人生はパンケーキのように
橘香
淡々とした日
パンケーキ。小麦粉、ベーキングパウダー、牛乳、卵を混ぜ合わせフライパンで焼くお菓子。私が幼少期から好きな食べ物の一つだ。ある時は蜂蜜をかけ、ある時はクリームを添え、またある時はシンプルにそのまま食らう。そんないろんな食べ方をすることが私は好きだ。フライパンを弱火にセットし、北海道産のバターをじわじわと溶かし、仕込んでおいた生地を垂れ流す。量は一枚につきSサイズのレードルを半分ちょっと。私は量にうるさい。ちょっと前にキッチンで働いていた名残が抜けていない。生地を流せばあとはじっくりと生地の様子を見ながら焼いていく。フライパンの上でポコポコと泡が立っていくのが今日も心地よい。この瞬間が作っていて一番好きだ。いざ生地を返すとき。ここでキレイな焼き目が付いてれば表面はサクサク、中はふっくらとしたパンケーキを作れる。今日は多少ばかり焼きすぎたようだ。実食の時。焼きすぎたせいか表面の焦げが苦みを生む。ほんのりと優しい甘みにこの苦みが心地よく、しつこくない。そうしてパンケーキを食らった幸福を抱えながら朝のバスに駆け込む。今日も吊革に手をかけスマホを取り出し、イヤホンを耳にかけ、お気に入りのプレイリストを再生する。今日はタイラー・ザ・クリエイターの『911/Mr.Lonely』からスタート。独り身の私には沁みる曲だが良い朝を迎えた日にはもってこいだ。
「今日もまた淡々とした日が始まる。」
そう思いながら音楽を流したら貯まった通知を消化していく。これが私のルーティン。深夜から連続した通知の中に普段は来ないメッセージが一件あった。
「今日遊ぼう。」
用事がない限り外には出ない出不精な私にとって友人からこんなメッセージが届くのは珍しい話だ。さっそく返信し、夜から遊ぶ約束をした。友人とはそれなりに長い付き合いでどんな話でもした仲だ。そんな友人とはしばらくぶりに会うことになる。ちょっとばかりワクワクしていた。
約束していた時間になり、待ち合わせ場所として指定されていた場所に行くがそこに友人の姿はない。仕方がないのでスマホをいじりながら待っているとそこにメッセージが届く。
「申し訳ない。遅れる。」
人が遅れてくることには慣れっこだが、多少はイライラした。率直に言って早く来てほしいと願っていた。パンケーキの焼き上がりを待つかのように私は上の空な状態。待ち時間にたいしてやりたいこともなかったので音楽を聴きながら待っていると友人が到着した。
「ごめんね。女と会ってた。」
ただでさえもイライラしていたが余計にイライラした一言だった。人は欲に従順な生き物だと考えている身としては苛立ちを顔に出しても仕方がないのでその場はスルーし、遊びに行った。
夜も更けていき近くの居酒屋に入った。酒とフードを注文し、乾杯の時。酒を体に運び、体中にアルコールが流れていくやいなや始まるのは恋愛の話から将来の話、夢の話とバラエティ豊かなのが私と友人だ。特に今夜は恋愛の話に火が付く。私と会う直前まで女と会っていたような人だ。そりゃ火が付くに決まっている。だが今夜は一味違った。いつもなら惚れ気剥き出しな話を聞いていたが、どうやら"一線"を越えてしまったらしい。友人から深刻そうに話を聞いていると答えは出ているのにそこにたどり着けていない様子だった。
「こんなはずじゃなかった。」
聞き飽きたセリフだが、私はこう返す。
「人生はプラン通りにいかないから面白い。事あるごとについてくるオマケを味わえるかどうかで満足度が違う。なんてね。」
そう言って友人とこんがりと焦げたしいたけを食らう。
「この焦げ美味いな。」
翌朝、昨日の居酒屋での言葉を思い返すとよくもあんな言葉が私の口から出たなと自分を褒めた。さて今日もパンケーキを焼く。今日はうまく焼いたつもりだ。シンプルに甘すぎずしつこすぎずなものを作れた。そんなパンケーキの幸福を胸にバスに乗り、スマホを取り出しイヤホンを耳にかける。今日はゼインの『Dusk till Dawn』から。
「今日もまた淡々とした日が始まる。」
人生はパンケーキのように 橘香 @Renatus
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