十七匹目 十二不思議『音鳴館』 その①
羊野ねむりと遅達洋善が『音鳴館』の門の前に到着したのは、時刻が午後に突入して暫く経った頃だった。
空のてっぺんには太陽が見える。しかし『音鳴館』の周辺だけは夕刻の如き薄暗闇が漂っているように見えた。無論、これは目の錯覚だろう。そんな風に見えるくらい、館は不気味なオーラを纏っているのだ。
鉄柵で出来た門の前に立ち、中を覗く。木々が鬱蒼と生い茂る庭が広がっており、その先に館の扉が見えた。
門の両脇に立つ柱に目を向けてみるが、インターホンなんて気の利いたものは無い。
「歓迎してくれているようには見えませんね」
「そりゃそうだよ。私たちがここに来るってことを向こうが知っているとは限らないんだからね」
「あ、そういえばそうか」
呼び鈴がない以上、ここは家主に許可を取らないまま這入るしかない。
洋善は恐る恐る門に手を伸ばした──その時だった。
「おーい」
塀の上から声がした。
間延びした声である。
顔を上げると、そこにはひとりの女が立っていた。
全身に鎖を何本も巻き付けており、その先端には鎌や鉤爪などが生えている。腰には右に二本の長剣、左に三本の短刀が提げられている。更に両腕には手甲を装着していて、そこから指先方向に向かって鋭い針が何本も伸びていた。ウルヴァリンみたいな武器だ。
「お前たちがこの館に何の用で訪れたかは知らーんが、私が先客だ。そーして私が来た以上、この館の住人が生きてお前たちに会うことは絶対になーい。分かったらさーっさと帰るんだな」
「その聞くだけで不快指数が急上昇する声は……! あなた、もしかして『
「ん? どーして私の名を知っている……おや、よく見てみればお前は羊野ねむりじゃーないか!」
そのことに気付くと、『尺里粍』と呼ばれた女は大口を開けて笑った。
「はーっはっはっは! そのザマはどうした! 全身生傷塗れのお前など見たこともなーいから、うっかり見知らぬ別人かと思ってしまったぞ」
「ここに来るついでに爆弾魔を殺してきたんだ。実際に手を下したのは私の隣にいる子なんだけど」
「たしか今朝、大噛がお前を殺すと意気込んで出て行った筈なんだが、どーした?」
「あの子なら滑って転んで頭を打って爆死したよ」
「壮絶な最後だーな。あのポンコツにはぴったりかもしれん。はっはっはっは!」
大噛の死に様がツボにはまったのか、粍はまた笑った。
「あの、ねむりさん」ねむりの脇腹を肘でツンツンと突く洋善。「もしかして、この人も『夢惨』のメンバーなんですか?」
「そうだよ。『
「あ、勝ちはしたんですね」
それにしてもこんな短時間で二度も『夢惨』の刺客に出くわすとは。
先ほど出会ったキバ子が言っていた目的を思い出した洋善は、咄嗟に身構える。
しかし粍は、好戦的とは程遠い態度で、洋善が放った気迫を受け流すだけだった。
「あー、やめておけ。大噛がお前らに何をしたか大体察しているが、私にそのつもりはない。そんなことよりはまず先に『オニキス・クローゼット』とやらの件を片付けなければいかんからな」
「そ、そうですか……」
てっきり『夢惨』は敵対的な組織かと思っていたが、そんなことはないのかもしれない──そう思った洋善はほっとした。
「そもそも、お前たちみたいな雑魚はいつでも殺せるかーらな。それよりもまずはこの『音鳴館』にいーるらしい『十二不思議』をとっ捕まえて拷問して調教して洗脳して破壊して殺害するのが最優先だ」
「……………」
前言撤回。
そもそも『夢惨』に『オニキス・クローゼット』の件を片付けられては蟹玉に未来はないのだ。だから、ここで粍を行かせるわけにはいかないのである。
「無駄な探索なんてせずに『オニキス・クローゼット』の件は私たちに任せたーまえ。盲目の無能と目覚めたてのヒヨッコがいたところで役に立つはずもなーい。君たちは大人しく指を咥えて待ちながら、今からT都民のドレスコードを満たす服を持っているか心配するんだーな」
「この! 言わせておけば……!」
「それとも」
その瞬間。
粍が放っている気配が急激に変わった。
どこか気が抜けているようにすら見えた気配から、剃刀のように鋭い殺意を含む気配に。
「ここで私と戦うか? よろしい。そーっちがその気なら、まずはお前を私の『ロードオブメジャー』で殺してやろぅっ、げぶぎゃあああああああああああああーああああああああ!!!!」
粍が立っていた塀が爆発した。
というより、屋敷の方から砲弾が飛んできた。
意識を完全に洋善達の方に向けていた粍は飛来してきたそれに気づかず、見事命中させてしまったのである。
「……………!!」
本日何度目かの爆発を目撃した洋善たちは急いで門から離れ、塀の影に隠れた。
「な、なななな、なんですかアレは!」
「どう考えても『音鳴館』からの攻撃だったね──おーい、粍! 生きてる?」
「シンデマス」
死んでた。神様! 神様ー!!
煙が晴れると、地べたには塀の瓦礫に混ざって焼け焦げた粍の死体が転がっていた。
「ルーフの上に居た誰かは『「音鳴館」の夢遊者が仲間になるかもしれないから』ここにいる夢遊者を勧めたんじゃないですか!? なのにどうして砲撃を……」
「デマの情報を掴まされたか、それとも『音鳴館』の夢遊者がやっぱり『オニキス・クローゼット』側についたのか……どちらにせよ状況はよろしくないといえるだろうね」
塀の影で『音鳴館』の出方を待つ。
暫く経っても二撃目の砲弾はない。
「……洋善さん。あなたの宇宙夢の羊ってどこまで飛ばせる?」
「覚醒したばかりなので正確にどこまでいけるか分かりませんけど……少なくとも館の玄関までは大丈夫なんじゃないですかね」
「それで十分だ。やってみてもらってもいいかな?」
洋善は頷き、『ウールチェイン』でミニチュア羊を具現化させた。
ハンドサインで羊に指示を出し、門から玄関までの間の空中を走らせる。
闇を切り、木々の隙間を抜け、玄関まであともう少し──その瞬間、羊は叩き落とされた。
音速で走っていたはずなのに、ハエのようにあっさりと潰されたのだ。
「!?」
息を呑む洋善。盲目のねむりも、羊が地面に衝突した音を聞いたことで何があったかを知る。
羊を叩き潰したのは、巨大な手のひらだった──巨大な手のひらを持つ怪物だった。
地球上の動物で例えるなら、ライオンとグリズリーとシャチを足して三をかけた四足歩行の肉食獣と言うべきか──体長は五メートルで、体高は二・五メートル。針金で作ったかのような長くて太い銀色の毛。牙が生え揃った大きな口と、そこから立ち上る煙。はちきれんばかりに膨らんでいる全身の筋肉は、暴力的な生命力に満ちている。瞳は赤色に光っており、炎じみていた。喉奥からは地獄のような鳴き声が響いている──音が、鳴っている。
「か、怪物……!」
冷汗が洋善の頬を伝い、地面へと落ちた。
◆
尺里粍。
『夢惨』特殊部隊『
十七歳。
T都出身T都育ち。伸ばしがちな口調が特徴。
のんびり屋さんだが使命感は強く、敵となる相手には恐ろしく非情。
所持宇宙夢は現象誘発系『ロードオブメジャー』。
視界内の物体(生物以外)を長くしたり短くしたりする。長さの変更にかかる時間は一瞬であり、たとえば遠く離れた相手の胸に鉛筆を向けた状態で能力を発動すれば、音よりも光よりも速い速度で鉛筆の先端は対象の心臓に到達する。縮む時も一瞬なので、傍目からは胸に一瞬で穴が空いたようにしか見えない。物体を伸ばす際に遮るような位置にある障害物は硬度に関係なく消滅する。普段は体に巻き付けている鎖や携帯している刃物を長くしたり短くしたりすることで瞬間移動や攻撃に応用している。
好きな麺類は素麺。
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