十四匹目 十二不思議『すっころび通り』 その④
「『海』……『滝』……『池』……」
肉体の司令塔にあたる部分が吹き飛んで糸が切れた操り人形のように倒れた大噛キバ子を見ながら、遅達洋善はさんずいが付く漢字を呟いていた。しかし鼓動が鳴らす早鐘は一向に収まらず、寧ろ音量を増すばかりである。
五つから四つに減った感覚のひとつである聴覚が爆音に支配されたねむりは、咄嗟に防御の構えを取っていた。幸いながら爆風と爆熱はねむりたちの元まで届いていてはいない。爆発に合わせて飛び散ったキバ子の肉片が少し付着したくらいだ。しかし爆発の規模的にキバ子があと一歩でも前に進んでいれば、ねむり達も無事では済まなかっただろう。
「キバ子が爆発した……? 彼女の宇宙夢に『爆発』なんてなかったはず。これはいったい……」
「そ、そうだ……ここは『すっころび通り』だった」
洋善は震える声で呟いた。
「『流』……都市伝説の類が地図に記載されるはずがないし、私も実際にフィールドワークで来たわけじゃないから今の今まで気が付かなかったけど、ここは『すっころび通り』じゃないですか!」
『すっころび通り』。
『十二不思議』のひとつに数えられる道の名前を言いながら、洋善は辺りを見渡す。
一見なんの変哲もないように見えるが、そこで今しがた起きた現象は『奇妙』以外の形容が見つからないものだった。
それにしてもまさか『音鳴館』に行く最中にうっかり『すっころび通り』を通ってしまうとは、と洋善は頭を抱えたくなる。だが、狭いK市に十二個もの怪異が犇めいていれば、こんな事態が起きるのも致し方ないことなのであった。
「『すっころび通り』……名前からしてどんな都市伝説かは大体想像がつくけど、『人間が突然爆発四散する』なんて内容まで付いているのかな?」問うねむり。
「まさか」洋善は否定した。「『すっころび通り』の噂は『そこを歩くと滑って転びやすい』だけですよ。『転んだら数字が体に刻まれる』、ましてや『数字のカウントダウンがゼロになったら爆発する』なんて噂は聞いたことがありません」
その時、洋善は視線の先──先ほどキバ子が現れたのと同じくらいの場所──に女の姿を認めた。
黄色と黒のストライプのスーツを着ている。見た目から自分が要注意人物であることをこれでもかと主張している女だ。
「チィッ」
女は舌打ちをした。離れた場所に居る洋善の耳にまで届くほどはっきりとした舌打ちだった。
「三人まとめて始末してやろうと思ったが、どうやらギリギリ無事だったようだな。羊野ねむりと遅達洋善、どうやら君たちは中々『失敗』しないらしい」
「だ、誰だお前は!」
「問われれば答えよう。それが
女は傲岸不遜な態度で名乗った。
「『すっころび通り』の番人? ならあなたがキバ子を転ばせて、爆死させた犯人──いや、違うか」
「その通り。さすが羊野ねむり。『オニキス・クローゼット』に視力を封じられた今でも、その観察眼は衰えていないらしい」一矢は芝居がかった動作で手を鳴らし、ねむりの考察を褒め称えた。「お前が言う通り、あの痴女みたいな女を転ばせたのは『すっころび通り』そのものだが、爆発させたのは我が宇宙夢『ドゥームズデイ・クロック』によるものさ」
「『ドゥームズデイ・クロック』? ……いや、それよりも」
今この女、おかしなことを言わなかったか?
奇妙なことを言った気がする。
大噛キバ子を転ばせたのは、足元の泥濘でもなければ、他に控えていた夢遊者でもなく、『すっころび通り』そのものだと?
そんな言い方、まるで道自体が特殊能力を持っているみたいじゃないか。
「『みたい』ではなく、まさしくそうなのだよ──少し昔話をしてやろう」
東西東西の切り出しもなく、一矢は語り始めた。
「昔、といってもそれほど昔ではないが、この街にはひとりの夢遊者がいた。どんな宇宙夢を持っていたかは不明だが、まあそれはどうでもいいことだ。重要なのは彼女がとある戦いの末に『滑って転んで頭を打って死んだ』ということなのだから」
滑って転んで頭を打って死ぬ。
およそバトル物の決着ではありえない死に様に笑いを堪えながら、一矢は話し続ける。
「敗北という『失敗』を味わった彼女は本来ならそこで舞台から退場してしかるべきなのだが、彼女の死への無念によるものか、あるいはK市が持つ不思議な魔力によるものか、その時不思議なことが起きたのだよ。彼女の宇宙夢とこの道が融合し、全く新しい怪奇現象『すっころび通り』を生み出したのさ」
「!? そんなこと……!」
「ありえない、と否定したいならすればいい。私は『オニキス・クローゼット』から聞かされたことをそのまま言ってるだけだ」
だが。
「貴様たちがたった今目撃した『すっころび通り』による転倒! そして我の『ドゥームズデイ・クロック』の『視界内で転んだ人間に五秒後に起爆するカウントダウンを付与する能力』は誰にも否定できない事実なのだァーーーッ!!」
一矢が明かした『ドゥームズデイ・クロック』の能力を知った洋善は絶句した。
五秒後に起爆するカウントの付与。
そんなのほぼ即死技だ。
「しかも発動条件は『転んだ姿を視界に収める』ですって? そんなの『すっころび通り』と相性が良すぎます。たとえるなら、サイモンとガーファンクルのデュエットやウッチャンに対するナンチャン、高森朝雄の原作に対する、ちばてつやの「あしたのジョー」みたいなものじゃないですか」
冷汗を垂らしながら洋善は言った。
その反応を見て、一矢は得意げな顔をする。
「さあ、どうする? このまま尻尾巻いて逃げるか? ひょっとすれば、転ぶことなくこの道から出られるかもしれないぞ?」
「くっ……!」
洋善の網膜には弾け飛ぶキバ子の姿が鮮明に焼き付いていた。今すぐここから逃げたいという恐怖心が刺激される──だが。
それ以上に使命感があった。人の命を容易く奪える夢遊者を放ってはおけないという『意志』があったのだ。
だから──
「ここで引くなんてありえない! 『音鳴館』に行くついでに、私とねむりさんであなたを倒す!」
そんな言葉を。
宣戦布告と己への鼓舞が合わさった言葉を。
遅達洋善が言った瞬間だった。
ずる──と。
敵に近づくべく踏み出された一歩はあっさりと滑り。
彼女の肉体は地面から離れた。
このままでは一瞬後には地面にぶつかる──転ぶ。
その先に待っている運命は言うまでもない。
一矢との間にある距離は一般的な女子高生が全力で走っても、五秒で到達できない長さだった。ましてやオカ研でインドアな洋善なら猶更である。だから、転んだ後で走って距離を縮めて爆発する前に決着をつける、なんて力業も不可能だ。おそらく、一矢はそれも計算してあそこから姿を現したのだろう。
そしてもうひとつ。洋善はあるものを見つけていた。
それは路肩に生えている木の葉っぱに隠れて、こちらにライフルを向けている小さなスナイパーの姿だった。その銃口からは硝煙が昇っていた。
(まさか、あれが『すっころび通り』の宇宙夢!? ドラえもんの『ころばし屋』みたいに、私を撃って転ばせたんですかッ!?)
気が付いたところでもう遅い。
地面は洋善の眼前まで迫っていた。
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