二十八匹目 十二不思議『夢鏡』と『雲隠れの忍者』 その②

「いったいどういうことだ!」


 T都を根城とする夢遊者組織『夢惨』のエージェントであり、特殊部隊『星屑十二字軍スターダスト・クルセイザーズ』の構成員、作戦立案担当の地区田ちくた九六くろくは、自分が腰かけているベッドに拳をぶつけた。鈍く、重い音がホテルの一室に響く。

 少し離れた所にある椅子に座っていた黒子姿の少女、鹿目かのめ連音れんおんは「ひっ」と小さな声を漏らして怯えた。

 

「く、九六ぅ……そんなに怒らないでよぉ。怖いよぉ」

「これが怒らずにいられるか!? 仲間がふたりも死んだんだぞ!」


 九六は苛立たし気に髪の毛を掻きむしった。すっかり委縮している連音は、それ以上宥めるための台詞を言えずにいる。


「キバ子のアホはともかくとして、宇宙夢の単純な攻撃力だけなら我らが『星屑十二字軍スターダスト・クルセイザーズ』のナンバーツーだったジャッジメントまで死ぬとはな」

「い、いったい誰の仕業なんだろ」

「んなもん決まっているだろうが! 『オニキス・クローゼット』の配下の『十二不思議』か羊野ねむりだよ!」

「ひぃっ!」


 『羊野ねむり』の名前を聞いた瞬間、連音は両手で頭を抑えてしゃがんだ。まるで近くに雷が落ちた子供みたいな反応だった。連音の顔は黒頭巾で隠れているが、それでも彼女が今どんな顔になっているかは十分わかる。きっと怯えと恐怖に塗れた表情だろう。


「ひ、ひひ、羊……ホニャララ野ねむりの名前を急に出さないでよぉ。漏らすかと思ったじゃんかぁ」


 しまった、と九六は思った。

 連音は、前に『春眠』と『夢惨』の間であった小競り合いの際に羊野ねむりからこっ酷くボコボコにされていたのだ。具体的にどんな目に遭ったかというと、全身の凸凹を凹凸に変えられ、関節の七割が逆方向に曲げられた。

 その所為でトラウマを負ってしまい、今となっては羊野ねむりの名前を聞くだけで体が震えるようになってしまったのである。これが『夢惨』が誇るトップチームの一員の姿なのかと思うと、見ているだけで情けない気持ちになるのであった。


「すまない。私がうっかりしていたよ──で、話を戻すが、チームメイトが十二人中ふたりも欠けた今、事態は我々が当初想定していたよりも深刻だと言える」


 たかが蟹玉県という田舎で起きた小事件だと思っていたが、その認識を改める必要があるだろう。

 深刻極まる現状を思い、眉間に深い皺を刻んでいた九六だが、強がるように「ふん」と鼻を鳴らした。


「とはいえ、何も飛び込んでくるのは悪い話ばかりじゃあない。『オニキス・クローゼット』事件の解決に繋がる情報だって手に入ったさ。ならば悲観的になりすぎるわけにはいかないだろう」

「え、と……『K市立図書館』のこと?」


 連音が言う通りだ。

 先日、『星屑十二字軍スターダスト・クルセイザーズ』のメンバーが掴んだ情報があった。それは『K市立図書館付近にて「オニキス・クローゼット」らしき人物の目撃情報があった』というものである。

 本来ならすぐに刺客を向かわせたいところだったが、情報を得た直後にジャッジメントの訃報が入った所為で遅れてしまい、数日の遅れが生じてしまっていた。


「私たちがこの情報を掴んだということを『オニキス・クローゼット』が知らぬよう願うばかりだな」

「そ、そこには誰を向かわせるの? 作戦立案という立場的に、それを決めるのは九六の仕事なんでしょ? ……ま、まさか私?」

「んなわけないだろバカ。敵の正体に近づけるかもしれない超重要任務に、お前みたいな臆病者を行かせられるか」

「びえーん!」


 正論で殴られた連音は更に縮こまった。危険地帯に行くのは嫌だが、無能の烙印を押されるのもそれはそれで嫌らしい。我儘な性格だ。

 彼女の頬から垂れた水滴が床にシミを作っている。九六は額に手を当て、ため息を吐いた。

 気が強くて自分の意見をはっきり言う九六にとって、連音みたいないつもビクビクしている小動物系の人種は苦手な部類だ。

 出来ることなら極力関わりたくないくらいである。

 しかし同じ組織の同じチームに所属している以上、そうはいかない。

 ならばせめてもう少しマシな性格になるよう矯正してやろうと思って色々と世話を焼いていたのだが、そうしている内にいつの間にか『星屑十二字軍スターダスト・クルセイザーズ』内での九六の立場は作戦立案担当だけでなく『連音ちゃん係』になっていた。今では二人一緒に行動しない日がないくらいである。


「……なあ、連音。私とおまえが一部の夢遊者からなんて呼ばれているか知ってるか?」

「え? 知らないけど」

「『プロシュートとペッシ』だよ……」

「プロ……なにそれ?」

「あー……」説明するか逡巡する。「いや、いい。忘れてくれ。覚える価値のない情報だ。私も忘れることにする。忘れよう。はい忘れた」


 まあ『ソルベとジェラート』と呼ばれていないだけマシか、と思うことにした。悲しい妥協だった。


「話がまた横道に逸れたな。お前と話しているといつもこうなってる気がするよ」

「ふ、ふへへ……無駄な話が多いのは仲がいい証拠って言うらしいよ」

「黙れ。私の世界にそんな不快な説は仮説であっても存在しない──それで、誰がK市立図書館に向かうのかという話だったな。裏宿うらやど鳳凰ほうおうだよ」

「え」


 顔が隠れていなければ目が点になっているのだろうと確信させられるほどに見事な驚きぶりだ。


「ほ、鳳凰さん!? コードネーム『フェニックス・スーツ』の、あの鳳凰さん!?」

「そうだ」

「「彼女が戦場に赴けば、そこにある全てが烏有に帰す」と言われている鳳凰さんが向かったの!? しかも、よりにもよって本が山ほどある図書館に!?」

「蟹玉県の図書館なんて大したレベルじゃあないだろ。そこが鳳凰の宇宙夢で全焼しようが知ったことではない──それに、仮に『オニキス・クローゼット』が目撃されたのが総合病院であっても、鳳凰を向かわせていたさ」


 九六の発言は、それだけこの任務が失敗を許されないものであるということを示していた。

 連音は今もなお驚きを隠せないでいる。無理もない。『夢惨』の選りすぐりが集った『星屑十二字軍スターダスト・クルセイザーズ』においても特に選りすぐりの部類に入る鳳凰というジョーカーが、この場で出されたのだから。

 しばらく呆気に取られていた連音は「あ」と何かを思い出した。


「そういえば、粍さんも『十二不思議』のひとつとかいう『音鳴館』に調査に行ったけど、無傷で帰って来てたんだよね。凄いなあ」

「アイツの報告を信じるなら『音鳴館』はもぬけの殻、つまりスカだったらしいからな。そんな所に行って傷を負う方が難しいというものだろ」


 言って、九六はベッドに上半身を倒した。

 考えすぎて頭が疲れている。何か甘いものが食べたい。T都渋谷のクレープとか。ローソン!? のポムポムプリンまんとか。

 鳳凰の出撃という一手で、事態の解決が大きく前進してくれればいいのだが──そう願う九六は知らない。

 尺里粍の報告でもぬけの殻だと判断した『音鳴館』が、実は打倒『オニキス・クローゼット』の目標を掲げた少女たちのアジトになっていることに。

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