二十五匹目 十二不思議『丑三つ時のハーメルン』 その⑥

 煙を掻き分けて進んでいくと、視界が開けた。

 そこではジャッジメントが当然のように待ち構えている。


「予想通りの場所から出てきたな。わたしの予言は当たったというわけだ」

「馬ぁ鹿。当たらせたんだよ。お前が待っていそうな方向にわざわざ出てきてやったんだ。引きこもりに足を運ばせるなんて、こりゃかなり高くつくぜ?」


 眉を傾けるジャッジメント。

 そりゃ不愉快だろうなあ──不可解だろうよ。

 さっきまで逃げることしか考えてなかったはずの格下が、明確な意思を持って立ち向かってきたんだから。

          「『運命』からは逃げられない」

 うるさい黙れ。言われなくてもやってやる──未だに『運命』とかいう抽象的過ぎるものが何なのかはイマイチ分からないけど、とりあえず今後の安全を守るためにも、目の前にいる神様気取りの女くらいからは逃げずに立ち向かってやるさ。

 対峙するためのやる気は十分。アイツは私をムカつかせた。

 退治するための計画は十分。アイツの手品のタネは凡そ分かった。

 ならば後は──今だ!

 ジャッジメントが指先に力を入れたのを目視した瞬間、私は後ろに飛ぶ。ゲームで鍛えた反射神経をフルで発動したバックステップだ。ちなみに二度目の発動は期待できない。それとほぼ同じタイミングでつま先のコンクリートが穿たれた。あのままぼーと突っ立っていたら、陥没していたのは私の頭頂部の方だっただろう。

 そして、回避しただけでは終わらない。すぐさま手を翳し、凹んだ地面に影を落とす。

 普通なら私の腕の形に地面が暗くなるはずなのだが、違った。クレーターの中心部には影に染まらず光り輝いているがある。

 否。

 があった。


「やっぱりな」


 私は確信する。


「『太陽光を固める能力』。それがお前の宇宙夢なんだろう?」

「!? 貴様、どうしてそれを……!」

「まずおかしいと思ったのは、攻撃の軌道だ」


 ジャッジメントの攻撃は、いずれも真上からのものだった。私の体に刻まれた傷を見れば一目瞭然である。

 術者のジャッジメントから標的の私に向かってではなく、真上から。

 その方向に攻撃の発射口があると考えるのが普通だ。

 見上げると、そこには太陽が鎮座している。


「そんな違和感が疑惑へと変わったのは、さっきの爆発で煙が充満した時に、お前が攻撃してこなかったからだ──ひょっとしてお前、煙とかで光量が不足していると、能力が使えないんじゃないか?」


 それなら夜の寝こみを襲わずに、白昼の往来で堂々と私を襲ってきたことにも納得がいく。

 だってこうして太陽が真上にある時間帯でもないと、全然役に立たない能力なんだろ? 逆吸血鬼かよ。


「そして疑惑が確信へと変わったのは、今この瞬間だ。空中で固めた太陽光を、光の速度を維持させたまま落としていたんだな。納得の破壊力だぜ──あ、そうだ。お前がそうやって空中に浮いているように見えるのも、『太陽光を固める』には①『固体化』と『②空間固定』の二種類があって、①で固めた太陽光を②で足場にしているんじゃあないのか?」

「……黙れ」

「あたりのようだな──助かったぜぇ? お前が自分の力を誇示したがりのエンターテナーでな! ま、私も似たような性格してるし、多分同じ能力持ってたらこんな見せたがりなプレイしてたんだろうけど」

「黙れと言っているだろうがッ!! このちっぽけなカスがァッ!!」


 トリックを暴かれて激昂したジャッジメントは、両手の十指を獣の爪のように立て、振り上げた。このまま下に下ろせば、ここら一体に光の雨が降り注ぐのだろう。そんなことをされたら、先ほどのようにバックステップで避けられるはずがない。

 だから、そうなる前に先手を打たせてもらう。


「『ブロンズ・エクスペリエンス』!!」

「ハッ、馬鹿め。貴様の宇宙夢は『文字に生命を与える』もの! そんな下っ端のカスの如き低級な能力でわたしの『K・ザ・レインボー』に敵うものぼふぁっ!?」


 何やら上から目線の台詞を吐こうとしていたジャッジメントだったが、その台詞は突如として地上に落ちてきた雲によって邪魔された。視界どころか体全体を雲に包まれてしまう。


「ああ、敵うわけがないな。お前に対して……いや、あらゆるものに対して逃げ腰で、殻に閉じこもって成長を放棄していた、さっきまでの私だったらな」


 だけど、今は違う。

 ジャッジメントは眠れる獅子ならぬ眠れる牛だった牛頸川まいあを目覚めさせてしまったのだ。


「人がそうであるように、全く同じ形をしている雲は存在しない──羊雲に入道雲、鱗雲に飛行機雲……その種類は様々だ。


 雲中で藻掻いているであろうジャッジメントに、私は語り掛ける。


「別に『鬱』や『檬』みたいに複雑な形をしている雲じゃなくていい。まっすぐな雲は『1』や『ノ』に、穴が開いたドーナツ型の雲は『0』や『口』に見える。広い空を見上げれば、そんな雲くらいすぐ見つかるんだ。そんなこと、自宅の天窓からだって分かることなんだぜ──『ブロンズ・エクスペリエンス』でそれに生命を与えた」

「………!」

「生命を得た雲は私の指示に従って地上に落ち、お前を飲み込んだってわけさ。こんな状況じゃ、お前の……えーと、なんだっけ、『キックアス』? ……『キックなんとか』って能力は、局所的な曇り空による光量不足で十分に効果を発揮できないだろ?」

「…………! …………殺す! 殺してやる!」

「お前が空を動き回ってなければ、私も空を見上げることがなくて、こんなことに気付かなかったのかもしれないんだし、馬鹿なことをしちまったな。ま、煙と馬鹿は高いところが好きって言うし、酷な話か?」


 煽る煽る。ネット掲示板で鍛えた煽りスキルの活躍所だ──と、その時。

 ジャッジメントを包んでいた雲が衝撃波で吹き飛ばされてしまった。もくもくとしたボディは四方八方に霧散する。

 衝撃の中心点には、固体化した光で凹んだ地面があった。足場として固定化していた光の固体を、空間固定だけ解除して、光速で落としたって感じか? 元から手元に、もとい足元にあった光を使う分には、周囲の光量は関係ないのだろう。生まれたばかりの命を奪うなんて、お前のどこが神なんだ!

 ジャッジメント本体はワンテンポ遅れて地上に落下する。その姿は降臨する天使のように見えなくもない。もっとも、その顔は私への憤怒に塗れており、神聖さからかけ離れていた。

 着地に失敗して死んでくれることをちょっぴり願ったが、私から10メートルほど離れた場所で両足からしっかりと着地しやがった。どうやら、落下に耐性がないのに高所にいたわけではないらしい。 


わたしの裁きを暴いたどころか雲を被せるとは、よくもやってくれたな! 貴様が次に小癪な真似をするより前に、ケリをつけてやる!」

「次の小癪な真似なら、とっくにしてる」


 ジャッジメントの首が血を噴いた。


「がっ!? な、なにィィイイイ!?」


 突如として首に発生した傷を慌てて手のひらで塞ごうとするジャッジメント。しかし、血の噴出口は次々と増えていき、ふたつの手のひらではとてもカバーできないものになってしまった。

 私は右手に持った物体を見せびらかす。縁が鋭利に割れた金属片だ。何かのパーツだろうか。


「さっき散らばったゴミの中に刃物っぽいものがあって助かったぜ」

「馬、鹿な……お前の能力でわたしの首に傷がつけられるはずが……」 

「そりゃそうだ。私はゴムゴムの実を食べた全身ゴム人間じゃないからな。遠く離れたお前の首を切ることなんてできないよ──だけど、自分を切ることくらいならできる」

「? ……! ま、まさか貴様……!?」


 血を流しながら、ジャッジメントは言った。


「その刃物で自分の肌に文字を刻んだのかッ!?」

「イグザクトリー」


 私は今まで文字をペンキやインクで書かれているものや画面上のテキストばかりだと決めつけていた。なんて引きこもりにピッタリな狭い視野だったのだろう。

 だけど、違う。

 文字はあくまで文字なのだ。

 ならば、刃物で肌に刻んだ文字を、『ブロンズ・エクスペリエンス』で移動させ、地面を経由して他人の急所に定着させるなんてことも可能なのだ!

 ……それにしても引きこもる前にリストカットの常習犯だった過去がこんな形で活かされるとは。

 人生とは分からないものだなあ。


「送る文字は『BABY STAND』との二択で迷ったけど、そっちにしたよ。お前にはぴったりだろ?」

「ガフッ……これは……私の名前か……!?」


 ジャッジメントは指先の感触から己の首に刻まれた文字を悟ったようだ。


「味な真似を……!」

「小癪な真似から味な真似なんて、私の身に余る出世だな」

「ぐ、ああああああああああああああああああああああ!!!」


 抑えきれなくなった血を撒き散らしながら、ジャッジメントは叫び声を上げた。

 それは大気を震わせるほどのものだった。

 だが、次の瞬間にはピタリと止んだ。

 死んだのかな?

 ……いや、違う。

 

「く、ふふふッ」


 笑い声がする。

 ジャッジメントの声だ。


「ふはははははははははははははッ!!!」


 先ほどの絶叫にも勝る勢いで吐き出される笑い声。

 それは異様だったが、それ以上に目を引くものが彼女の首筋にあった──彼女の首筋で光っていた。


「『K・ザ・レインボー』ォォォ……固体化した太陽光で傷口を塞いだァ……これ以上血が流れることはない……」

「……そんな応用もあるのかよ」

「見ろ。まるで聖痕だ。素晴らしいじゃあないか」


  己の首で光る文字列を愛おしそうに撫でながら、ジャッジメントは言った。


「先ほどわたしは貴様を無価値だと断定したが、それは間違いだったようだな。貴様との出会いで得た聖痕で、わたしはまた一歩、聖なるものに近づけるのだからッ!」


 そう語るジャッジメントの足元に、新たな痕が生まれた。

 それは聖なる痕ではなく、血の痕だった。

 血痕だった。

 ジャッジメントは不思議そうな顔でそれを見下ろす。血痕はどんどん増えていく。しかし、慌てる素振りは見せていない。


「凝りもせずに新たな傷文字を送り付けてきたのか? 無駄だ──『K・ザ・レインボー』で同じように塞いでや──」


 口内から溢れ出した大量の血液がそれ以上の発言を許さなかった。

 血の出所は口からだったのだ。口からァ!? ケツからじゃないの? 上品だなあ、そうに決まってる。


「ちゃんと確認しろよ」自分の首を指さすことで、私はジャッジメントに確認を促す。「お前の首に刻まれた文字は『JUDGEMENT』しかないだろ? 私は最初の『D』もちゃんと送ってやってるんだぜ?」

「き、さま……わたしの口内に『D』の傷文字を……?」

「違う違う。そんなところに傷をつけても、口内炎みたいなダメージしか出ないだろ──『D』の傷文字は体内の心臓付近まで滑らせた」


 光を操るジャッジメントは、とてつもない強敵だ。

 だから手を抜くわけにはいかない。

 首筋という無視できない箇所への攻撃に潜ませて、本命の攻撃をさせてもらう。


「太陽光は体内に入ってこれないだろ? その分、『D』がそこにたどり着くまで結構時間が掛かっちゃったんだけどさ」

「…………! ………! ………!」


 口を開けて何かを言おうとしているが、赤い奔流に巻き込まれて声が出ていない。

 ジャッジメントの顔は見る見るうちに青くなり、やがて膝から崩れ落ちた。

 その体が起き上がることはない。


「……………勝った、のか?」


 勝利。

 それは私の人生には無縁だったはずの言葉だ。

 しかし今、確実に掴むことが出来た。

 己の命を狙う敵が死んだと知った瞬間、私の足からも力が失われる。そりゃそうだ。体中傷だらけなんだもん。

 どこか遠くから救急車のサイレンが聞こえた。ああ、そうか。ゴミ収集車の爆発なんて起きたら、誰かが通報するよね。今から病院に運ばれても間に合うか……分かんないなあ。医者がヤブでないことを祈るしかない。

 遠ざかる意識の中、記憶にある全裸の変態の言葉が響いていた。

          「『運命』からは逃げられない」

 分かってるよ。何度も言うな。これが『運命』なのかは知らないけど、私は私の安全を守るためなら戦ってやる。

 成長してみせる。

 強くなってやろうじゃあないか。

          「もし君が『運命』に対して逃走ではなく闘争の意志を持つようになったら、その時は市内西部の住宅街にある『音鳴館』を訪れるといい」

 ん? そういや、そんなことも言ってたな……西部の住宅街か。同じ市内とはいえ、引きこもりにはちょっとキツい遠出かもなあ。

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