二十四匹目 十二不思議『丑三つ時のハーメルン』 その⑤

 助けは期待できないな──潰れたゴミ収集車を横目で見ながら、私は思う。あれでは中に居た作業員は即死だろう。私みたいにじわじわと痛めつけられなかった分、幾分かマシかもしれないけど。


わたしに許しを請うように顔を上げろ。下賤な貴様にその恰好はさぞかし似合うであろう」


 視線を引き上げると、そこには青空が広がっており、隅っこには雲が広がっている。それを背景にジャッジメントが浮いていた。

 彼女の意志ひとつで、私の命は終わりを迎えるのだろう。

 これで終わり? 

 マジで?


『ハーレルーヤッ♪ ハーレルーヤッ♪』


 その讃美歌は私とジャッジメントの間に横たわっていたシリアスな空気を打ち砕くようにして響き渡った。

 なんだこれ? 

 死を目前にして気の早い天の使いがBGMを引っ提げて降臨でもしたのか?

 困惑する私だったが、対するジャッジメントは落ち着いた様子でジャージのポケットを弄った。


「おっと、電話だ」


 電話かよ! 人ひとりの命を奪おうって時くらい電源きっとけや。最低限のマナーだぞ!

 ジャッジメントは私を放って電話に出た。とはいっても、この隙に逃げ出せるはずがない。ここで少しでも走り出そうとすれば、次の瞬間には体を撃ち抜かれるだろう。そんな確信を抱かせる凄味が、ジャッジメントにはあった。

 電話の内容までは分からないが、ジャッジメントは二、三度何かを話すと電話を切った。その顔は、先ほどよりも満足げになっている。


「なんだよ、彼氏からのラブコールでも届いたのか? 仕事中にイチャイチャするとはなってないなあ」

「黙れ引きこもりが。それに、万人に愛と裁きを齎すわたしが誰か一人の物になることなどない。我が聖なる肉体は永遠に純潔のままなのだよ」

「つまり処」

「そんなことよりも、だ。」


 ジャッジメントは強引に会話のペースを持っていった。


わたしの仲間が「『オニキス・クローゼット』らしき人物がK市立図書館で目撃された」という情報を入手したらしい。故に、わたしは急いでそちらへと向かわねばならん」

「そうかい、そりゃめでたいな。めでたいついでに私を見逃してくれると嬉しいんだけど」

「最後の最後まで減らず口ばかりだな、貴様は。その癖、有益な情報は何一つ吐きやしない──いや、きっと貴様は何も知らないのだろうな」

「その通りだよ。私が『オニキス・クローゼット』について知っていることなんて全然──」

「いや、『オニキス・クローゼット』についてだけではない。貴様は何も知らないのだよ」

「…………は?」


 おいおい、説教?

 死に際にそんな面倒なことは勘弁なんだけど?


「貴様は無知だ。何も知らない、知ろうともしていない。その癖、ちっぽけな自分のことを誰かに知ってほしいという思いだけは一人前と来た」

「…………」

「だからこれまであんな事件を起こしてきたのだろうな。碌な隠蔽処理を行わなければ簡単に足が付き、わたしたちのような夢遊者に簡単に尻尾を掴まれ、今のような状況に追い込まれることを知らなかったのだから」

「…………」

「そして、わたしが貴様の死に与える価値となるはずだった『オニキス・クローゼット』の情報も、たった今別口からやってきた! はっはっは!! 貴様の人生は何だったのだろうな? なんて無意味なのだろう!」

「ッ! だ、黙れ!」


 無意味だって? そんなことは言われなくても知ってるさ。

 ありもしない中身を守るために殻に閉じこもって何年も無駄にしてきた人生にはピッタリな評価だと言えるだろう。

 だけど、それをたった今出会ったばかりのジャージ女に言われるのは我慢できない!

 チックショウ……あったまきた。ジャッジメントが私の前にいたらぶん殴ってたところだ──所詮、それは叶わない仮定である。

 現実として、アイツは空中に立っていて、私を見下ろしている。

 視界に靄が掛かってきた。クソ。涙が出てきたのか? それとも体が傷つきすぎて、意識が朦朧としてきたのか?

 ……いや、違う。ジャッジメントもその靄に気付いたようで、辺りを見渡している。

 というより、これは靄ではない。

 煙だ。

 潰れたゴミ収集車から火の手が上がり、煙が吐き出されているのだった。


「車に火だと!? ま、マズイ!」


 ジャッジメントが叫んだ瞬間、ゴミ収集車は爆発した。生まれた火種がガソリンに引火したのだろう。

 幸いにも規模は控えめで、ジャッジメントが慌てたほどではない。

 辺り一帯に与えられた被害と言えば、爆煙に埋め尽くされたくらいである。燃えたゴミから発生した物も混ざってそうな辺り、吸って体に益があるとは思い難い煙だ。

 だが、これはチャンスである。

 煙に姿が隠れた今しか逃げる時間はない。

 体は……なんとか動く。全力疾走は無理だろうけど。


「へ、神様気取りの馬鹿め。カッコつけて破壊規模がでかい攻撃すっからこんなことになるんだよ。自分の行動が招く結果を知らなかったのはお前もじゃないか」


 捨て台詞を吐いて、私は逃走の一歩を踏み出した。


「……?」


 だが、気付く。

 気付いてしまう。

 無視することが出来ない違和感に。

 


 そりゃ煙で私の正確な位置は分からないんだろうけど、それでも適当な位置に攻撃を落とすことくらいは出来るはずだ。

 だが、それすらしない。

 何やら先を急ぐ用事が出来たらしいのに、煙が晴れるのを指を咥えて待っているのか? 私とジャッジメントの関係はたった数分だけど、彼女がそんな性格をしていないのは十分に知っている。

 ならなぜ攻撃しない。

 を高速で落とさない? 

 もしや──攻撃しないんじゃなくて、のか?


「充満した煙……途絶えた攻撃……もしかして、ジャッジメントの攻撃って……」


 自分の足元すら見えないほどに煙が視界を埋め尽くす中。

 私は光明を見出した。

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