二十九匹目 十二不思議『夢鏡』と『雲隠れの忍者』 その③

 金属製の扉を押し開け、門を潜る。今回は非現実的アンリアリティな幻覚の出迎えは無い。

 庭を通り抜け、かぎの掛かっていないドアを開く。広大なエントランスには人っ子ひとりいなかった。脳内の地図に従い、目的の部屋に向かう。そこは豪奢なシャンデリアがぶら下がった寝室であり、部屋の隅にあるベッドにはひとりの少女が寝転がっていた。この屋敷の主である音鳴すぴかだ。


「よく来たのう。そこに座るがいい」


 言われるがままにソファに座った。肌触りの良い材質で作られたソファは洋善の腰を柔らかく受け止める。隣に目を向けると、既に座っている羊野ねむりの姿があった。


「お久しぶりです、ねむりさん。あれから傷の具合はどうですか?」

「双海家の全面的な支援のおかげでだいぶ回復したけど、まだ本調子には遠いかな。ここに来る前に竹井さんから呼び止められそうになったから慌てて出てきたよ──職務上、私はねむり様のお目付け役でもあるので、そんな状態で戦地にはいかせられません!」って言われちゃってさあ。まあ「あ、「お目付け役」って今のねむり様に言うのはやや不謹慎な台詞でしたかね」と言ってる間に逃げられたけど」

「あの人は相変わらず損な性格をしているんですね……」

 

 雑談に花を咲かせながら顔を上げる。天井から下がるシャンデリアの上には今日も誰かが居るが、相変わらずその姿は隠れていた。

 たしか、すぴかはシャンデリアの上の彼女を指して『パッチワーカー』と呼んでいたか。その名前なら洋善も知っている。『十二不思議』の調査をしていたオカ研時代に聞いたことがあるからだ。

 『パッチワーカー』──その都市伝説の始まりは、K市運動公園に突如として発生した、滑り台とシーソーの間に生まれた子供みたいな形をしている奇妙なオブジェだった。

 それから次々と『ふたつ以上の物体を混ぜ合わせた』かのようなオブジェの数は増えていき、K市民の間では『芸術家による現代アート』『宇宙人からの攻撃』『フィラデルフィラ計画の再来』などなどの説が囁かれ、オブジェの数が十を越えた頃には『パッチワーカー』の名で『十二不思議』のひとつに加わっていた。

 以上の情報から鑑みるに、『パッチワーカー』の宇宙夢は『ふたつ以上の物体を融合させたパッチワークを作る』だと思われるのだが、はたして……?


「よし、全員揃ったの」


 考察の海に沈んでいた洋善の思考は、すぴかの声により引き上げられた。


「お主等を呼び出した理由を言う前に、まずは新たに加わったメンバーを紹介するとしようか」

「え、また誰か来たんですか」

「左様。しかも儂と同じく『十二不思議』のひとりじゃ。期待の新人というやつじゃな──入るがいい」


 すぴかの言葉を合図に、部屋の扉が開かれた。這入ってきた人物に目を向け、洋善はぎょっとする。

 整えられてないボサボサのショートヘア。外行き用とは思えないくらいだらけきった服装。日光とは無縁な生活を送っていることが伺える白い肌。これらの格好からどんな人物かはおおよそ想像がつくが、彼女の肌を覆い隠さんばかりに巻き付いている包帯がそれらの印象を塗りつぶした。

 見たところコスモ・トランスで出てくるコスモチュームではないようだ。ミイラのコスプレを日常的にしている特殊趣味でもない限り、重傷を負った怪我人と考えるのが普通だろう。


「どーも」低い声だった。「牛頸川まいあだ。世間では『丑三つ時のハーメルン』って名前の方が有名か?」

「『丑三つ時のハーメルン』って……ああ、あの文字がいつの間にか消えたり移動したりしてるやつですか」活動の痕が町中の至る所で発見されてる『丑三つ時のハーメルン』はそれだけ情報量が多く、オカ研時代の洋善の耳にもよく入っていたので、すんなりと思い出すことが出来た。「私は遅達洋善です」

「私は羊野ねむり。よろしくね」


 シャンデリアの上の誰かは挨拶どころか口を開くことさえなかった。


「その包帯はどうしたんですか?」

「ああ、これか。神様気取りの馬鹿をぶっ倒す際に負った『名誉の負傷』ってやつさ」

「『神様気取りの馬鹿』?」その言葉に反応したのはねむりだった。「もしかしてあなた、『夢惨』のジャージ・メントと戦ったの?」

「そうだが」

「なるほど。なるほど……」


 ねむりは親指だけを立てた手を顎に添えて、物思いに耽った。不思議に思った洋善が話しかける。


「ねむりさんねむりさん。『ジャージ・メント』って誰ですか?」

「宇宙夢の性能だけで言えば『夢惨』のナンバーツーとまで言われている実力派夢遊者だよ。全盛期の私でも戦った時は苦労させられたくらいだ」

「え、それってめちゃくちゃ強いじゃないですか!?」


 そんな奴と相対して『名誉の負傷』で済んでいるなんて──洋善は視線をまいあに戻す。痛々しく見えていた包帯姿は、今となってはおどろおどろしい力の象徴にしか見えない。洋善は背筋に怖気が走るのを感じた。

 まいあはそんな心情を露知らず、室内を見渡している。


「それにしても、幽霊屋敷と呼ばれていた『音鳴館』がまさか『オニキス・クローゼット』の対抗勢力の根城になっていたとはな。驚いたぜ」

「儂としては、今まで世間を騒がせる愉快犯程度の小悪党だったお主が突然『オニキス・クローゼット』に反旗を翻した方が驚きなんじゃがな──そもそもこの館の情報をどこで仕入れたんじゃ?」

「ああ、それは──んん? お前って……」


 言葉が途切れたまいあは身を乗り出し、すぴかを凝視した。


「な、なんじゃ? 儂の顔に何かついておるのか?」

「……ごめんごめん。ちょっと似てると思ったけど勘違いだった──で、私がここを知った経緯だっけ? 道端で会った全裸の変態から教えられたんだよ」


 まいあが包み隠さず明かした瞬間、その場にいた全員(シャンデリアの上も含む)が噴き出した。

 全裸の変態!? 

 なんだそれは!?

 『十二不思議』よりも不思議な存在じゃないか!


「ねむりさん! ジャッジお願いします!」

「蟹玉式嘘発見術によれば、嘘をついている可能性は0パーセント。まあ、嘘をつくなら『全裸の変態』なんて言わずにもうちょっとマシなことを言うはずだよね」

「それもそうじゃな」

「オイオイなんだよ。疑ってるのか? 私も見た時は目を疑ったけどさ」


 まいあは肩を落とし、やれやれと首を横に振った。

 自分でも信じ難いエピソードを話しているのだから、当然の反応である。


「そんなわけで全裸の変態から知ったような口調で偉そうに指示を受けた私は、ここにやってきたというわけだ」

「知った風な口調?」

「偉そうに?」


 洋善とねむりの脳内に、あの日車のルーフの上から話しかけてきた声が蘇る。

 まさか──まさかね。

 両者を繋げられる情報に決め手が欠けている以上、「まさか私たちとまいあをこの館に向かわせたのは同一人物なんじゃないカーン?」と決めつけるのは早計にすぎるというものである。


「私は『運命』とやらに縛られるのはゴメンなんでね。そんなものが私と『オニキス・クローゼット』の間に横たわってるんなら、さっさとぶっ壊したいんだよ。んで、家でいつものようにゴロゴロできる毎日を取り戻すんだ!」


 前向きな姿勢でクズ全開な欲望を叫ぶまいあであった。

 同時に、彼女が自宅警備員的な立場にいることを洋善達は知った。最初に抱いたおどろおどろしいイメージは錯覚だったのかもしれない──


「──で、だ」


 ──と、思って肩の力が抜けた瞬間だった。

 洋善が足元で蠢く文字に気が付いたのは。

 それは『チタツミヨシ』と刻まれた切り傷だった。ねむりの足元に目を向けると、同じく『ヒツジノネムリ』の切り傷があった。


「おっと。迂闊にそれに触れない方が良いぜ。タトゥーよりも消えにくい自己表現がついちまうからな」


いつの間に手に握っていたカッターナイフを見せびらかすように掲げる。その刃は血で赤黒く濡れていた。


「私は『オニキス・クローゼット』を倒そうと思っている。だが、それがお前たちと手を組むことに繋がるかって言うと、そうでもない」


 ナイフの切っ先で空中に円を描きながら、まいあは言った。


「別に私ひとりで『オニキス・クローゼット』をぶっ倒せばいい話だしな──ここに来たのも、今のところ頼れる情報が変態から渡されたものだけだったからだ。だからさあ、証明してくれよ。お前たちが手を組むに値する相手だってことをな」

「な、お主! 勝手な真似は……!」


 慌てた様子でベッドから起き上がろうとしたすぴかだったが、腰のすぐそばにまで『オトメイスピカ』の文字が迫っていることを視認した途端、体の動きが強張った。


「よくも、ソシャゲでキャラクターが仲間に加入する際に発生する腕試し戦闘みたいなことを……!」

「で、どうなんだ? こんな状況から復帰できるくらいじゃないと、お前たちにはとても期待できないんだけど──」


 瞬間、まいあは背後に何者かの気配を感じた。

 振り向きざまにカッターナイフで切り裂く。研がれた刃は後ろにいた誰かの胸に深々と食い込んだ──しかし、手ごたえは無かった。


「そこまでにするでござる」


 その女は真っ白だった。

 全身を覆う忍装束にはシミひとつなく、忍者のイメージとは真逆のカラーリングになっている。右目が眼帯で覆われており、隠れていない方の目には凛々しい意志が宿っていた。

 カッターナイフが触れている箇所は不定形な物体に変化しており、故に刃が素通りも同然になっている。

 まるで煙みたいな──否。

 まるで雲みたいな肉体だ。


「同盟相手の力量を量りたいという気持ちは分からなくもないが、拙者の目の前ですぴか殿にまで手を出すのは流石に見過ごせないでござるな──そして」


 忍者は洋善達が居る方向に腕を突き出した。それとほぼ同じタイミングで、バレーボールサイズの羊がマッハ3で、遅れて包丁が空中を突進してきた。

 そんなものと、特にマッハ3の羊とぶつかれば腕が折れるどころでは済まないのだが、忍者の肉体は腕までもが雲と化しており、物理的ダメージを負うことはなかった。むしろ、突っ込んできた羊の方が雲に突っ込んだ際の空気抵抗で発火し、焼滅してしまった。遅れて飛んできた包丁も、慣れた手捌きで弾かれる。


「洋善殿、ねむり殿。攻撃を仕掛けられた貴方がそのような反撃に出るのは当然の行動だが、すぴか殿の屋敷でそのようなことはやめてほしいでござる。壁に傷がついたら困るでござるからな」

「……」

「……」

「……」


 洋善もねむりもまいあも呆然とした顔で忍者を見つめる。

 みっつの攻撃に対処してみせた手腕に驚いたからというのもあるが、それ以前の話だ。

 こいつ誰だ? 

 三人の脳内には、そのような疑問が渦巻いていた。


「ああ、失礼。自己紹介がまだでござったな」


 そう言うと、白い忍者は軽く会釈し、台詞を続けた。


「拙者の名前は雲隠くもがくれ日辻ひつじ。『十二不思議』がひとつ『雲隠れの忍者』。宇宙夢の銘は『アルトキュームラス』。これまでは忍者という立場上、皆様の前に姿を見せていなかったのでござるが、そのことも重ねてお詫びせねばならないでござるな」


 


 

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