八匹目 十二不思議『シザー・レザー』 その⑦

 中二病には二種類ある。

 教室で授業を受けている最中に『もし今テロリストが乱入してきたらどうやってクラスメイトを守ろう』と妄想するタイプと『周りの同級生を皆殺しにするにはどうしたらいいか』と妄想するタイプだ。

 積識珠緒は後者だった。

 人は誰でも幼い頃には最強の自分を一度は妄想するものであり、それはヒーローだったり超能力者だったりするのだけど、珠緒の場合は殺人鬼だったのだ。

 どうしてそんなことになったかは分からない。生来のサガというものなのかもしれないし、暴力的なコンテンツを摂取したことで精神に悪影響が出たのかもしれない。ただひとつ確かに言えることがあるとすれば、物心付いたころから珠緒が自分が殺人に手を染める妄想を欠かした日は一度もないということだ。

 とはいえ、彼女は自分が抱える欲求が社会には受け入れられないものだということを十分に知っていたので、衝動のままに殺人を犯すなんてことはしなかった。

 警察の捜査能力が高度に発達した現代社会において、一個人が殺人を実行するのは非常にリスクが高いからだ。

 だが珠緒は己の心の内で日々膨らみ続ける欲求をどうしても諦められなかった。だから彼女は求めた──警察でもトリックが見破れないような殺人手段を。

 それは魔法や超能力──いわゆるオカルトの分野だった。

 最初は図書館や怪しげな雑貨屋に足を運び、やがてその筋では高名な専門書にまで手を出した。それでも見つかるものは効果の無いインチキばかりであり、不毛な日々が続く。オカルトグッズを買い集める珠緒を見て、その真意を知らない周囲の人間は「まあ誰にでもそういう時期はあるよね」と生暖かい目で見つめるばかりだった。

 高校に入るとオカルト専門の部活があり、丁度良かったので入ることにした。するといつしか後輩ができ、部長の座についていた。

 たったふたりの部員である後輩にすら自分の本当の目的を明かさぬまま、珠緒の孤独な探求は続き──高校三年に入って少しが経った頃。

 部活終わりの帰り道で、彼女は運命的な出会いをする。 


「強者ニ必要ナ、フタツノ要素ヲ知ッテイルカイ?」


 すぐそばの電柱から降り注ぐ街灯をスポットライトのように浴びているにも関わらず、その姿はブラックホールのように黒ずくめだった。口から出る声はボイスチェンジャーを掛けたかのように奇妙な音域になっている。

 ただシルエットから何となく女っぽく見える。それも正解かははっきりしないけども。


「ソレハ『意志』と『力』ダ。戦車デ例エルナラ『意志』ガ燃料で『力』ガ車体ソノモノ。ドチラカガ欠ケテハ戦争ニ勝テナイ」

「……何の用? 新手の痴漢?」


 突然現れた不審者を見て、珠緒は警戒心を隠しもせず後ずさったが、この時の彼女の心中には警戒以上の期待があった。何せ、もしも今自分の前にいる相手が痴漢であり、襲い掛かって来ようものなら、殺したところで正当防衛が成り立つからだ。

 珠緒の背丈は小学生と変わりないくらい小さいけども、大の男を殺す時にも難儀しないように、いくつかの方法を考えている。そのどれもがたかが妄想と鼻で笑うことが出来ないほどに綿密なシミュレーションによって生み出された殺人術だ。

 思わず降って湧いた殺人の機会に、珠緒は心の中で──


「舌ナメズリヲシタナ」

「!?」


 完璧に隠していたはずの殺意を見抜かれ、動揺する。


「君ノ『殺人』ニ対スル『意志』ハ素晴ラシイ。ダガ、『意志』ニ釣リ合ウ『力』ガナイ。ダカラ君ハ今日モ羊ノ皮ヲ被ッテ狼ノ本性ヲ隠シテイル。本当ナラ強者トシテ、コノ街ヲ蹂躙デキルハズナノニ──ナントモッタイナイ!!」


 黒ずくめは嘆くようにして天を仰いだ。


「ダカラ私ハ君ニ『力』ヲ授ケヨウ。ソウスルコトデ、君ハ完全ナル『強者』ヘト変身スルノダ」


 そう語る黒ずくめの勧誘を珠緒はあっさりと受け入れた。

 自分が求めてやまなかったものが向こうからやってきたのだ。断る理由なんてない。

 その後、彼女は与えられた力を使って殺人鬼としての活動を始めた。殺人衝動を発散する感覚は、これまで我慢してきた分、今まで感じたどんな快楽にも勝るものだった。

 殺人を繰り返していると、いつしか世間は自分に『シザー・レザー』というあだ名をつけるようになった。なかなか良いネーミングだと思った。

 更にもう暫く経つと、いつしかK市で起きている怪奇現象がまとめて『十二不思議』と呼ばれるようになっていた。

 そのうちの一つは彼女自身である『シザー・レザー』なのだが、それ以外は由来も経緯も知らないオカルトだ。

 しかし「多分これらもあの黒ずくめが力を与えた誰かによるものなんだろうな」という確信があった。自分と同じく力を手に入れた同類がどんなものか気になった珠緒は、後輩を連れて『十二不思議』を調査するようになった。

 そして、ある日の朝。

 珠緒が寝具から起き上がると、窓辺に黒ずくめの姿があった。朝陽が差し込んでいるにもかかわらず、その姿は相変わらず黒一色だった。


「おや、あなたか。この前はありがとう。おかげで充実した生活を送れているよ」

「マズイコトニナッタ」

「え、なになに。寝耳に水なんだけど」

「今朝、T都ノ警視庁ガ君ヲ捕マエル為ニ特別捜査チームヲ結成スルト発表シタ」

「なあんだ、そんなことか。蟹玉だろうとT都だろうと、宇宙夢を使う私を捕まえられるわけがないじゃん」

「ソノ捜査チームに夢遊者ガ居ルンダヨ」

「え……?」

 

 聞くところによると、T都には夢遊者ギルド『夢惨』があり、日本の中枢に居を構えているだけあってその影響力は強く、警察や政界と密接な関係にあるのだという。その例のひとつが、警視庁内に秘密裏にある夢遊者や自称探偵で構成された特異事件捜査課だ。


「『夢遊者』ノ存在ヲ知ッテイル奴ラガ捜査スレバ、コレマデノ一連ノ犯行ガ君ノ仕業ダト白日ノ元ニ晒サレルカモシレナイ。相手ハ百戦錬磨ノスペシャリストダカラ、宇宙夢ニ入眠シテ僅カシカ経ッテイナイ君デハ、実力行使デ口封ジを試ミテモ、返リ討チニ合ウノガ関ノ山だ」

「そんな……それじゃあどうすれば……」

「タッタヒトツダケ方法ガアル」


 黒ずくめは真っ黒な人差し指を立てた。


「行方ヲクラマセルンダヨ──タダ失踪スルンジャアナイ。自分ノ死ヲ偽装スルノサ」


 自分の死を偽装する。

 そうすれば、『積識珠緒』は容疑者ではなく被害者として捜査リストに加わるだろう。そうすれば、捕まるリスクは大幅に下がるはずだ。


「…………わかった。やってみるよ」


 珠緒がそう答えると、黒ずくめの姿は消えていた。

 その後、珠緒はいつも通りに朝の準備を終え、いつも通りに家を出て、いつも通りに通学路を歩き、いつも通りに校門を潜り──そして。

 いつも通りに人を殺した。

 蟹玉高校に在籍する何百人もの人間を、一人残さず原型が分からなくなるまで細切れにしてみせたのだった。

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