三十匹目 十二不思議『夢鏡』と『雲隠れの忍者』 その④

「『K市立図書館』だ」


 日辻の介入により場が収まった後にまいあが言ったのは、市民の教養と文明の中心地として知られている公共施設の名前だった。


「ジャッジメント曰く、そこで『オニキス・クローゼット』の目撃情報が出たらしい」

「ふむ、成程のう。さしもの奴も、『夢惨』の情報網にかかれば尻尾を掴まれずにはいられなかったか」

「ちょっと待ってください」洋善は手を上げて割り込んだ。「まいあさんが『夢惨』の刺客と戦ったのは数日前ですよね? だったらもうとっくに『星屑十二字軍スターダスト・クルセイザーズ』によって調べられているんじゃあないですか?」

「そうかもしれないね」ねむりは肯定の声を上げた。「だけど、向こうだって有力なカードであるジャージ・メントを失ってしまったんだ。それによって生じたゴタゴタで捜査の初動が遅れていてもおかしくない。今からでも調べる価値は十分にあるんじゃあないかな」


 実のところ、ねむりの考察は完全なる正解だった。いかに『夢惨』のトップチームであろうとも、主力を失えば混乱は避けられなかったのである。


「じゃあ、私たちの誰が捜査に向かうかって話になるんだけど、とりあえず私は確定として──」

「待たれよ」


 ねむりの発言を手で制したのは、日辻だった。


「ねむり殿、拙者の観察眼が正しければ、貴殿はまだ本調子ではないと見える。そんな状態で『オニキス・クローゼット』の正体に繋がるやもしれぬ重要な任務に向かうのは如何なものかと思われるでござる」

「…………」


 日辻の指摘を受け、ねむりは苦虫を噛みつぶしたような顔をした。そもそもねむりは先日の鏃一矢との戦いで負った傷がなくとも、視力喪失という多大なハンデを背負っているのだ。そんな状態で未だに前線に出ようというのがおかしな話なのである。


「同じ理由でまいあ殿も今回は無理でござるな」


 ねむりよりも明らかに重傷度が高いまいあに目を向けながら、日辻は言った。ていうか、まいあはこの状態でどうやって音鳴館まで来たのだろう? そこらへんを深く追求すると論理的破綻が起きそうなので無視することにするが。


「わかったわかったよ。無理を押してでも外に出るなんて、私のキャラじゃないしな。引きこもりは引きこもりらしく、療養に努めるとしますよ」

「あ、やっぱり引きこもりだったんですね」

「なんか言った?」

「あ、いえ、なにも」


 怪我人ふたりは待機決定。館の中でしか宇宙夢を発動できないすぴかと、だんまりを決め込んでいるシャンデリアの上の『パッチワーカー』には問うまでもない。

 というわけで、K市立図書館に向かうメンバーは──


「拙者と洋善殿のふたりで決定でござるな」


 そういうことになった。



 蟹玉中央駅付近のホテルの一室で『星屑十二字軍スターダスト・クルセイザーズ』のエージェントふたりが会話をし、『音鳴館』で対『オニキス・クローゼット』勢力の夢遊者たちが会議をしていた頃。

 午後を迎えたK市立図書館の正面入り口前にひとりの少女が立っていた。

 百七十五センチの身長を包む赤一色のスーツ。毛先を赤色に染めた銀髪のショートヘアはヘアゴムでサイドテールにまとめられている。くりくりとした緋色の瞳はルビーみたいに高貴な輝きを放っていた。

 地方都市の蟹玉では目立ちすぎる風貌だ。

 周囲を歩く通行人たちの目を一身に集めている。しかし、そんなことなどまるで気にしていないかのように、少女の顔は冷静だった。

 燃えるような服装に反し、表情が凍っている。


「ここが『オニキス・クローゼット』が目撃されたという場所か」


 感情を見せない平坦な口調で呟きながら、一歩、二歩と入り口に近づいていく。少女の夢遊者として培われてきた第六感的な感覚は、館内に夢遊者がいることを鋭敏に察知していた。

 それははたして『オニキス・クローゼット』か。それとも『十二不思議』の誰かか。

 どちらにせよ、敵に先手を取られ、待ち構えられてしまっている。


「私としてはそっちの方がありがたい。チマチマとした調査よりも、待ち構えている敵を燃やし尽くす方が得意だからね」


 『星屑十二字軍スターダスト・クルセイザーズ』が誇る最高戦力、『フェニックス・スーツ』こと裏宿鳳凰の出陣であった。

 

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