十一匹目 十二不思議『すっころび通り』 その①
羊野ねむり、17歳。
故『春眠』K市支部所属。
宇宙夢は自己強化系の『ウールウール』。自分の体を羊毛の綿そのものに変化させ、綿が膨張する反発力で加速したり、古い体を脱ぎ捨てることで無限に等しい回数完全回復したり出来る。
また妹にして同じく夢遊者である羊野いばらから彼女の宇宙夢である『オーバー・ドールズ』の力も受け継いでおり、触れた宇宙夢を
そして、宇宙夢の最終にして完成形である『ウールウール・アンリミテッド』は、時間を巻き戻す能力であり、これらの能力によって羊野ねむりを傷つけることはいかなる手段をもってしても実質不可能となっている。
しかし今現在、『オニキス・クローゼット』の能力により、『ねむりの視力』の本が奪われており、発動に本体の視力が大きく関わる宇宙夢も封じられている。
◆
遅達洋善、17歳。
故蟹玉高校二年生女子。
宇宙夢は具現化操作系。指定した
◆
ハンバーガーショップでの惨劇の後。
救急車やパトカーがやってきて、駅前は騒然となった。慌ただしく右往左往する警官や救命隊員に紛れて洋善達にコンタクトを取ったのは、双海家直属のエージェントだった。
スーツを着こなしていてポニーテールが特徴的な女性であり、名を竹井まみれと言った。竹井は洋善達に怪我らしい怪我がないことにひとまず胸を撫でおろしたが、ねむりが視力を失ったと知ると、慌てた様子で路地裏に止めていた黒塗りの高級車の元まで洋善達を案内した。
「一旦、双海家が運営している秘密病院に向かいましょう! わたしは宇宙夢に詳しくありませんが、そこで検査を受ければ何か光明が見えるかもしれません──おっと、今のねむり様に『光明が見える』はやや不謹慎な言葉でしたかね」
笑うに笑えないジョークだ。
「急いで向かうんで、しっかりシートベルトしていてくださいね! 驚きで目を見開くくらいスピード出ちゃうんで! ──あ、今のねむり様に目関連の台詞は言うべきじゃなかったですかね」
「ねむりさんって竹井さんから恨みを買うようなことでもしたんですか?」
「竹井さんはこういう人なんだよ……」
「いやあ、すみません。わたくし言葉の力というものに敏感な性格でして、つい言った後で「今の発言は拙かったかなあ」となっちゃうんですよね。それで確認すると、大抵の場合「言った時点では気にしなかったけど、あとでお前が気にしたことでなんかムカついてきた」と顰蹙を買うことが多くて多くて」
なんとも生きててトラブルが絶えなさそうな性格である。
竹井はハンドルを握り、車を走らせた。
「双海家直属のエージェントになる前の職場ではこの性格が災いして危うく殺されそうになったんですよね」
「殺されそうになったって、いったいどんなことを言ったんですか……」
「まあまあ。竹井さんは仕事は出来る人だから……」
横からフォローを入れるねむりだった。
その言葉通り、今現在の車の運転ひとつ取っても、竹井が並々ならぬ実力の持ち主であることは窺えた。法定速度ギリギリのスピードで車の間をスイスイと進んでいくのを見れば、一目瞭然である。
「あ、今のねむりさんは一目どころか零目みたいな状態でしたね」
「ごめん竹井さん。少し運転に集中してもらってもいいかな?」
仏の顔も三度までと言うべきか、今の発言には流石のねむりもいらっとしたようだった。
車内に沈黙が訪れる。竹井のハイレベルなドライビングテクニックにより、車の走行音すら車内に届いていなかった。
洋善とねむりは口を閉ざしたままだったが、しばらくすると洋善の方が口を開いた。
「すみません」
「? どうしてあやまるの?」
「私が自分の宇宙夢『ウール・チェイン』を使いこなせていれば、ねむりさんが視力を失うことはなかったかもしれない、奪われた視力を取り戻せたかもしれない、先輩が死ぬことも無かったかもしれない──そう思うと、無性に謝りたくなって……」
「気に病む必要はないよ。アレは完全に私のミスだった」
「そうは言っても──」
「それに」
ねむりは力強い口調で洋善の言葉を遮った。
「今考えるべきことは後悔やもしもの話じゃあない。これからどうすべきかだ」
それはつまり過去と未来の狭間に僕らは今生きている、目に映るこの瞬間、二度と戻らない時間ということだった。
「私の目的は『オニキス・クローゼット』を見つけだして視力を取り戻し、未だ詳細は不明なヤツの狙いを食い止めることなんだけど、あなたの場合はどう?」
「……私は」
洋善の脳裏に、先ほどの光景が再上映される。
貫かれる珠緒の肉体、舞う血飛沫、己の悲鳴──。
一秒にも満たずにリフレインは終わったが、洋善の瞳に決意の光が宿るにはそれだけで十分だった。
「私も『オニキス・クローゼット』を探します。先輩の仇を取るために。それにヤツがこの街で何かをしようとしているなら、見過ごしておけませんから」
「オーケイ。頼りになる答えだ」
ねむりはそう言って、右手を差し出した。
「それじゃあこれからも協力を続けるということでよろしく」
洋善も手を握り返す。少女たちの同盟は継続が決定された。
「もっとも、今の私は宇宙夢を封じられたどころか盲目だし、一般人程度の戦力すら期待できないと思うけど」
「そんなことはないさ」
ねむりの自虐を否定したのは、隣の座席に座る洋善でなければ、運転席でハンドルを握る竹井でもなく、車のルーフの上からの声だった。
それを知った途端、洋善は咄嗟に上を向く。一方、ねむりはルーフを思いっきり殴りつけた。しかし、鈍い音が響いただけであり、頑丈な車体はビクともしなかった。
「どわあ!? びっくりしたあ! ちょっとねむり様、急に何やってるんですか!? いくら目が見えなくなったからって、屋根に手が伸びるのはおかしいでしょ!?」
どうやら頭上からの声に気付いていないらしい竹井は抗議の声を上げたが、洋善達はそれにかまっている暇ではない。
ねむりはもう一度拳を振りかぶる。
「やめておきなさい。体が綿じゃない今のあなたでは、そんなことをしたところで拳が壊れるだけだ」
「姿も見せない刺客に気遣われるとは私も落ちぶれたものだね」
「『刺客』だなんて随分敵対的な言い方をしてくれるね。少なくとも私は君たちの敵じゃないよ」
「でも味方でもない……でしょう?」
「その通り。だが、これからの君たちの働き次第では仲間になる未来も十分にありうるだろう」
それはつまり、今後の展開次第では敵対する可能性もあるということと同義でもあった。
「だから車の進路上の空中に『ウール・チェイン』の綿を出現させて、ルーフ上の私にぶつけようとするのはやめたまえよ、洋善君」
「!?」
洋善は体を強張らせた。
姿さえ見えない何者かは、まるで洋善の心中を見透かしていたかのように、これから実行しようとしていた攻撃を言い当てたのである。
「初対面の相手を60キロで走る車から落とそうとする迷いの無さは褒めて然るべきかもしれないね。昨日までただの
「黙れ。それ以上先輩を侮辱するようなセリフは許さないぞ」
自分でもぞっとするくらい底冷えする声音が口から出たのを洋善は感じた。
「それで」ねむりは拳を下ろしながら言った。「あなたは何の用でここまで来たの? その口ぶりだと、『オニキス・クローゼット』の件をよく知っているようだけど」
「君たちがかの本棚にしてクローゼットを追っているというから、少しばかりヒントを与えに来たんだよ。生憎私はねむり君以上に戦えない身でね。こうやって影から助言を渡すくらいしかできそうにないんだ。『ストーン・オーシャン』のエンポリオみたいなポジションだと思ってくれたまえ」
エンポリオはこんな慇懃無礼な話し方はしない。
「ねむり君、君がやっていた『オニキス・クローゼット』に繋がるために『十二不思議』を追うという捜査は正解だ。このまま続けていくと良いだろう──ただ」
「ただ?」
「やたらめったらに調査すれば良いってものじゃあない。何事にも順番はある──『十二不思議』と括られており、それらは全員『オニキス・クローゼット』から力を授けられた夢遊者ではあるんだがね、だからといって一枚岩とは限らないんだよ。人の世がそうであるように、彼女らの性格も十人十色、もとい十二人十二色だ」
つまり。
「『十二不思議』に属しているからといって、君たちの敵になるとは限らない夢遊者もいるというわけだ」
「そんなこと……」
ありえない、と言い切れない。
少なくとも『十二不思議』は洗脳やマインドコントロールで『オニキス・クローゼット』の絶対的な支配下にある集団ではない。現に、『十二不思議』の一角だった積識珠緒は最期に『オニキス・クローゼット』へと切りかかれたのだから。
それに、『十二不思議』のどれもが『シザー・レザー』のような凶悪に過ぎる代物ではないのだ。
ならば、仲にはねむり達と友好的な関係を結べるひとだって──
「『十二不思議』のひとつである『
ルーフの上の何者かはそう言うと、気配を消した。
突然現れては言いたいことだけ言って帰っていく春一番のような来訪者だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます