十二匹目 十二不思議『すっころび通り』 その②

 市内西部にある住宅街にて、ふたりの少女が並んで歩いていた。

 片方の少女は目を閉じて杖をつきながら歩いており、もう片方の少女は大きな図体をつい先日実質廃校になったばかりのとある高校の制服で包んでいる。


「すごいですね、ねむりさん。たった三日で杖での歩き方をマスターするだなんて、双海家直属のお医者さんも驚いてましたよ」

「外を歩けなければ調査も碌にできないからね。あなただけを『音鳴館』に向かわせるわけにはいかないし」


 『音鳴館』。

 蟹玉県K市西部に門を構えるその館は『十二不思議』のひとつであり、今の彼女たちが向かっている場所だった。


「それにしても『音鳴館』ですか……」

「? どうしたの洋善さん。なにかあるの?」

「ええっとですね……『音鳴館』は誰が住んでいるどころか所有しているのかすら分かってない大きな館です。塗装が所々崩れてて、庭の雑草が伸び放題という外観から、長い間手入れがされているようには見えないんですよね」


 流石オカ研というべきか、洋善は立て板に水を流すような勢いで語り始めた。


「で、そんな不気味な外観から、人々は館についていろんな噂を立て始めました。『二階の北側の窓に女の影が見えた』だとか、『夜中に館の中からうめき声が聞こえた』とか。そういう風聞や道聴塗説がまとまって、『十二不思議』のひとつである『音鳴館』になったわけです」

「なるほど、いわば幽霊屋敷みたいなものか」

「この場合は夢遊者屋敷なのかもしれませんが──ともあれ、この噂から言えることはですね、「『音鳴館』の詳細な情報はなにひとつ分からない」ということなんですよ」


 語り手によって目撃証言が異なる館。

 多様な情報が錯綜した結果、正確な姿がぼやけてしまっている。

 不明、曖昧、謎──まさしく怪異。


「なるほど」ねむりは小さく頷いた。「これから友好的な関係を築こうとしている相手とはいえ、それが不明点しかない場所にいるとなると不安な気持ちになる、というわけか」

「…………」同じく洋善も頷く。肯定の意味で。

「たしかに私も同じ気持ちだよ。そもそもここに来るよう勧めた『あの声』すらまだ完全には信頼できないんだからね」


 だけど。


「春眠が潰された今、残された唯一の戦力である私たちにはこれしか方法がないんだ──T都の『夢惨』に助力を煽ぐという方法もあるかもしれないけど、それは最後の手段としてとっておきたい」

「どうしてですか?」


 見ず知らずの信用できるかも分からない相手に会うより、同じ正義側のギルドだという『夢惨』と協力する方がいいと思うのだが。


「『夢惨』は以前からK市の支配権を狙っていたからね……K市支部が壊滅した時点で乗っ取られそうになったんだけど、私ひとりが戦力として機能すると戦と……説得してようやく納得してもらったんだ。今になって私の宇宙夢を封じられたことを明かして協力を頼めば、奴らに大きな『隙』を晒し、『借り』を作ってしまうことになる。そうなればK市に未来はないだろう」

「具体的にはどんなことが予想されるんですか?」

「蟹玉県がT都に吸収される」

「そんな……小市民の私にはスケールが大きすぎる組織間の話ですね」

「とはいえ、私が無力化したという情報はもうどこかから漏れていてもおかしくない。ひょっとしたら既に『夢惨』から刺客が送りこまれているかもしれないね」

「え、そんなのヤバいじゃないですか」

「そうだよ。だから事は一刻を争うんだ。早く味方を獲得して、『オニキス・クローゼット』を捕らえないと」


 そのためには多少の不確定要素を踏み抜く『覚悟』が必要なのだ。

 

「そういえばあなたの宇宙夢──名前は『ウール・チェイン』だっけ?──は、あれからどうなったの?」

「いやあ、どうと言われましても、ぜんぜん変わらないですね。コスモチュームも依然として出てきませんし」


 『シザー・レザー』の件の後、洋善には三日の時間があった。

 彼女はその間に家族と再開したり、ねむりと共に病院で精密検査を受けたりしていたのだが、その他の多くの時間を己の宇宙夢の調査に費やしていた。

 出せる綿の数の限界、大きさの最大と最小、あらゆる衝撃を綿にぶつける実験。

 双海家の協力の元で行われた調査は、個人でやるそれとは比較にならない程に多くのデータが得られたが、しかしどれだけやっても洋善がコスモチュームを身にまとうことはなかった。

 だから今日もいつもと変わらない制服姿で道を歩いているのである。


「なにかコツとかあるんですかね?」

「コツと言われても……私の場合は宇宙夢に目覚めた瞬間からコスモチュームがあったからなあ」

「あうう……私って落ちこぼれの夢遊者なんですかね……」

 

 肩を落として項垂れる洋善。これまで普通の小市民として何事もほどほどの普通な人生を歩んできた彼女にとって、コスモチュームが出現しないというのは初めて感じる劣等感だった。

 このままじゃダメなことは十分わかっている。とはいえ、これから『音鳴館』に向かう間にコスモチュームが着れるようになるなんて都合のいい展開はあるのだろうか? 

 洋善は先行きへの不安を胸に、ねむりの後を追うのであった──そんな彼女たちよりも遥か後方。

 全身真っ黒な人影が電柱に隠れるようにして立っていた。

 『十二不思議』の生みの親にして、全ての黒幕の『オニキス・クローゼット』である。


「羊野ネムリ、ソレニ遅達洋善……イッタイ何処ニ向カッテイル?」


 相変わらず元の声が分からない声で呟いた。


「フン、マアイイ。何処ガ目的ダローガ、アノ道ヲ進ンデイレバ、必ズ『すっころび通り』ヲ通ルコトニナル。アソコノ番人デアルト遭遇シテ、今ノ奴ラガ生キ残レルワケガナイ──終ワッタナ……♀」


 ねむりたちの生存が絶望的であると確信した『オニキス・クローゼット』は笑い声をひとつ漏らし、その場から姿を消した。

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