二十七匹目 十二不思議『夢鏡』と『雲隠れの忍者』 その①

 蟹玉県K市で広まっている十二の都市伝説『十二不思議』。

 その内のひとつに『夢鏡』という話がある。

 たとえば、蟹玉中央駅前にある大型商業施設。そこのトイレで手を洗っていた客が顔を上げて鏡を見ると、そこには自分ではない自分が映っていた。

 たとえば、どこかの家庭の浴室。そこで頭を洗っていた住人が鏡に目を向けると、そこには普段の姿とは異なっている自分の姿が映っていた。

 たとえば、雨の翌朝の水溜まり。そこを通りかかった児童が水面に目を落とすと、そこにはあり得ない格好をした自分が映っていた。

 場所も日時も対象も選ばず、いろんな人が鏡面に不思議な像を見たのである。これらの現象はいつしか『夢鏡』と呼ばれるようになり、『十二不思議』のひとつに数えられるようになったのだ。

 遅達洋善がそんなオカルト話を思い出したのは、『音鳴館』にて音鳴すぴかと同盟を結んで数日経った朝の洗面所で歯を磨いている時のことだった。

 『十二不思議』が眉唾な噂話ではなく、宇宙夢という超能力によって生み出される怪奇現象であると分かった以上、『夢鏡』も何らかの異能に基づいているはずなのだ。そして、洋善が『オニキス・クローゼット』と敵対している今、配下である『夢鏡』がいつ攻撃してきてもおかしくないのである。

 寝起きの洋善の顔を映す鏡から、攻撃が始まるかもしれない。


「とはいえ、『夢鏡』に攻撃に繋がるような危険性があるようには思えないんだよなあ」


 『夢鏡』が招いた被害は、いずれも狐につままれたかのようなまやかしばかりだ。能力の分類でいえば、音鳴すぴかの『クラブ・アンリアリティ』のような幻覚タイプである。それも鏡限定の。

 死人どころか怪我人すら出ていない。

 そんな能力が脅威になるとは思えないが──。


「──っと、いけないいけない。「一番の敵は慢心だ」ってねむりさんが言ってたんだった。出会う前から舐めてかかっちゃいけないよね」

「むぎゅー」

「どわぁお!?」


 背後から抱き着いてきた姉に驚く洋善だった。


「姉さん! びっくりするからやめてよ!」

「へへへ、ごめんごめん。ところでねむりさんって誰かしら?」

「え」


 どうやら独り言が聞こえていたらしい。シスコンにして好奇心旺盛な姉からすれば、洋善が呟いていた聞きなれない人命は興味が大いに湧く対象なのだろう。

 さて、どう答えるべきか。

 「『オニキス・クローゼット』という夢遊者を倒すために手を組んだ元夢遊者だよ」──なんて言えるはずもない。


「うーん、その、学校の知り合い?」

「何故に疑問形? それに、洋善の学校って皆殺しにされたんじゃなかったっけ」

「私みたいに偶然生き残った人も何人かいるんだよ──そんなことより!」


 話を強引に切り替える洋善だった。


「学校と言えば姉さんの方はどうなの。ホラ、この前言ってた実験──ええ、『睡眠学習』だっけ? それは上手くいったわけ?」

「ああ、アレ? まだ経過観察の途中といった感じかな。今月中には結果が出ると思うけど──ていうか出てくれないと困るんだけど」


 そう言った途端、姉の顔の彩度が二段階ほど低下する。


「私の大学生活の集大成とも言える実験なんだし、ロクな結果が得られなかったら凹んじゃうわ……」

「そ、そう……」


 そう、としか返せない洋善だった。大学生おとなの世界は彼女にとってまだ迂闊に踏み込めない領域である。

 

「というわけで私は今日も朝から大学へGOなわけ。早く身支度を終わらせなきゃね」


 そう言うと、姉は置いてあった歯ブラシを手に取った。


「洋善は今日の予定はどうなの? 『シザー・レザー』のゴタゴタが終わって次の転入先が決まるまで、暇なんでしょ?」

「ええっと」少しばかりの逡巡を挟んだ後。「今日はちょっと出かける用事があるんだ。その、さっき言ったねむりさんとね」


 流石に行き先までは明かせなかった。

 だって、『十二不思議』のひとつにして肝試しスポットとして話題になっている『音鳴館』に行くなんて言えば、引き留められることが分かり切っているのだから。

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