七匹目 十二不思議『シザー・レザー』 その⑥

 『シザー・レザー』は最初の標的を羊野ねむりに定めていた。

 宇宙夢に目覚めて一日も経っていない洋善より、K市の守護神として名を馳せているねむりの優先度が高いのは当然である。

 だから、バラバラにした床板に紛れてねむりが落下してきたのを目視した瞬間、彼女は両手の鋏を鳴らしながら落下予測地点目掛けて駆け出した。


「空中なら回避できまい!! 私の刃に両断されろォォオーーーーーッ!!」


 両腕を開き、抱きしめるようにしてねむりの体に刃を通そうとする。

 しかし『シザー・レザー』の斬撃は空振りに終わった。なぜなら、それまで落下していたねむりの体が重力に逆らって上昇し、鋏の軌道から外れたからである。

 その光景はまるでビデオの逆再生みたいだった。


「『ウールウール・アンリミテッド』……やれやれ、久々の『巻き戻し』だったけど、成功して何よりだ」


 見えない糸に引っ張られているかのように上昇し続けているねむりは、『シザー・レザー』を見下ろしながら呟いた。

 

「あなたの『両手の刃物』に特殊な効果がないとは限らないから、念には念を入れて回避させてもらったよ。そして、次は私の番だ──時は進みだす」


 ねむりの台詞を切欠に時間の逆行は終了し、彼女の体は再び地面目掛けて落ちて行く。その先にあるのは、攻撃が空振りして無防備な姿を晒している『シザー・レザー』だ。

 重力加速で勢いがついた蹴りを顔面に突き立てる。


「ぎ、にああああああああああ!!!」


 『シザー・レザー』は悶絶の声を上げ、折れた鼻から大量の血を垂れ流した。

 顔面を蝕む苦痛に顔を歪めながら、やたらめったらに周囲の空間を切り刻む。それに合わせて両手の鋏が外れては生えるのを繰り返し、弓から放たれた矢の如き速度で飛んでいったそれらは床や壁に突き刺さった。


「洋善さん!」


 手榴弾の爆発の如き攻撃を踊るように軽やかな足取りで避けながらねむりは仲間の名を呼ぶ。


「は、はい! こっちは大丈夫です!」


 視界の隅にある白いドームから返事の声がした。よく見るとそれは綿の玉が集まってできたものであり、高速で飛来した刃物は全てその表面でふんわりと受け止められていた。


「チッ、相変わらず邪魔臭い宇宙夢だこと」


 『シザー・レザー』は忌々し気に吐き捨てる。


「遅達洋善ィ! お前は後で絶対殺してやる! 私が羊野ねむりをスカッと切り刻んでやるまでの間、そこでガクガク震えて待っときなァ!」


 狂的な台詞を並べながら、両鋏の殺人鬼はねむりに向かって飛び掛かった。

 しかし足にコットンボールが引っかかり、大きくバランスを崩してしまう。


「こ、これは洋善の……!? まさかアイツ、自分の身を守るためだけでなく、自分の意志のままに綿を出せるようになったのか!?」

「その通りだ! 『シザー・レザー』、お前との再会は私の能力を成長させてくれたぞッ!」


 心の内で燃える怒りと復讐心を原動力に変え、洋善は殺人鬼の行動を阻害してみせたのだ!


「ふつう、人は転んだら地面に手を付ける──だが、両手が鋏のお前はどうする?」


 その答えをいうまでもなく、『シザー・レザー』はほぼ反射的に鋏を突き出してしまい、当然の結果としてそれらは地面に深々と突き刺さってしまった。

 両手が地面に固定化された状況は戦闘に置いて絶望的なはずだが、『シザー・レザー』は余裕のある態度を見せていた。


「ハッ、馬鹿め! 私の刃が着脱可能なことを忘れたのか? こんな策で追い詰めた気になられてはこま──」


 そこまで言って、『シザー・レザー』は気が付いた。

 両手の鋏を外し、次の鋏が生えてくるまでの僅かな間、彼女は文字通りの空拳という無防備極まりない状態になってしまう。

 そんな時に攻撃を食らったらどうすればいいのだろう? 

 そう、たとえば──己のすぐ傍で拳を振りかぶっている羊野ねむりに、どのように対処すればいい?


「初戦にしては十分すぎる活躍だよ洋善さん──後は私に任せて」

「し、しまった! 『バッドバッド・マリオネッツ』! 早く次の鋏を生やせーーーッ!!」


 気付いた所でもう遅い。

 一説によると最高速度がスカイフィッシュの飛行速度に並ぶとまで言われている羊野ねむりの拳は、とっくに振りぬき始められていた。


「舌を噛まないように歯を食いしばることをオススメするよ。後で情報を引きずり出す時にちゃんと喋られなかったら面倒だからね」 


 その台詞を聞いた次の瞬間、『シザー・レザー』の視界はねむりの拳で埋め尽くされた。

 攻撃の連打ラッシュがあちこちに突き刺さる。肉が潰れ、骨が砕けた。綿の膨張を利用したネムネムラッシュは圧倒的な破壊力を持っていた。

 全身がベコベコに凹んだ『シザー・レザー』はイートインスペースからレジ前まで吹き飛ばされる。

 鋏の生え替えは完了していたが、その刃先にはもう力がなく、ピクリとも動かない。

 完全なる戦闘不能リタイアだ。


「や、やった勝った! 勝ちました!」


 歓喜の声を上げながら白綿のドームを解除する洋善。

 しかし、視界の先で倒れている『シザー・レザー』の姿を目にした途端、彼女は衝撃を受けることになる。


「え……?」


 殴り飛ばされた『シザー・レザー』は気を失っており、コスモチャームが消え失せて素顔を露わにしていた。

 そしてその顔は──洋善の先輩にしてオカ研部長である積識珠緒だった。

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