二十三匹目 十二不思議『丑三つ時のハーメルン』 その④

「『ジャッジメント・サザンクロス』……?」


 聞きなれぬ名前を復唱する。


「ジャッジメントってあの、JUDGEMENTか?」

「違う」ジャッジメントは立てた人差し指を振って否定する。「DJUDGEMENT・SOUTHERN-CROSSだ。ちなみにDは発音しない」

「ええ……」


 見た目が奇妙なら、名前の書き方まで珍妙だ。

 蟹玉県は海無し県なので、必然的に外国人の姿は滅多に見られない。故に私は英語に不慣れなのだ。だが、そんな事情に関係なく、目の前に浮遊する金髪の女は極まった珍種だった。


 「『メジャー・ユニフォーム』の報告では『音鳴館』は無人だと聞いたので、『丑三つ時のハーメルン』の調査も不発に終わるんじゃあないかと思っていたが、当たりで助かった。わたしの貴重な時間が無駄になるなんてことはあってはならないからな」

「どうして……私を攻撃するんだ?」


 私の問いに、ジャッジメントはフンと鼻を一回鳴らした。


「なぜ自分に裁きが下されたか分からないのか? つくづく赦し難い極悪人だな──よかろう。罪状くらいは教えてやる」


 つい、とジャッジメントは右手を翳した。


「貴様が『十二不思議』の一員にしてこの街を騒がせる一因である『丑三つ時のハーメルン』だからであり、わたしはそのような悪人を裁く使命を背負った『夢惨』の夢遊者だからだよ」

「夢遊者……ってことは、あなたも私みたいな能力持ちか」その性能には天と地ほどのさがありそうだけど。「そりゃ私はちょっとばかし世間を騒がせたかもしれないけどさ……いくらなんでも、町中から文字を誘拐しただけで体に風穴を開けられるなんて流石に──」


 翳した指がピアノを奏でる様に動いた。次の瞬間、またも何かが銃弾よりも速い速度で落下し、私の肩を貫く。


「ぐ、あがあああああああ!!!!」


 足の傷口を抑える様にして屈んでいた私は、新たに与えられた痛みに悲鳴を上げ、その場で転がった。


「いったあ、痛い! 痛い! 痛いよおっ!!」

「ンッン~♪ 己が罪に苦しめられる悪人が上げる悲鳴は素晴らしいな。あらゆる讃歌にも勝る音色だ」


 ジャッジメントは上機嫌な様子で指を更に二、三度動かした。それに合わせて私の体に付けられる傷も増えていく。こんな傷物にされちゃ、もうお嫁にいけない! 


「貴様が『丑三つ時のハーメルン』として為した罪業は些細ちっぽけなことだ。わざわざわたしが出向くまでもない。しかしだね、そんな小物であっても『オニキス・クローゼット』と繋がっている『十二不思議』なら、話は別なのだよ」


 『オニキス・クローゼット』?

 またアイツの名前か。

 どんだけ有名人なんだよ。


「お前もあの変態と同じで私に『オニキス・クローゼット』を裏切るよう要求しに来た……ってわけじゃなさそうだな」


 スカウトのつもりならもっと穏便なやり方があるだろう。一撃目は己の力を見せつけて私の心を折るためだったとしても、二撃目以降は余計だ。それに、空中から私を見下ろすジャッジメントの視線には殺意しか感じられない。


「羊ェ野サイドねむりこと羊野ねむりさえ打ち破ってみせた『オニキス・クローゼット』は超一級危険夢遊者だ。『夢惨』としてそんな輩を放っておくわけにはいかないし、そんな危険人物が世に放ったという『十二不思議』も同様だ──貴様はここで始末する」

「始末って……物騒すぎるだろ」


 私の生活はシュールな笑いが売りのほのぼの日常コメディじゃなかったのか? 

 いつのまに血なまぐさい能力バトル物になったんだよ。 


「とはいえ、ここまでで致命傷を与えるのは避けておいた──なぜだか分かるか?」

「さあ?」


 今朝の情報番組の占いコーナーで殺生は控える様に言われたから? ──なんて冗談を言おうとしたが、何かが頬を縦に削ったことでその発言は中止させられる。


「『オニキス・クローゼット』について知っている情報を吐け。洗いざらい全部だ。もし言う通りにすれば、グレーターにかけるチーズのように全身をじわじわ削ることなく一撃であの世に送ってやろう。ただし、貴様が逝くのはわたしの国ではなく、地獄だろうがね」

「…………」


 まずいまずいまずい!!

 答えようが答えまいが、どっちにしろ殺されるじゃないか!

 そもそも私は『オニキス・クローゼット』のことなんてよく知らないっつーの! 

 直接姿を見たのも、私に『ブロンズ・エクスペリエンス』をくれた時一回だけだしね。

 とはいえ、そんなことを口に出して抗議した所で、待っているのは死のみだ。

 …………クッソ。こんなことならさっきの全裸の変態の話をちゃんと聞いておくべきだった。初手で攻撃してこなかった分、まだあっちの方がマシである。

 面倒事から逃げた先で更に面倒な問題に直面するというのは、なんだか私らしい気もするけど。全然嬉しくない!

 考えろ。考えるんだ。ここから逃げ出すにはどうしたらいい?

             「『運命』からは逃げられない」

 黙れ。私の思考を乱すな変態。

 生き残りの達人の名に懸けて(今名乗った)、私は絶対にここから逃げ出してみせる! 

 え? 「作品に能力バトルのタグが付いてるのに戦わないとか詐欺じゃない?」だって? うるさいうるさい。『文字に生命を与える能力』でまだ正体すら分からない攻撃系の能力とどう戦えって言うんだよ! 私は『無能力だけど知恵で能力者相手に生き延びる』系統のキャラで行かせてもらうぜ!

 とはいえ、運動不足な引きこもりの時点で走力が低いのに、その上足が撃ち抜かれているとあっては最悪だ。高速で振り落ちる物体どころか、小学校低学年にすら追いつかれてしまうだろう。

 何か逃走経路はないものか──ん? あの音は……アレを使えば……いや、それでも時間が足りない──すこしでも時間を稼ぐには──「おい」思考の海に沈んでいた私の意識は、ジャッジメントの声によって引き上げられた。


「情報を思い出すにしても、走馬灯を見るにしても、十分な時間が経っただろう。改めて問わせてもらおうか。『オニキス・クローゼット』について知っていることはないか?」

「そうだね……私にそれ聞くよりも前に、お前の後ろで透明化したまま拳を振り抜こうとしている『番長』を何とかした方が良いんじゃないか?」

「!? なにッ!?」


 慌てて後ろを振り返るジャッジメント。

 そこには誰も居ない。

 居るはずがない。

 無色透明の空気が漂っているだけである。

 しかし、彼女は誰も居ない空間に意識を向けてしまった。

 その間に私は走って逃げる。

 ハハッ、馬鹿め。

 虚言でその場を誤魔化して逃げるのは私の十八番なんだよ!

 『番長』という引きこもりの私でも知っているくらいに有名であり、K市に与えている破壊規模が『シザー・レザー』なみに大きい『十二不思議』の名前はハッタリとしては十分なくらい機能しただろうし、その上『透明化している』なんて嘘の情報はジャッジメントを何もない空間に注視させる時間をほんの僅かではあるものの延長させることが出来たはずだ。

 「パッと見では誰もいないように見えるけど、透明になっているからか?」という疑心暗鬼に陥る感じでね。

 『番長』とやらが空中に浮かぶジャッジメントの背後を取れて透明化できるかなんて私は全然知らないが、まあそんなことはどうでもいい。

 とにもかくにも、私を殺さんとする目を少しの間だけ外させることが出来たのだ。 

 それで十分!

 あとはに掴まりさえすれば! ──一歩進むごとに体中の穴という穴が痛覚の大合唱を奏でるが、それに構っている暇はなかった。

 

「くっ、わたしを欺くとは不敬な! わたしの宇宙夢『Kキック・ザ・レインボー』で撃ち殺してくれるわ!」


 背後からそんな怒声が響くと同時に、凄まじい数の何かが降り注いだ。

 それらは私の体だけでなく、地面に敷かれたコンクリートも穿っていく。

 

「無駄だ無駄無駄! どれだけみっともなく走ろうが、わたしからは逃げられない! そんな足でどれだけ走ったところで無駄なのだ!」

「そうだな。こんな足でお前から逃げるなんて不可能だ──だから」


 私はようやく追い付けたゴミ収集車の車体の後ろに掴まった。昼前のこの時間帯は、丁度市内で回収作業がされているのだ。収集中にスピーカーから流す特徴的なメロディでその位置が分かったので助かった。

 そしてタイミングよく、私を乗せたゴミ収集車は走り出す。ジャッジメントの姿はどんどん小さくなっていった。


「これが私の逃走経路だ」

 

 足が無理なら、車を使うだけだ。

 『燃えるゴミは月・水・金』ってね。社会のゴミである私が乗るにはピッタリな車だ──あれ? 自分で言ってて涙が出てきたぞう?

 よし。

 これでひとまず距離を取ることができ──上空で何かが光った。

 その光を視認した瞬間、私が掴まっていたゴミ収集車の屋根が凹み、金属製の車体がペーパークラフトだったかのように軽々と潰れる。中に収集されていたゴミが紐を引かれたクラッカーみたいにばら撒かれる。

 まるで隕石が直撃したみたいな衝撃だ。

 それに巻き込まれて、私もゴミと一緒に宙を舞い、道沿いの石塀に叩きつけられた。

 全身を強かに打ちつけた私が顔を上げると、そこにはジャッジメントが浮いていた。これまでの僅かな時間に空中を移動して追いついたらしい。


「言ったろう? わたしからは逃げられないと」

「は、はは……どちらかというと、大魔王なんじゃないすかね?」


 軽口にすら力が籠らない。

 なんだこの圧倒的な破壊力は?

 こいつの能力はいったい──いや、それを明らかにしたところで私程度のちっぽけな存在が敵うはずもない。

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