと間近に見て来た。ヒガシノゲンブと言う存在が為したたったひとつのレースにこだわって、一年近くの時を無為に過ごすことになってしまった存在を。
「お疲れ様」
「ワンダープログラム」
「初めてのGⅠはどうだったかな?」
「まあね、どうって事はなかったよ」
他に言いようがなかった。実際ただ、それだけだったのだから。
ヒガシノゲンブの事は今でも親友だと思っているし、ワンダープログラムもまた今では親友のつもりだ。それでもGⅠ九回目と一回目と言う差だけは消しようがない。
「この前のシリウスステークスは人がたくさんいたよな」
「そうだったね、重賞は三度目だったけど函館や新潟と阪神競馬場の違いかな、かなりたくさんいたよ」
「盛岡競馬場はもっと違っただろ?」
盛岡競馬場は、正直中央の競馬場と比べて小さかった。これから地方競馬を回る事になる以上、ああいう小さな競馬場にも慣れなければいけなくなるのだろう。これまでずっと一緒にいた中央競馬のそれとは違う場所にも。
「ああいう場所にとってGⅠレースってのは祭典であると共に、飯の種なんだよ。僕らには派手で面白いレースをする義務がある、なんていうのは無理難題だけどそう思わせる義務はあると思うよ」
日本の競馬は格差が少ないと言われる。ヒガシノゲンブが勝った凱旋門賞があるフランスでは、最低クラスと凱旋門賞の賞金に一万倍以上の差があると言う。でも日本では未勝利戦の一着賞金は500万円なのに対し、ダービーは2億円。たったの四十倍だ。だがそれはあくまでも中央競馬のみの話である。地方競馬も含めれば、格差はフランスほどではないが大きくなる。
――お前はもうある種のエリートだよ。
半年前、ワンダープログラムに言われた言葉だ。一年間に重賞レースがいくつあるのかぼくは知らない。でもそのうちひとつを、ぼくは間違いなく制した。その時点でぼくは間違いなく超エリートだ。
だがその超エリートってやつになったのは、はたしてその時なんだろうか。ワンダープログラムが言っていた通りオープン馬になった時点でエリートなのか、あるいは一勝を挙げられた時点でそうなのか。
「ぼくはその役目を果たせたのかな」
「まあいいんじゃないかなと思うよ、でも本番はまだこれからだ、キミはこれからGⅠ級レースを五連戦するかもしれない。まったく及びもつかない話だよ。と言うか芝じゃ無理だよそんな事」
半年どころか、ひと月前でさえ信じられない言葉だ。さっきGⅠシーズンと言ったけど、それは何も芝に限った話じゃない。ダートだってGⅠがある。盛岡競馬場の南部杯から始まり、地方競馬持ち回りのJBC、中京競馬場でやるチャンピオンズカップ、大井競馬場の東京大賞典、年が明けて川崎競馬場の川崎記念、そして最後に東京競馬場のフェブラリーステークス。正確にはGⅠではなくJpnⅠと言うのもあるが、これだけのGⅠ級レースが二週間~ひと月の間隔で続く。
しかも馬場の違いこそあれど距離は最大で五〇〇mしか違わない。それこそその気になれば六連戦も不可能ではない話だ。芝の場合、夏の宝塚記念か年末の有馬記念で途切れてしまうのでこうはならない。タフだなと思うと同時に、そんな現実と向き合える喜びも感じられる。
次にぼくが走る事になったのは中京競馬場のチャンピオンズカップ。中央のGⅠだ。
緊張は、不思議なほどにない。人こそ多いけど、むしろホームグラウンドに帰って来たような安心感の方が強かった。
「ちゃんと気を引き締めて走れば結果は付いてくるからな」
そう戸柱さんに言われたことと、前走七番人気だったことと、JBCクラシックの時も一緒に走っていた馬たちが多かったことが原因なんだろうか。
GⅠとひとくちに言っても、それこそ出走馬は有象無象だ。新興勢力もいれば、一番人気になるような存在もいる。出られるだけでもと言う存在もいる。
ぼくは三番目のつもりだったけど、四番人気と言う数字はぼくにそんな甘ったれを許さない。
「JBCクラシックの時はまだお客さんだったけど、ここでは有力候補だからね」
「なんでいきなりこうなっちゃったんでしょうか」
「前走の出来が良かったと思われているからね」
戸柱さんの言葉も重く響く。歓声もシリウスステークスの時とは桁違いだしファンファーレもきれいに鳴り響く。晴れでも雨でもなく薄曇りの空はぼくをにらむように、他の馬もにらんでいた。
馬場は良馬場。ついでに言えば枠順は九番、ほぼ真ん中。今のワンダープログラムはともかく、昔のワンダープログラムならばもろ手を挙げて理想の条件だと言っていた気がする。そう、何もかも言い訳ができない好条件だった。
で着順はと言うと、人気と同じだった。ぼくの着順どころか、一着から六着まで全て人気通り。三連単は1200円、去年の菊花賞に匹敵するほどのガチガチレースだった。
「あーあ、こりゃもう勝負付けを済まされちまったかな、いやいやお前さんは違うよ、こちとらもうトシだからね。上がり目なんて今さら……いや何でもない、もうちょい頑張ってみようかなーって」
またもや、敗北感はなかった。ああそうか以上の大した感動があった訳でもない。そのはずなのに、なぜかハナ差でぼくに負けた七歳の馬はぼくを見てずいぶんと動揺していた。ありふれた弱音を吐いただけのはずなのに。
「で次は東京大賞典だけど、夜にやるんでしょ」
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