三十二匹目 十二不思議『夢鏡』と『雲隠れの忍者』 その⑥
時は戦国。
後に蟹玉県と呼ばれることになる武蔵国では、いくつもの戦国武将が鎬を削っていた。
その内のひとりが、かの有名な
隣接する領土を相手に幾度も戦を起こし、かの豊臣秀吉の軍勢とも渡り合った彼は、稀代の大名として歴史に名を残すことになった。その名は今でも蟹玉県民にとって地元の英雄として親しまれている。
しかし、かの武将の歴史の裏には誰も知ることがない事実が隠されていたのだ。
それこそが、伝説の忍者軍団『雲隠れの里』である。
彼らは敵の情報収集や暗殺などを任されていたが、その最たる任務は長成によって託された『とある石』を護ることであった。
その石は『要石』という名で呼ばれていた。
その石を手にすることは万の軍勢を味方につけることよりも価値があると言われており、それゆえ様々な勢力が長成が持つ『要石』を狙って戦いを挑んだ。だが、その度に雲隠れの忍者たちは摩訶不思議な忍法でもって返り討ちにしたのだった。
しかし数多の歴史を紐解けば分かる通り、勝利は永遠に続くものではない。
やがて時は経ち、親田長成も歴史の流れに飲み込まれる。その後は現代に生きる我々が知る徳川家康の幕府が敷かれることになったのだ。
こうして『雲隠れの忍者』は歴史の表舞台に立つことがないまま、戦国の終焉と共に姿を消した──かのように思われたが、違った。
戦国の世が終わった後も、彼の忍者集団は密かに活動を続けていたのだ。
なんのために? 決まっている。長成から言い渡された任務である『要石』の守護をするためだ。
『雲隠れの忍者』は時代の変化と共に姿を変え、しかし任された使命を変えることはなく、元号が『探偵』になった現在も蟹玉県のどこかで密かに暮らしているのである。
〈蟹玉出版刊『蟹玉を生き抜いた武将たち』より〉
◆
「──以上がこの本に記述されていた内容だ。作者の歴史学者はこの本を出した直後に学会を追放され、精神病棟に入れられたと聞くが……、実際のところ、『雲隠れの忍者』は実在するのかい? 『過去と未来の狭間』で生きる私にとっては、非常に興味深い過去だね」
明は蔵書本の一冊を読みながら言った。
質問を受けた日辻は、地面に倒れ伏している。
その腕に力はない──否。
力を失いつつある、と言った方が適切か。
不定形の雲だったはずの体は元の肉感を取り戻しつつあり、その表面からはもう雨粒も電撃も流れない。
日辻と明の戦闘は威勢良く始まっていたが、その決着は瞬く間についた。その結果がこれである。
鏡の中に『もしも』の世界を生み出して、そちら側に相手を染める能力なんてものに勝てるわけがないのだから。
しかし、日辻の表情は気丈を保っている。弱弱しさなんて微塵も感じさせられない。問われればすぐに情報を吐くほど『雲隠れの忍者』は甘くないようだ。
明はその様子が気に入らなかったらしく、腰に提げている軍刀を抜いた。コスモチュームの一部ではあるものの、それ自体に特殊な能力はない。
しかし、軍刀としての切れ味はしっかりあるのだ。
明はそれを振った。痩せぎすの彼女にとって、それは刀を振るどころか刀に振られそうになるくらい頼りない動作だったが、軍刀の刃先は日辻の右腕をしっかりと裂いた。白い忍者装束に赤い染みが広がる。
「ぐ……!」
「ふん。まあいい。おまえの存在こそが『雲隠れの忍者』の存在証明みたいなものだからな。それより気になるのはこっちだ」
言って、明は開いた本を日辻の眼前に突き付け、一節を指差す。
「『雲隠れの忍者』が守っていたという『要石』。これってもしかして『
「……!」
「くっふっふ、やはりか」
明は満足げに言うと顔を上げた。
「どうして『オニキス・クローゼット』様が歴史の片隅に埋もれていた忍者なんてものを今更探して『十二不思議』のひとつにしてあげたのか、ずっと不思議に思っていたんだが、『
「『してあげた』だと……? 取り消すでござるよ、今の言葉……!」
その言葉が逆鱗に触れたのか、日辻は憤怒に燃えた形相で明を見上げた。
「『オニキス・クローゼット』が我らの里に齎したのは一方的な虐殺でござる! 長も、幼子も、女もみんなあの外道に殺された! 挙句の果てには、たったひとり生き残った拙者を『十二不思議』のひとつに加えるなどと……!」
「お、その話だと『
「そんなわけないでござろう!」
日辻は噛みつくように吠えた。
しかし、その牙は明に届かない。
「『要石』は我らの里の存在理由そのもの! あれを失うことは『雲隠れの忍者』の真の消滅を意味するでござる! 逆に言えば、あの石がある限り我らの意志が消えることは未来永劫ござらん!」
「ふんふんなるほど、一族の誇りをかけた立派な宣言だ。涙が出るな──まあ、それはさておき」
明はしゃがみ、日辻の顔を両手で持ち上げる。顔を近づけて、まじまじと見つめた。
「どうやら、『オニキス・クローゼット』様は『雲隠れの忍者』の里を襲撃した時も『
「…………!」
「さて、ではそれは今どこにあるのかな? んん?」
言いながら顔に添えた指を蠢かせ、肌を弄る。
「ポッケなんて所に隠すほど、おまえは杜撰じゃないだろう。それじゃあどこに──」
親指が眼帯にひっかかり、裏返らせる。
そこには閉じた瞼があった。明はそれを指で強引に開かせる。
瞼が開かれた向こうに眼球は無く、その代わりにあったのは石だった。
ソシャゲのSSR演出で出てきそうな、虹色に光り輝く石である。
明は躊躇いなく日辻の眼窩に指を突っ込んだ。
「ぐっ、が、あああああ! やめろ! やめろおおおおお!!」
「おいおい、ファニー・ヴァレンタイン大統領の父親かよ」
日辻の抵抗虚しく、義眼のように埋め込まれていた『
「くっふっふ。図書館を訪れる不届き者からあの本を守るだけかと思っていたが、これは思わぬ収穫だな。これを献上すれば、『オニキス・クローゼット』様に褒めてもらえるぞ!」
明は勝ち誇ったように『
「おっと、外にいる味方の助けを期待するなよ? 私の『ビットウィーン・P&F』は自動発動系の宇宙夢。館外にいるあいつの近くでもついさっき能力を発動した。今頃はお前と同じように、全く違う『もしも』の過去で『過去と未来の狭間』を変えられつつあるだろうさ」
そして。
「そう怒ったような目で睨むんじゃあないよ。お前がそんな怒りを抱くようになった原因も、悲劇も、過去も、どうせあと数分もしない内に綺麗さっぱり『もしも』の世界に塗り潰されるんだからな」
明が勝利宣言を告げた──その瞬間だった。
図書館の窓ガラスが一斉に砕け散り、バスケットボールサイズの羊の群れがマシンガンのように館内へ飛び込んだ。
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