五匹目 十二不思議『シザー・レザー』 その④
かつて蟹玉県K市にはふたつの夢遊者ギルドがあった。
自らの欲望のままに宇宙夢の力を振るい、世界に渾沌を撒き散らすアウトロー集団『獏夜』。
理念が相反する両組織は衝突を繰り返していた。
しかしある日、『獏夜』はその首領である少女・ルビースニーカーの手によって解体され、ルビースニーカー自身も後に『春眠』の羊野ねむりとの戦いで命を落とした。
「こうしてこの街を蝕んでいた邪悪は滅び、再び平和が戻った──当時の私はそう思っていたんだ」
場所はK市中央駅前にある大手チェーンのハンバーガーショップの二階。
すぐそばにある窓から駅前を歩く人々の姿が一望できる席にて、遅達洋善と羊野ねむりは向かい合っていた。
ねむりは洋善に『宇宙夢』や『夢遊者』といった世界の裏側の基本的な説明を終えた後、本題として『春眠』と『獏夜』の歴史を語っていたのである。
「だけどそれは束の間の平穏だった。『獏夜』が解体されてから一ヶ月が経った、今から二週間前のある日、『春眠』のK市支部に謎の夢遊者が襲撃してくるまでの、泡沫のような平穏だったんだよ」
苦々しい面持ちで語りながら、ねむりは顔を伏せた。
「『謎の夢遊者』の襲撃を受けて、多くの仲間たちが殺された。少なからず生き残ったメンバーもいるけど、その子たちも重傷を負ったり、宇宙夢を失ったりしている。宇宙夢を保持して生き残っているのは私だけだ」
「もしかしてその『謎の夢遊者』というのが、『シザー・レザー』なんですか?」
『春眠』を襲ったという大量虐殺から、先の蟹玉高校の光景を連想した洋善は、そのような推測を口にした。
「いいや、世間の目撃情報にある『シザー・レザー』と、私が見た襲撃犯は見た目が全然違っていたから違うと思う」
ねむりは右手の人差し指と中指を立てた。ピースサインかと思ったが、『2』を現しているのだろう。
「それに『シザー・レザー』が活動を始めたのは二週間前よりも後のことだ。時期が一致していない」
「たしかに……ん?」
そこまで言って、洋善はふと気づく。
「そういえば『シザー・レザー』以外の『十二不思議』も、話題になり始めたのは二週間前より後になりますね」
オカ研に属している彼女だからこそ、すぐに思い至れた発見であった。
『十二不思議』は発見された時期が似ているので同じ系列の都市伝説としてまとめられているのだが、一度気が付くと結構気になる偶然である。
洋善の発言を聞いたねむりは「それだ」と言った。
「私はあまり説明がうまくないから、聞き手の察しが良くて助かるよ。──あなたが言った通り、襲撃犯の登場が合図だったかのように『十二不思議』は現れているんだ。はたしてこれは偶然なのかな?」
「…………つまり、『十二不思議』は真偽不確かな噂話の類ではなく、ええと、その、宇宙夢? という超能力みたいなもので起こされている。しかも、その裏では襲撃犯が糸を引いている──ということですか」
ねむりは洋善の考察を首肯すると、頼んでいたドリンクを飲んだ。
ちなみに、今のねむりは羊の仮面を被っていない。不思議に思った洋善は店に入ってすぐ理由を尋ねたが、理解に苦しむと言いたげな表情で「さすがの私でも仮面を被ったままではご飯を食べられないんだけど?」と返された。
「いったいどうやって十二人の夢遊者を隠して、あるいは抑えていたのかは謎だけど、K市支部という抑止力を滅ぼした後で野に放ったというのは間違いないと思うよ」
「そこまでして『十二不思議』を作りたかったのはどうしてなんでしょう?」
「それはまだ分からない。ただひとつ言えることがあるとするなら──ヤツの目的は『獏夜』の残党による『春眠』への復讐や『十二不思議』を作ること自体ではないということだ。真の目的が、その先に必ずあるはずなんだよ」
「どうしてそう言い切れるんです?」
「勘」
勘かよ、と洋善は思ったが、そう語るねむりの気迫は謎の説得力に満ちていた。
「さて」ねむりは懐からタブレット端末を取り出した。「次はあなたの身の回りの話をしようか」
アプリケーションを開き、いくつかの連絡履歴を眺める。
「今日蟹玉高校に登校した生徒であなた以外に無事が確認された人はひとりもいない。蟹玉高校在籍で無事なのは、当時校舎内に居なかった不登校や欠席の生徒だけだ」
そう語った後、ねむりは言いにくそうな声で続けた。
「あなたの先輩という三年生の積識珠緒も、朝に登校してから帰ってきていないらしい。だから多分──」
「やっぱり、そう、ですか……」
洋善は震える拳を握りしめた。先ほど走り回った校舎内のどこかにバラバラになった先輩が転がっていたのかと思うと、『シザー・レザー』への怒りがますます燃え上がっていく。
「あなたは『シザー・レザー』と対峙して、顔を見られたからね。個人情報を掴まれていると思うのは、いきすぎた心配にはならないはずだ」
ねむりは語りながらタブレット端末を何度かタップし、出てきた画面を洋善に見せた。そこには洋善でも知っているほどに有名な資産家についてのウェブサイトが映っていた。
「生き残っている『春眠』の仲間がここの人間でね、全面的なバックアップを受けているんだ。優秀なエージェントをとっくに向かわせて、あなたの家族の安全を確保したよ」
「そうですか……それは良かった。ありがとうございます」
心の底から安堵した様子で、ほっと息を吐く。
「『シザー・レザー』はまた私を襲うでしょうか?」
「1000%狙ってくるだろうね。過去に『シザー・レザー』の目撃者が生き残った事例はいくつかあるけど、宇宙夢に発現して真正面から逃げ切ったのはあなたしかいない。生まれたばかりのヒヨコに自慢の鋏を防がれて、『シザー・レザー』のプライドは痛く傷ついたはずだろうし、あなたの死でもってその修復をしようとするはずだよ」
「とんでもないものに狙われてしまった……」
「とはいえ、これはチャンスだ」
ねむりは力強く断言した。
「なにせ、これで『シザー・レザー』を返り討ちにして、捕縛の末に拷も……尋問で『襲撃者』の情報を引きずり出せば、事態を大きく前進させられるんだからね──今まで『襲撃者』に繋がるヒントを得るために『十二不思議』が見られた場所をいくつか探し回っていたけど、向こうからやってくるなんて願ってもいない好機だ」
「あ、だから土産物屋の店主さんに見つかっていたんですね」
「?」
「えっと、いや、こっちの話です」
ひとり勝手に納得する洋善であった。
「とはいえ、このままヤツが襲ってくるのをただ待ち構えるわけにはいかない。あなたには彼女の刃を止めたという宇宙夢があるんだし、それを利用しない手はないよ」
「あー、それなんですけどね……」
洋善はバツの悪そうな顔を作った。
「さっきから何度も出そうとしてるんですけど、全然出ないんですよね。あの時はポップコーンみたいにポンポン出たのに」
出ない。出ないんだな~これが。
ねむりは数秒間の沈思黙考の後、口を開いた。
「あなたは宇宙夢に目覚めたて、それに聞くところによれば『コスモチューム』すらまだ纏っていなかったらしいし、まだ自分の力をオンオフの段階でコントロールできていないのかも」
「そんな……どうすればいいん」
ですか──と続けようとした洋善だが、最後まで言うことはなかった。
なぜなら、息を呑んだからだ。
窓から見える眼下の光景──駅前の大通りを歩く人々が、目を離していた僅かな隙に一人残さず切り刻まれていた。
そして。
その中心には、返り血塗れの殺人鬼が立っており、こちらを見上げていた。
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