十九匹目 十二不思議『音鳴館』 その③

 遅達洋善が牛腕れいらの宇宙夢を知っているという矛盾に羊野ねむりが気が付いた瞬間、彼女の世界は歪み、溶け、綻び始めた。

 まるで夢が醒めていくみたいに。

 次の場面は『音鳴館』の門の前ではなく、屋内の部屋だった。

 豪奢な家具が並んでおり、天井にはシャンデリアが吊り下がっている。窓のカーテンは閉じられていて、外からの光を遮断していた。

 

「ここは……? 怪物は何処に……?」


 周囲を見渡しながら、洋善は自分の頬を抓った。


「いたっ! ──ということは、夢じゃない!?」

「そのとおり」


 部屋の隅にあるベッドの方から肯定の返事がした。

 目を向けると、そこにはパジャマ姿の少女が寝転がっていた。洋善の半分も年がいってなさそうな幼女である。


「ようこそ客人。『クラブ・アンリアリティ』による非現実的アンリアリティな白昼夢から目覚めたようじゃな──自己紹介と余興を兼ねたちょっとした夢じゃったが、どうだったかのう?」

「白昼夢……? まさか、これまで私たちが体験していた出来事や、あのめちゃくちゃな怪物はあなたの宇宙夢が見せた幻覚だったの?」

「左様」


 ねむりの問いに、パジャマの幼女は首を縦に振った。


「儂の宇宙夢『クラブ・アンリアリティ』はこの館に触れた者を強制的に白昼夢の世界に引きずり込む能力じゃ。寝ている間の無防備な体に命令を下し、簡単な行動を取らせることもできる──例えば、門から館の中まで移動させる、とかの」


 その説明を聞いて、ねむりは驚いた。

 『クラブ・アンリアリティ』の能力に、ではない。

 それを発動するための条件に、である。


「ふつう、宇宙夢の発動条件は本体の視覚に依存するんだけど、あなたの場合は違うようだね──自分が行う世界の認識ではなく、他者の世界の認識に依存している……言うならば『自動発動系』の宇宙夢かな?」

「さあの。生憎見た目通りの頭脳しか持ち合わせてない童子である故、そういう頭を働かせるような考察はしたことがない。どうしても気になるというなら貴様で勝手にやるがよい」

「それにしては随分年寄りじみた喋り方をしてますね」洋善はパジャマ幼女が登場してからずっと気になってたことをついに言った。

「一緒に暮らしていた祖父の口調が移っただけじゃ」

「はあ、なるほど……ん?」


 一緒に暮らしていた?

 暮らしている、ではなく?

 過去形?


「ああ、そうじゃ」洋善が違和感を抱いたのを悟ったパジャマ幼女は、顔を僅かに俯かせながら言った。「かつて、この館では儂と祖父と姉の三人で暮らしておったんじゃがの──二週間前に『オニキス・クローゼット』によってふたりとも殺されたんじゃ」


 東西東西。



「自己紹介が遅れたが、儂の名前は音鳴おとめいすぴか。

「七歳の少女であり、世間が言うところの『音鳴館』の住民じゃ。

「今の医療技術じゃ奇跡が三度起きても治らない病に罹っておるんじゃ。

「所謂、不治の病じゃな。

「ケータイ小説によくあるやつじゃ。

「もちろん、両親は儂を治すべく方々を駆けまわったが、有効な治療法はなにひとつとして見つからなくてのう。

「最終的に彼奴らが出した結論は、都会から離れた閑静な住宅街でひっそりと過ごさせ、余生を充実させようというものじゃった。

「こうして儂は親元を離れ──あるいは腫物のように切除されて、こんな辺鄙な地方都市で暮らすことになったのじゃ。

「とても七歳の少女が受ける扱いとは思えぬよな。

「虐待として訴えれば勝てるくらいには酷い。

「じゃが、同時に憎もうにも憎めない事情もあるのじゃ。

「なにせ、儂の治療の為にアレコレと手を尽くすもそれら全てが失敗に終わっていた両親の姿は、それはもう酷い有様じゃったからの。

「心の病にかかって、儂より先に死にそうなくらいじゃった。

「それに、親元を離れたとはいえ、儂はひとりぼっちではなかった。

「祖父と姉も付いてきてくれたからの。

「おかげで全然寂しくなかったわ。

「こんな広い館を三人だけで過ごす生活は、充実した余生だったと言えるじゃろう。

「正直な話、「このまま終われるのなら、結構満足かもしれんな」と思ったほどじゃ。

「じゃが、平穏だったはずの儂の余生はある日を境に狂うことになる。

「始まりは──そうじゃのう、二週間前──いや、違う。三か月前か。

「儂の姉、音鳴するまが宇宙夢に入眠したんじゃ。

「もっとも、当時は宇宙夢なんて名称も知らなかったから、単に超能力や魔法の類だと思っていたがの。

「突如として降って湧いた異能──じゃが、姉は決してその力に溺れるなんてことはなく、寧ろ自制を心掛けておった。

「妹である儂でさえ、その能力が使われているところを片手で数える程度しか見ていなかったくらいにの。

「じゃから、姉はK市の夢遊者の事情だとか問題に触れる機会が殆どなかったのじゃ

「特定のグループに属することも無かったからの。

「故に、『獏夜』の崩壊も『春眠』の壊滅も知ることがなかった。

「それを知ったのは二週間前のことじゃった。

「夜更けに何者かが訪れての。誰かと思って戸を開けた祖父が、次の瞬間には死んでいた。

「誰の仕業かなど、言うまでもないじゃろう──『オニキス・クローゼット』じゃ。

「「「春眠」トイウ一大勢力ヲ潰シタ今、一番厄介ナノハ君ノヨウナ何処ニモ属シテイナイ夢遊者ナンダヨ。ソレニ、君ノ宇宙夢ハ無視スルニハ強大スギル」──彼奴はそう言って、襲い掛かってきたんじゃ。

「姉は必死で抵抗した。

「じゃが、最後に勝敗を分けたのは戦闘の慣れだったようじゃな。

「いたずらに能力を振るっていなかった姉では、『オニキス・クローゼット』に敵わなかったわ。

「こうして祖父が殺され、姉が敗れ、最後に儂だけが残された。

「じゃが、『オニキス・クローゼット』が儂に手を掛けることはなかった。

「「どうせ近いうちに死ぬ病人だから殺さずともよい」とでも思ったのか?

「その真意は分からん。

「じゃが、何もしてこなかったわけではなくての。

「奴は去り際に、儂の体に一冊の本を埋め込んだ。

「表紙に刻まれていたタイトルは『クラブ・アンリアリティ』。

「先ほど披露した宇宙夢じゃ。

「ひとりぼっちになった儂は、『オニキス・クローゼット』が与えたこの力で彼奴に復讐しようと誓った。

「じゃが、それは無理な話じゃった。

「この能力が発動するのは『館に触れた対象』だけじゃからの。

「『オニキス・クローゼット』がこの館を再訪でもせぬ限り、このプランは絵に描いた餅にしかならぬわ。

「ん?

「「そういえば、白昼夢に出てきた尺里粍は現実ではどうなったの?」じゃと?

「ああ、彼奴は昼前にこの館を訪れてきたからの。

「『この屋敷には誰も居ない』という白昼夢を見せて帰らせたわ。

「じゃから、夢の中で見たような悲惨な末路は辿っておらんよ。

「今頃、T都の『夢惨』本部で非現実の報告を済ませているじゃろう。

「で──話を戻すが、『クラブ・アンリアリティ』を用いた復讐が叶わぬと知った儂は、他者の手を借りることにした。

「『オニキス・クローゼット』がこの館に現れた時に言った台詞を信じるなら、K市には野良の夢遊者も少なからずいるようじゃからな。

「情報を集め、人脈を作り、網を広げる──そうしている内に、いつしか儂がいる館の噂が広まり、『十二不思議』なんてものの仲間入りなんてしてしまったのじゃ」



「はえ~、なるほど」すぴかの話を聞き終えた洋善は納得したように頷いた。「じゃあ、目撃者ごとに屋敷の噂話が違っていたのは、それぞれが見せられた白昼夢の内容が違っていたからなんですね」

「洋善さん、今の話聞いて真っ先に出てくる感想がそれなの?」

「いや、噂好きの小市民としてはずっと引っかかっていたので……」


 ねむりはすぴかに向き直り、口を開く。


「最終的な目的が同じ以上、あなたと協力してもいいよ」

「おお、それはありがたいのう」

「ただ、協力関係を結ぶ前に、ひとつ聞きたいことがあるんだけど」

「なんじゃ?」

「私たちをここに来るよう勧めたのは誰?」


 あの時ルーフの上からねむり達に語り掛け、そしていつの間にか消えていた人物。

 その正体は謎のベールに包まれている。

 だが、誘導された先の館の住民であるすぴかなら知っているはずだ。


「いや、知らんが……」


 ねむり達は昭和の漫画みたいにズッコケそうになった。


「し、知らないって……そんなわけあるんですか? ねむりさん、ひょっとしてこの子、嘘をついているんじゃ……」

「いや、それは無いよ。蟹玉式観察術嘘発見の型によれば、彼女が本当のことを言っている確率は1000%だ」

「『音鳴館』の噂は結構広く流れているからのう。儂はそれを聞きつけてここを訪れた者の中から、強くて仲間になれそうな奴を選んでいるだけなんじゃ。じゃからその問いは儂の方が言いたいくらいじゃよ。『ここを知ったきっかけはなんですか? 1.家族からのすすめで 2.知人、友人からのすすめで 3.広告を見て』みたいな感じでの」

「よくあるアンケートの質問ですかッ!!」


 すぴかですら知らない以上、ますます謎めいてくる。

 何も分からない洋善達は、顔も知らない彼女が敵にならないよう祈るしかできない。


「ともあれ」すぴかはぱんと手を鳴らし、話の流れを変えた。「これで打倒『オニキス・クローゼット』のメンバーは五人。かつてあったというK市の自治組織『春眠』の規模には遠いかもしれぬが、たったひとりの悪人を追い詰めるにはそれなりの数となったじゃろう」

「五人? 三人じゃないんですか?」

「いや、お主たちよりも前にここを訪れた者がおっての。しかも儂と同じく『十二不思議』でありながら、『オニキス・クローゼット』に立ち向かう道を選んだ夢遊者じゃ──上を見るがいい」


 言われるままに洋善は顔を上げた。

 だが、そこにはシャンデリアしか──否!

 シャンデリアの上に誰かがいるではないか!

 シャンデリアが邪魔になってはっきりとは見えないが、一人の人間がいることだけは分かる。


「紹介しよう。泥……いや、『十二不思議』として世間で知られている『パッチワーカー』の名で呼んだ方がいいかの。奴は人を見下すのが大好きでの。この部屋に居る時はずっとああしてこっちを見下しておるんじゃ」

「はあ、そうですか……で、もうひとりは何処にいるんです?」

「えーと、その、なんというかの。性格の問題というか、職業病というべきか……もうひとりの方はあまり姿を見せないんじゃ。少なくともこの部屋にいるのは確実なんじゃが」


 『クラブ・アンリアリティ』の発動条件が前述した通りである以上、その本体であるすぴかは条件を満たしている=館に触れている人物の位置を把握することが出来るのだ。


「…………」

「…………」


 ひとりは高いところから降りてこず、もうひとりは姿さえ見せない。週刊連載のまだデザインが決まってないからシルエットやローブ姿で出てくるキャラクターみたいな仲間たちを前に、洋善とねむりは思った。

 本当にこれで大丈夫なのか!? ──と。

 まあ、狂人のねむりも普通の小市民である洋善も、他人の性格についてどうこう言える立場ではないのだが。 



 音鳴すぴか、七歳。

 十二不思議『音鳴館』の住人にして不治の病の患者。

 祖父の影響で年寄りじみた喋り方をするが、実年齢は見た目のまま。

 祖父と夢遊者の姉の三人でくらしていたが、二週間前に姉が『オニキス・クローゼット』との戦いに敗れ、家族を皆殺しにされる。その時何故かすぴかだけは見逃され、宇宙夢の本を入れられた。

 現在は『音鳴館』にこもっており、時折訪れる友好的な夢遊者に住処を提供し、復讐の機会を待っている。現在の仲間は洋善達を含めて四人。

 所持宇宙夢は『クラブ・アンリアリティ』。自己の視覚ではなく他者の行動がスイッチとなって発動する『自動発動系』という珍しい能力。『音鳴館』に触れた者を強制的に非現実アンリアリティの白昼夢に引きずり込む。また、白昼夢に陥っている人物に夢遊病患者のように単純な行動を取らせることができる。視界外でも発動は可能だが、相手が条件を満たさないと発動しないという弱点を持つ。

 好きなケーキはブッシュドノエル。

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