二十二匹目 十二不思議『丑三つ時のハーメルン』 その③

 『オニキス・クローゼット』を裏切ってくれ。

 ヌーディストがそう言った瞬間、私は踵を返して逃げ出した。

 裏切りとかなんだよ。

 そもそも私は『オニキス・クローゼット』の仲間になったつもりもないからね。

 宇宙夢を貰っただけで、友達付き合いをしていたわけでもないし。

 この誘いには物騒な予感しかない。

 これ以上関わっていたら碌な目に合わないだろう。

 こういう面倒事からはさっさと逃げるに限る。生まれてこの方ずっと逃げ続けてきた私が言うと、重みのある言葉だなあ。自分で言うことじゃないけど。

 あっ。

 でも私が『丑三つ時のハーメルン』だと知っているってことは、ここで逃げたら拙いのかな? 

 警察にタレコミされたりして……いやいやいや。「『丑三つ時のハーメルン』は宇宙夢という超能力を使う引きこもりの女の子なんですよ」と言われたところで、警察が信じるわけがないだろ。大丈夫大丈夫。他にもここで逃げ出したら色々と面倒なことになりそうな気もしてきたけど、今は考えないことにした。問題はなるべく後回しにするべきだからだ。

 空からは日光が降り注ぎ、私の肌に容赦なく照り付ける。

 そんな状況下で年単位で久方ぶりな全力疾走をしているのだから、私の体はあっという間に悲鳴をあげるのだった。

 首から上だけを振り向かせて、背後を確認する。

 私は究極のインドア派故に慢性的な運動不足なので、追いかけてこられたら拙かったのだが、ヌーディストはその場から動いていなかった。

 代わりに肩を竦め、やれやれと首を横に振っている。


「トラブルと対峙して真っ先に取る行動が逃亡ソレか。まあ批難はしないさ。むしろ生存戦略の面で考えれば、賢い選択だと褒めるべきだろう──だけどね、いま君が巻き込まれている『運命』はそんな簡単に逃げられるようなものではないんだ。『運命』はいつか必ず君に追いついて、その足を掴むだろう」


 なんて訳の分からないことを言っている。


「もし君が『運命』に対して逃走ではなく闘争の意志を持つようになったら、その時は市内西部の住宅街にある『音鳴館』を訪れるといい──賢明な判断を期待しているよ」

 

 私が角を曲がる直前、全裸の女はそう言ったのだった。

 『音鳴館』? 

 なんだそれ? ……いや、待てよ。どこかで聞いた気がする……ええと、なんだっけ。ああ、そうそう。たしか『十二不思議』のひとつに数えられている建物だよね。いわゆる幽霊屋し空から高速で振ってきたが、私の足を撃ち抜いた。


「え?」


 直径一センチほどの穴が開いた足を見下ろす。

 が高速で通過したことにより、断面は摩擦熱で焼け焦げていた。

 そんな痛々しい傷口を目にしたことで、痛覚が遅れてやってくる。


「えひぃっ、ぎっ、いだああああああああああああああああああ!!!!!!」


 なんだ。なんだ。なんだ!?

 何が起きた!?

 足を押さえて苦痛に悶える。

 私の頭はパニックに陥っていた。

 いったい何が落ちてきたんだ? 雹か? いや、雹が落ちてこんなことになるわけがない。空を見ても、そこには晴れの空が広がっているだけである。雲自体はあるにはあるが、雹が降る天気には見えない。

 じゃあなんだ? 『何かが降ってきた』というのは私の勘違いで、実は上→下ではなく下→上の方向に穴が開いた、つまり地面に転がっていた釘のようなものを踏んでしまっただけだとでも? しかし、涙で滲みかけの視界で辺りを見渡しても、長っ細く尖った物体は見当たらなかった。

 ?

 ??????

 じゃあ、なんだ?

 何が私の足を貫いたというんだ?

 まさか、あの全裸の女が勧誘を断られた腹いせに、何らかの宇宙夢を使って攻撃してきたのか? 

 いや、そんな力があるなら私が逃げ出そうとした瞬間にやればいい話だろう。


「必死に頭を働かせているようだな、『丑三つ時のハーメルン』」


 声がした。

 東の空からだった。

 顔を上げる。そこにはひとりの女が

 日本人離れした長い金髪。空のように真っ青な瞳。神々しさを感じさせられるくらいに整った容姿をしているが、着ている服は何故かジャージであり、奇妙なミスマッチを起こしている。


「だが無駄だ。わたしが下す裁きを、ただの人間が理解できるはずがないのだからな──わたしの名はジャッジメント・サザンクロス。夢遊者の世界では『夢惨』の『ジャージ・メント』という通称コードネームの方が有名か?」


 『運命』からは逃げられない。

 先ほど全裸の女が言った台詞が、なぜか脳内でもう一度再生された。

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