十三匹目 十二不思議『すっころび通り』 その③

 その女はいつの間にか洋善達の行く手を遮るようにして立っていた。

 チューブトップとホットパンツで構成された露出度の高い服装。タグがついた首輪。頭にはケモミミが生えており、不敵に笑う口からは鋭い犬歯が覗いている。

 T都の原宿辺りならともかく、蟹玉県のK市ではあまり見ない奇抜な格好だ。

 ケモミミ少女とのエンカウントを受けて、洋善は立ち止まった。一方、ねむりは盲目故に己の前方に何者かが立っていることを把握できていない。足音から洋善が立ち止まったことは察したのか、不思議そうに首を傾げている。


「急に立ち止まってどうしたの洋善さん?」

「その、ええと、なんていえばいいんですかね。痴女みたいな恰好をしているケモミミ少女が道の向こうにいるんですよ」

「ケモミミ? それってもしかして──」


 ねむりが続く台詞を言うよりも前に、ケモミミ少女が狼の遠吠えのような声を上げた。

 それを聞いた途端、ねむりは驚愕に顔を歪める。ケモミミ少女は不敵な笑みを保ったまま喋り始めた。


「ガァルルル……この遠吠えを聞けばガゥだって分かるだろ? 羊野ねむり」

「あなたはまさか……『夢惨』の大嚙おおかみキバ子!?」

「ねむりさん、知り合いですか?」


 洋善は横から小声で訊ねた。『夢惨』の話は先ほど聞いたばかりだし、ねむりの話し方からして顔見知りの仲であろうことは想像に難くない。


「うん、ちょっと前に『春眠』K市支部と『夢惨』で小競り合いがあった時に戦ったことがあってね……どうして彼女がここに」

「おいおい、おまえが無力化した今、K市で起きている一連の事件を解決してやろうという慈悲深い気持ちをもって遠路遥々やってきたガゥたちに対してその言い方はないんじゃないか?」


 キバ子がそう言った瞬間、洋善達の体は冷えた氷の結晶の如く固まった。


「そ、そんな!? やっぱりねむりさんが視力を奪われたという情報は『夢惨』に筒抜けだったんですか!?」

「ガゥたちの情報網を舐められては困るぜ。おまえたちが例の殺人鬼を倒した翌日には情報を掴み、更に翌日にはの出動指令が出され、昨晩には蟹玉にやってきたのさ」


 特殊部隊。

 キバ子が口にしたそのワードを、ねむりは聞き逃さなかった。


「あなた以外にも『夢惨』の連中が……いや、まさか、あの伝説の部隊チーム──『星屑十二字軍スターダスト・クルセイザーズ』がこの街に来ているというの!?」

「『星屑十二字軍スターダスト・クルセイザーズ』?」洋善にとっては聞きなれぬ単語だった。

「『夢惨』が誇る上位ランクの夢遊者を集めた戦闘集団だよ。一度奴らが動き出せば、あとには焦土しか残らないと言われている」

「そんな核兵器みたいな夢遊者がいるんですか!?」愕然とする洋善。

「フフン、ガゥたちのことをよく知っているじゃあないか羊野ねむり。前線から引いて、解説役にシフトでもするつもりか?」

「まあ、さっき話した『小競り合い』の時に大半のメンバーは私がボコボコにしたんだけど」

「ぬああああああああああ!!!!!! なあああああああああああに昔の話をしているんだボケがああああああああああああああああああああ!!!!!!!!! それに、あの時はお前の卑怯卑劣な策が偶然クリティカルになっただけであって、ガゥは負けてないが????????????????????????? 今戦ったら絶対ガゥの圧勝なんだが?????????????????????」

「そうだね。宇宙夢を封じられて目も見えない今の私では、あの時みたいにあなたを痛めつけて失禁させることなんて逆立ちしたって無理だろうな」

「ガゥがいつ失禁したっていうんだああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!! 適当ほざいてんじゃねえぞおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!!!」


 顔を真っ赤にして怒り狂うキバ子。しかし、というよりそうして感情を発散したことにより、彼女はたちまちのうちに余裕のある不敵な笑みを取り戻した。流石は『夢惨』のトッププレイヤーというべきか……いや、よく見ると口の端が微妙に引きつっている。

 

「ふ、フフン、まあいい。そういうわけでガゥたちの目的はK市を脅かしている『オニキス・クローゼット』とやらの討伐にあるんだが、そんな朝飯前な指令ミッションの前に個人的な用事を済ませておこうと思ってね。お前たちの前に姿を現したというわけなのさ」


 キバ子は犬歯をギラリと光らせた。


「その用事が何か気になる? いいさ、教えてやろう──羊野ねむりぃ! 今の無力で無能なお前を一方的にボコボコにしてやるっていう用事だああああああああああああ!!!!」


 そう叫ぶと、キバ子は口を大きく開き、ねむり達に向かって走り出した。 

 瞳に殺意を迸らせながら迫りくるその姿は、飢えた野犬のようだった。


「やれやれ。『十二不思議』の件だけでも手一杯なのに、ここにきて『星屑十二字軍スターダスト・クルセイザーズ』まで登場してくるなんて……本当にやれやれだよ」

「なにラノベ主人公みたいな台詞言ってるんですかねむりさん! 落ち着いてる場合じゃないですって!」

「いや、正直な話、そう見えるだけで心中では全然落ち着けてないんだよ──大噛キバ子。その宇宙夢は『ザ・バイティング』。口の中に広がる暗黒空間で彼女が噛みついたもの全てを粉微塵にするという凶悪極まる能力だ」


 スタンドで言うとヴァニラ・アイスのクリームみたいな能力だが、それを使っている光景はどちらかというとクリームよりジャックハンマーみたいになる宇宙夢である。

 

「あなたの『ウール・チェイン』の綿でも、彼女の手に、もとい口にかかれば一瞬で消滅しちゃうだろうね」

「そんな……! 何かいい策はないんですか?」


 グングンと狭まってくる彼我の距離を見ながら、洋善は狼狽えた。

 

「たとえば前にあったという小競り合いではどうやってねむりさんは勝利を手にしたんですか? それを参考にすればあるいは……」

「ええと、そうだね……私の〇〇〇〇を××××して△△△△したら、彼女の●●に☆☆☆して□□□□したんだよ」

「あ、絶対無理ですねそれ」


 メンタル的にも能力的にも、今の洋善達には絶対できない、文字に起こすことすら悍ましい作戦だ。

 ていうかそんな戦い方を平気で出来る戦士なんて、血も涙もないアンドロイドくらいしかいないんじゃないか? ──そう思う洋善だった。

 

「何をごちゃごちゃ喋っている! ガゥがお前たちの肌に噛り付くまであと十メートルを切ったぜ!」


 キバ子が言う通り、両者の位置はもうそこまで来ていた。洋善は『ウール・チェイン』で壁を生成する──しかし。

 ガオンッ!!

 先ほどねむりが予想した通り、あっさりと食い破られてしまった。

 

「ギャハハハハハハ!!! 無駄無駄無駄ぁ!! 羊野ねむりぃ! お前だけは徹底的に痛めつけて失禁させてやる! で、垂れ流された小便と血と涙でできたカクテルを口の中に流し込んでやる!!」


 そんな言葉を。

 にっくき怨敵への殺意があふれ出した、そんな言葉を。

 大神キバ子が言った瞬間だった。

 ずるっ──と。

 勢いよく足を踏み出した彼女は、滑って転んだ。


「ぎゃんっ!」


 顔から地面にぶつかる。

 思わぬアクシデントに場は静寂に支配されたが、キバ子は一瞬後には顔を上げていた。その鼻からは血がぼたぼたと流れており、目じりには大粒の涙が溜まっている。大の大人だってコンクリの地面に顔からダイブすれば、こんな反応をしてしまうだろう。


「え、えーと……」


 一部始終を音と声から察していたねむりは、頬をかきながら言った。


「その……大丈夫?」

「は? ハイパー大丈夫だが? スーパーエリート夢遊者である私はこの程度の怪我は全然平気だし」


 一人称が変わってるくらいには平気じゃないらしい。

 強がりを言ったキバ子は手の甲で鼻血を拭った。

 と、その時。

 洋善は気が付いた。キバ子が鼻血を拭ったことで顔に広がった血が、数字の『5』みたいな形になっていることに。

 それだけならまだ偶然で済んでいただろう。

 目の錯覚でたまたま意味のある文字にみえることだってあり得ないことではない。

 だが、真に奇妙なのは、だった。

 一秒後──キバ子が目尻の涙を指で拭った瞬間。

 彼女の顔の血が形作っていた『5』は『4』に姿を変えた。

 

「!?」


 その異変を知ることが出来たのは、キバ子の顔を他者の視点から見れる洋善だけだった。


「ちょ、ちょっと待ってください! キバ子さん、なんか顔がおかしくなってないですか?」

「はあ? 急に失礼なこと言うな! 蟹玉人は礼儀がなってないぜ!」数字が『3』に変わる。

「あ、いや、そんな意味じゃなくてですね。その顔に広がった鼻血がなんか変なことになっているというか……」


 自分の頬を指さして教える洋善。キバ子は不思議そうに顔をもう一度拭った。すると、数字は『2』に変わっていた。


「おまえ、急に何を言っているんだ? ……あ、もしかして逃げる策を考えるための時間稼ぎか!?」『1』。「そんな子供だましにガゥが引っかかると思ったら大間ちが」『0』。


 キバ子の頭は爆発した。

 おおかみちゃん……(;;)


 

 大噛キバ子。

 『夢惨』特殊部隊『星屑十二字軍スターダスト・クルセイザーズ』所属。

 十三歳。

 T都出身T都育ち。一人称はガゥ。

 性格は負けん気が強くてプライドが高いが所々ポンコツ。

 宇宙夢は自己強化系『ザ・バイティング』。

 口内に暗黒空間を出現させ、噛みついたものを強度を無視して粉微塵にする。この能力の前では次元の壁でも超えない限りあらゆる防御が無効化される。

 宇宙夢に入眠した切欠は十一歳の正月の出来事。餅を食べたところ喉に詰まらせてしまい、生死の境で「口の中の餅を消したい」と心の底から願った結果、上記のような宇宙夢に目覚めた。

 コスモチュームのチューブトップとホットパンツはこの年頃の子が着るにはやや過激なように思えますけど、まあT都の子供は進んでるし大丈夫でしょう。

 将来の夢はグルメ番組のリポーター。

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